【現代表記】 福沢諭吉 「ライフル操法」 (ライフルの論説)
底本には小泉信三監修『福澤諭吉全集』第二巻(再版)所収の「雷銃操法」を使用した。
第2条 手銃の論説
第1章 此教授は師範役一人に限て引受るものなり。手銃論の規則は、実験のときに必要なるものなるが故に、師範役たるものは兵卒にても了解すべきよう、最易き言葉を用いて、明に其大略を説くべし。其順序左の如し。
第2章 教授のときに色々の図を示すには、白墨を以て黒板の上に画くべし。
第1教
第1 筒の外部の様子は其内部に異なるが故に、其上面を平に置けば、膅中には自から勾配あるとの理合いを示すべし。
第2 筒の中心とは、実に其線のあるには非らず。唯膅中の真中に一と筋の線あるものと、人の心にて定めたるものなり。
黒板の上に雷銃の側面を画き、其中心の線を引くこと第1図(イ)(ロ)の如し。(側面とは雷銃を左右二つに切割し、其切口の面を云う。以下同じ。)
(註)厚紙、ブリッキの類を雷銃の側面の形ちに切り、其筒尻の所に孔を穿ち、釘にて黒板に打付け、之を上下に回わせば、筒の勾配を自由にすべし。
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第1図
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雷銃操法. 一
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第3 雷銃の玉、一と度び筒口より飛出でて後、空気の故障なく、又地球引力の為めに引かるることなくば、其玉は際限なく直線に飛ぶべきの理なり。此直線の向きを放発線と名づく。
第2図の(ロ)(ハ)は放発線にて、即ち中心の線を延ばしたるものなり。
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第2図
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雷銃操法. 一
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第2教
第4 第2教に於ては、師範役は次ぎの事件を説くべし。即ち空気は細分子の集まりたるものにて、其性質、弾力あり。故に雷銃の玉、此空気の中を押分けて飛行すれば、空気の力に由て次第に玉の進みを妨るものなり。且玉の飛ぶこと愈々速なれば、其速なるに準じて、空気の之に激することも亦、愈々甚し。
第5 引力とは万物を地球の方に向て引く力なり。雷銃の玉、筒口を離るれば、同時に引力に引かれて地面に近づかんとするの勢あり。且玉の飛行すること久しきに随て、地面より之を引く力は増すものなり。
第6 火薬を以て玉を発すれば、其進むに随て空気の故障は次第に減じ、引力の働きは次第に増し、之に由て玉の飛ぶ道は弓の如く曲るものなり。之を弾道(タラゼクトリ)と云う。(弾も玉も同義なれども、弾道の字は既に砲術家の通語なるが故に之を用ゆ。)筒口より玉の発したるときは、其速力(玉の進む力を云う)劇しくして、且引力の働きを受くる間合いも少きが故に、大抵直線に進めども、筒口を離るること次第に遠きに随て、弾道の曲り次第に増す。第3図(ロ)(ニ)は弾道を示すものなり。
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第3図
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第3教
第7 師範役は、第2教に論じたる規則を、実地に施すことを教ゆべし。即ち其兵卒に教示する趣意、次ぎの如し。
筒の中心を正しく的に向けなば、其玉は決して之に中らずして、的の下に達す可し。経験に拠るに、筒口より離れて100ヤールド(1ヤールドは我3尺強に当る)の地に届くまでの間に、地に下だること10インチュ(1インチュは我8分3厘強に当る)なるが故に、100ヤールドの的に中つるには、筒の放発線を其的より10インチュ高くして狙うべし。然るときは弾道も自から高くなりて、其玉正しく的に届くべし。第4図は中心の向きを変じて新に放発線を引くこと(ロ)(ハ)の如くし、(ニ)の弾道を得たるものなり。
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第4図
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雷銃操法. 一
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第8 精密に放発するためには、前後の狙いを正しく眼と的との間に置く可し。
筒の上面にある前後の狙いの高さ、筒の中心の線と平行なる歟、又は筒口の厚さも筒尻の厚さも同様なるものならば、100ヤールドの距離に放発するに、的の上、10インチュの所を狙て、正しく之に中つべき理なれども、斯の如くしては狙を誤ることあるが故に、雷銃の後の狙いにて此加減を為し、狙いの最も低き度より直線に狙えば、筒の中心には自から勾配を持て、100ヤールドの的に中たる可し。但し狙いの度の加減は、筒尻の厚さと筒口の厚さとに従て其割合を為すものなり。
第5図に於て、(ニ)の的より直線を引て前狙いの頂に達し、尚お之を延ばして後狙いの切れ目の底に及ぼすときは、(ニ)(ホ)(ヘ)の線を得る。之を狙いの線と名づく。但し後狙いの切れ目は、自由に其高さを定むべきものなり。(後狙いの切れ目とは狙い板の頂を云う)
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第5図
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第9 100ヤールドの狙いを以て、200ヤールドの的に放発せば、其玉は的の下に達す可し。
100ヤールドに定めたる狙いの高さにては、100ヤールド以上の距離に向て不足なるとの理を示すには、第6図に於て、狙いの線を(ト)の如く延ばして、200ヤールドの所に及ぼすべし。
100ヤールド以上、次第に距離を増すに従て、放発線の向きをも次第に高くせざる可らず。然らざれば其玉、常に低き所に達す可し。
今距離の遠近に拘わらず、直線に狙て的に中てんが為め、後狙いの板摺り金を附け、此摺り金を上下に動かして加減を為すが故に、距離の遠近に応じて、或は之を上げ或は之を下げ、100ヤールドより1000ヤールドまでの融通を為す可し。1000ヤールド以上なれば、見計いを以て後狙いの上に眼を据え、前狙いを見通して放発すべし。又第6図(チ)の如く、100ヤールドよりも近き所なれば、少しく的の下を狙て、弾道を狙いの線より上ぐべし。即ち50ヤールドなれば的の下、凡3インチュ計りの所を狙う可し。
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第6図
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第4教
第10 前の条々に狙いの線を論じたることに付き、尚およく之を兵卒に了解せしむる為め、筒を台より取り外し、筒尻の螺旋を抜て、其筒を自在台(上下左右自在に転回する仕掛の台なり)に掛け、兵卒をして尋常の法に従い、900ヤールドの狙いを以て、壁又は黒板の一点を目当にして筒を向けしめ、次で筒尻より膅中を通して先の目当を窺わしめ、之に由て放発の線と狙いの線と相違あるとのことを了解せしむるを得べし。
第11 筒を自在台に掛けたる儘にして、兵卒へ尚お之を示し、後狙いを真直に立てざれば、其狙いにて放発せし玉は常に的の下に達し、且狙いの傾きたる方に従い左右の差をも生じて、距離の益々遠き程、中りの外れ益々甚しかるべしとの理を説くべし。
右のことを明白に示すには、第7図に於て(イ)(ロ)の鉛直線を黒板に引き、(イ)を以て的の星と定め、兵卒をして900ヤールドの狙いを真直に立てて之を狙わしめ、次で筒尻より膅中を通して之を窺わしめなば、放発の線は星の上の方(ハ)の所にあるべし。斯くて又900ヤールドの狙いを、此度は一方に傾けて前の如く(イ)の星を狙い、次で膅中より之を窺わしめなば、放発の線は(ハ)に在らずして、右の方に寄り(ニ)の所にあるべし。故に此度の玉は(イ)の星に中たらずして、(ニ)の点の下の方に中たるべし。即ち(ニ)より鉛直線を引き、其長さを(ハ)(イ)の長さに等しくすれば、(ホ)の点を得る。之を中りの点とす。
又(イ)より(ニ)(ホ)の線に向て平面線を引けば、(イ)(ヘ)の線を得る。之を左右の差とし、(ヘ)(ホ)を上下の差とす。
右は図上の談なれども、之を実地に施して上下左右の差を見るには左の算法あり。但し筒口より黒板までの間を5ヤールドと定め、(イ)(ヘ)の差を半フート(1フートは1ヤールドを3分にしたる1分にて、我1尺強に当る。)とし、(ヘ)(ホ)の差を6分の1フートとす。即ち、左右の差、5ヤールドに付き半フートなれば、900ヤールドに付き90フートの割合なり。上下の差、5ヤールドに付き6分の1フートなれば、900ヤールドに付き30フートの割合なり。
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第7図/第8図
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第12 後狙いを傾くれば、之が為め筒の勾配、自から低くなるとの理を明白に示すには、厚き紙へ狙いの度数に等しき線を引て、此紙を狙いの後ろに置き、試に狙いを傾けて兵卒に見せしめなば、其勾配を誤るの多寡を了解すべし。第8図の如し。
第13 後狙いの傾くに由て上下左右の差を生ずるとの理を示すには、雷銃の雛形を作て、之に三筋の針金を附け、一を放発の線とし、一を弾道とし、一を狙いの線と定む。但し弾道の針金は、蝶番を以て放発線の針金と繋ぎ合わせて自在に動く可し。此仕掛を用ゆれば、狙いを傾けて弾道に差を生ずることを知り、且弾道の線は必ず放発線の向きに従て其下に達し、二線上下の割合、常に同様なるとの理をも了解すべし。第9図の如し。
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第9図
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第5教
第14 距離の遠近に準じて弾道に高低あることを教え、且狙いの度数に従て歩兵又は騎兵に玉の中たる可き距離、各々相異なるとの理を知らしめ、以て遠近見計いを為し得ざるときは、仮令い狙いの加減を為すとも更に其益なかる可し。
遠近の定りたる的に放発して巧に中つるとも、戦場の活物に接して、遠近を見計い、敵に放発して、之に中つるに非ざれば、其業前は無用と云う可し。是れ即ち兵卒を教導するに最も大切なる一事件なり。
雷銃の弾道、及び其玉の騎兵歩兵に中たる可き距離を示すこと、左の表の如し。
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表
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騎兵の高さは8フート半、歩兵の高さは6フートと積る。
300ヤールドまでの所に放発するには、雷銃の高さ、地面を去ること4フート半とし、300ヤールド以上の所に放発するには、銃の高さを3フートと積る。
騎兵歩兵共に、地面を去ること3フートの所に玉の達するを以て中りと定む。
弾道の最も高き所は距離の2分1と3分2との間にあり。
表の中に記せる玉の初て中たる可き距離、及び玉の外る可き距離は、5ヤールドの数を元に立てて増減したるが故に、精密の算定には非らず。但し斯の如く大数を示すものは、之を記憶するに便ならしめんがためなり。
第15 前条の表を見れば、明に左のことを了解す可し。即ち600ヤールドの狙いを以て、570ヤールドの所に放発すれば、其玉は目当の下3フートの所に達す可し。故に遠近の見計い、僅かに30ヤールドを誤て、上下3フートを相違するの理なれば、人を目当とするときは、其胴に中たらずして、頭の頂き歟、又は足の下に達す可し。
300ヤールドの狙いを以て放発すれば、其弾道の勾配、600ヤールドの弾道よりも低きが故に、凡135ヤールドの間は、人の体に中たる可し。又800ヤールド900ヤールドに於ては、弾道の勾配、益々高くなりて、其玉の人体に中たるべき間、益々減少す。故に放発のとき、距離の遠ざかるに従て、遠近の見計いは益々精密にせざる可らず。第10図を見る可し。
右の次第に付き、800ヤールド以上1000ヤールドを隔てて小さき物を狙い打にするは、余程熟練せる兵卒に非ざれば能わざることなり。但し斯の如く、遠方の所にても敵兵の群集せるものを目当とすれば、或は遠近を誤るとも功をなすことあり、即ち第11図に於て、敵兵二列の長さを100ヤールドとし、其先列に向て放発するとき、100ヤールドを見誤るとも、其玉は尚お後列に中たる可し。
仮令いよく熟練せる兵卒と雖ども、遠近を正しく見定むるは甚だ難きことなるが故に、戦場に臨て放発するには、先ず目当とする物よりも少し低きと思う所へ、試に一発す可し。然るときは其玉は先方へ達する前に地面に落ち、更に跳躍して目当に達することあり。右の如く一発を試み、其玉にて砂塵を打揚る様子を窺い、之に由て遠近を見定め、随て狙いの加減をなすべし。
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第10図/第11図
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第6教
第16 第6教に於て、師範役は風と日の光とにて放発の故障を為すとのことを説くべし。
第17 風とは空気の動揺するものにて、放発のとき、右の方より風吹けば左の方へ玉を吹き送り、左の方より風吹けば右の方へ玉を吹き送る。前より吹けば玉の進みを減じ、後より吹けば玉の進みを助く。但し向い風と追い風とにて玉の進みを妨ぐるは、左右の風の働き程に甚しきものに非らず。且又風の向きに由りて狙いの加減を為すは、全く兵卒の手心に在ることにて、其規則とては別に記るす可きものなし。唯左の方より風吹けば、的よりも少しく左の方を狙て一発を試み、其玉尚おも右の方に達すれば、其次には尚お又少しく狙いを変ずるまでのことのみ。
第18 人の走り馬の馳るものを目当として放発するときは、玉を発するときと玉の達するときとの間に、其目当は何れへか動く可し。故に其目当なるもの、玉先の右より左に進み、或は左より右に進むときは、其進行する先の方を狙うべし。但し其物の進む遅速と距離の遠近とに由り、兵卒の手心を以て狙いの加減を為す可きのみにて、一定の規則あることなし。
第19 運動する物に向て放発する歟、又は風の吹くときに放発するには、先ず平生の如く其目当に向て狙いを定め、乃ち腰より体を回わして筒の向きを左右に変ず可し。但し眼と腕とは初め狙いを定めたるままにして少しも動かす可らず。
目当とする物、左右に動かずして、我方に向て近づき、又は我方より遠ざかるときは、其遠近に従て狙いの加減をなす可し。
第20 暗夜又は煙の為めに目当の見えざることあり。敵の不意を襲い、或は之を防御するは、多くは暗夜のことなるが故に、若し一処のみを狙て放発すべき場合いならば、預じめ二股の木二本を地に立てて狙いを定め置き、其股に筒を掛て放発す可し。
敵兵の遠近は既に分明なれども、煙に被われて狙い難きことあらば、筒の前、5、6ヤールドの所に棒を立て、棒の頂を筒口と敵兵の在る所との間に定め、其頂を狙て放発す可し。
第21 日の光左の方より来れば、前狙いの左の方を照らし、後狙いの切れ目の右の方を照らす。斯く日光を受けて狙いを附くるときは、自から正しき方角を失い右の方に傾くものなり。之に反して日の光右の方より来れば誤て左の方を狙うものなり。
第22 時としては狙いの高さ正しからずして、弾道の勾配を誤ることあり。元来狙いの製作は何れの雷銃にても同様なる筈なれども、狙いの板に記るせる度数の線、動もすれば正しからざることあるが故に、兵卒は一発する毎によく気を付け、其弾道の高低に従て、摺り金を当然の度数よりも高くし或は低くす可し。
又前後の狙い一直線に在らざることあり。即ち後の狙い右に片寄れば、筒は右の方に向くべし。前の狙い右に片寄れば、筒は左に向く可し。是亦兵卒の手心にて加減せざる可らず。
第23 玉込を為すとき、銃包に火薬の不足せるか、若しくは誤て之をこぼすことあらば、勾配を高くして放発す可し。然らざれば其玉は目当に達せざる可し。
第24 玉込を為すとき、成る可きことならば、兵卒は立ちながら筒を真直に持つ可し。或は時宜に由り跪て玉込を為し、之に由て筒を傾くることあれば、動もすれば其火薬、膅中の汚垢に粘り着くことある可し。
第25 玉込を為すに、膅中、滑らかならざるときは、玉の周囲を口中にて湿おす可し。然るときは唾の湿にて稍や之を滑らかにす可し。
第26 雷銃の膅中は動もすれば大小あるものなり。兵卒若し幾度も玉込を試みて、其玉の膅中に合わざることあらば、必ず其次第を訴出ず可し。
第7教
第27 第7教第8教に於て師範役の弁説することは左の如し。即ち筋なしの筒にて放発すれば中りを誤るが故に、この誤りを防ぐ可き方術ありとの次第を教示して、以て雷銃の効能を知らしむ可し。
第28 筋なしの筒にて中りを誤る所以は、遊隙の多きに由てなり。遊隙とは玉と膅中との透間を云う。
師範役は筒の側面図を画きて、玉の膅中にある模様を示すこと、第12図の如くす可し。
旧式の筒には遊隙を多くせざる可らず。然らざれば膅中に垢付きたるとき玉込を為し難し。故に旧式の筒に玉を込て放発の身構えを為せば、其玉は膅中の下面に付き、玉の上は大に透くべし。斯く透間のある所に火薬を発して、火気は透間より通り抜るが故に、其玉の筒口に出ずるまで、膅中の方々に突き当り、之に由て其玉は真直に進まずして中りを誤る可し。
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第12図
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第29 今雷銃に用ゆる玉は、其形ち細長きが故に、空気を押分けて進むに都合よく、且此玉の仕掛にて、膅中を出ずるとき全く遊隙あることなし。
雷銃の玉を込むることは容易なれども、火薬の発するに及で、其発力は玉を膅中より追い出さんとし、玉は自から其重さあるが故に止て動かざらんとし、玉の外にある空気も火薬の発力に反して玉の出ずるを妨げんとす。右の如く火薬と玉と空気と三つの働きにて、玉を太く為して少しの透間をも残さず。之に由て薬力の玉に激することは益々劇しくして、大に玉の速力を増す可し。且右の次第にて玉の速力を増し、随ては火薬の分量も減す可きが故に、放発のとき筒の後へ押す力は少く、之に由て狙いを誤るの患なし。但し筋なしの筒を以て円き玉を放発すれば、必ず此誤りなきこと能わず。
第30 円き玉の不便利にして中りを誤るとのことは、前条に議論せし外、尚又別に一ヶ条あり。即ち第13図に於て(イ)の方角に向て飛行する円き玉あり。此玉に疵あること(ロ)の如くならば、此疵に空気の激するは(ハ)の方角よりし、之に由て玉の向きを改め(ニ)の方角に向わしむ可し。
長き玉にても、疵あるものを筋なしの筒より放発しなば、其方角を誤ること、円き玉に異なることなかる可しと雖ども、雷銃の膅中には筋あるが故に、絶て此患なし。詳なるは第8教に説くべし。
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第13図
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第8教
第31 筒の内面に幾筋にても細き筋を掘りたるものを雷銃と云う。其筋、筒尻より筒口に至るまで螺旋の如く捻じれたるは、この捻じれに従て玉を転回せしめんが為めなり。
兵卒をして膅中を窺わしめなば、筋の捻じれたる模様を了解す可し。即ちこの筋は筒尻より筒口に至るまで右の方へ半回の捻じれを為せるが故に、筒尻の此側にある筋は、筒口にては彼側に見る可し。
第32 火薬の発するに由て玉の形ち俄に膨張すれば、其周囲、膅中一杯に符合するのみならず、筋の内へも喰い込み、筋の捻じれに回わりながら筒口を離れ、其勢にて、的に達するまで、玉の尖りを先に向けて回わりの止むことなし。故に玉の向きは一方に定まり、且玉に疵あるとも、其疵は玉の回わるに由て空気に触るること一方に定まらざれば、上下左右の差を生ずることなし。
第33 雷銃の玉の飛行する模様は、第14図の曲りたる矢(ロ)を以て弁解すべし。即ち矢の曲れる凸の方を下にして、(イ)の点より(ハ)の星を狙て之を放ち、其矢更に転回することなくば、凸の方にのみ空気の押を受け、之が為め其狙いを誤て(ニ)に向う可し。然れども其矢、若し(ホ)に達する前に一度び転回しなば、最初、上に登りし丈け、又下に降る可し。斯の如く一回毎に、一度び登り、一度降りて、其向きを改むるが故に、矢の形ちは曲れると雖ども、甚しく狙いを誤ることなくして、遂に的の星に近づくを得べし。
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第14図
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第34 玉の面に疵あれば放発に妨をなすの理を説き、次で又兵卒等へ弁解することあり。即ち玉込を為すに、強く突込むときは、玉に疵を生ずるのみならず、火薬をも突砕いて、大に放発の故障となるが故に、よく意を用いて玉を込む可しとのことを了解せしむ可し。
第35 前の条々に説弁せるを以て、兵卒等は空気の中に玉の飛行する模様を知り、狙いの加減を了解し、放発の規則をも心得たるに付き、尚又師範役は兵卒に説き、元来中りの正しきは右の条々に拘わるのみならず、又雷銃の手持方並に玉薬の取扱いにも由ることなれば、之を等閑にす可からずとの趣を丁寧に心得しむ可し。
第36 指揮官は一年に両度大隊の士官を集め、又調練休息の間には、時々無級士官及び兵卒を集むることあり。この時に於て師範役は、平生教導せし箇条の外に、小銃の由来を説き、火薬の発明よりして以来、砲術の道次第に開け、月に進み日に新にして、遂に今日の雷銃を用ゆるに至れりとの論説を、士官及び兵卒等へ明に了解せしめ、其智識を博くして以て実地の働を助く可し。
第37 雷銃の論説を教授するに別段の場所なくば、学校に於て之を催うす可し。大抵学校の教授は毎日4時若しくは6時の間なるが故に、其休息の間を見て之と入替り、2時の間、雷銃の教を説くべし。但し雷銃の教授と学校の教授と双方入替りて席に就くまでの時刻は、4半時と定むるなり。
学校に於て雷銃の教授を催うするときは、正しく其刻限を定めて諸隊の兵卒に知らしむ可し。
雷銃操法 巻之一 終
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