【現代表記】 福沢諭吉 「英国 議事院談」 (上院下院奉職の規則)
底本には小泉信三監修『福澤諭吉全集』第二巻(再版)所収の「英國議事院談」を使用した。
議事院談 巻之二
慶應義塾同社 福沢諭吉 訳述
上院下院奉職の規則
第一、下院。
1640年来の例に従えば、下院の議員40名集会して始めて事を議すべし。若し此数より少きときは議長も其席に就く可らず。(議長其席に就かざれば院の名を下す可らず)此規則は闔院衆議のときに於ても同様なり。(議長席を去て別に頭取チェーヤマンを立て闔院の衆議を催すときも、議員の数40人に満たざれば之を会コムミッチーと称して事を議す可らざるなり。)又上院の議長は院にて自から言を発して評論す可しと雖ども、下院の議長は議論を発す可らず。又大事件を議するときに於ては必ず衆議員の姓名を呼び上げて之に注意せしむ。若し其姓名を呼び上ぐるのとき、預め院の免許を請わずして退席せし者あるときは之を捕るを法とす。昔日の例に従えば、下院の議員は朝第10時までに出席し、議長は第10時より午後第4時までの間、何時にても随意に出席す。議長出席したる上は直に事を議すべき筈なれども、若し当日其出席なきときは、翌朝第10時まで議事を延ばすの法なりしが、方今乃ち之を改め、午後第4時より議事を始むるを例とす。但し水曜日は昼第12時より始めて第6時に終り、土曜日は大抵休日なり。又議員の身分に関係せる事を議するときは、其本人は議席に列するを許さず。又議長の全権を表するが為めに設けたる所のメースなるものあり。笏の類なり。此笏、下院の几上にあるの内は、其集会を院(ハウス)と名づく。此笏を几より下だしたるときは院の名を命ず可らずして、只之を衆議の会(コムミッチー)と云う。此笏を院外に出だすときは事を行う可らず。此笏を番士の手に渡すときは事の評議をも起す可らず。(番士とはセルゼアント・エト・アームスと云う官名にて、元来国王随身の番士なり。議事院の集会中は、王命を以て此武官2人を命じ、上下両院へ附属せしめて其取締と為し、罪人召捕等の職を勤むるなり。)
下院に於て事を議する法は、一議員、其席に居て議論を起し、或は愁訴する事あれば、其次第を書に認めて之を議長に呈するなり。議長は之を受けて、其説に同意するもの多ければ其書面を院に披露す。然るときは復た其説を変じ其書面を取り返す可らざるを以て法と為せり。然れども別に評議延引の説を起す者あれば、一度披露したる評議にても之を止るを得べし。又其日の条目を調ぶる為めとて一時其評議を止むることあり。即ち議事院の旧例にて、一次評議を起して之を院内に披露し、其可否を決す可きものあるも、当日条目の文章を取調べ之を読み改むるとの説を唱るときは、其評議を止むべきなり。又先問を以て可否を決答することを延ばすあり。此法は議事院の旧例中に於て最も巧みなるものなり。在昔ヘヌリウェーン之を工夫せりとの説あれども、其詳なることは得て知る可らず。其法は、下院の議長、将さに問を発して可否を決せしめんとするの模様あれば、議員より其機を伺い、先を取て問を発し、某の箇条は即時此席に於て之を披露し可否を決すべしとの説を起し、此説を拒むもの多ければ、議長も之が為めに一時其問を発すること能わず。
議長は衆議員の内にて先ず第一着に説を唱るものを見て其名を呼び上るとは雖ども、其説の可否を決す可らず。議院は一次評議を起し、既に其評議を院内に披露せし後にても、其説に同意する者のみにて未だ不同意の説を唱るものなきの間は、以前の評議に言を足して尚其持論を詳に説くも可なり。但し粗暴の挙動を為し院内の儀式を乱す者あれば、議長より其本人の姓名を呼び上げ、其次第を糺して院外に出だすべし。然る上は下院一統の院議にて其罪の軽重を定むるなり。
下院に於て事を議するとき、其議に同意する者はアイと呼ぶ。アイとは可の義なり。不同意なる者はノーと呼ぶ。ノーとは否の義なり。可否の両議を分たんとするときは、議長より人数を点計する者2員を命じ、双方に立たしめ、外人を払うて然る後に議案を差し出す。(新聞紙局の人、其外議事を報告せんとする者は、議事院に来りて評議を聞き、或は議事見物の為に来る者もあり。之を外人と云う。)乃ち可否の両端既に相決するときは、一議の人数を戸外に出だし、一議の人数を戸内に留め、或は局内の左右に座を分たしむることあり。近来は議員の控所を設け、可否の議決するときは、双方相分れて左右の控所へ入らしむるを例とす。此の如く両議相分れて可否の人数相等しきときは、議員之れを決す可し。是をカースチングウォートと云う。
第二、上院。
上院議事の法も其綱領に至ては下院に異なることなし。上院の議長は即ちカンセロルにて、集会の間、説を発し事を議す可し。下院の議長に異なる所は是なり。又上院の議員は貴族にて、国王の准允を得れば名代の者を出だして事を議することを得べし。下院の議員に異なる所又是なり。但し此名代を出だすに、宗教に係わる貴族は必ず宗門の人を用い、世事に係わる貴族は必ず世俗の人を用ゆべし。且名代の者2人より多くを用るを許さず。
上院の議長は元来其議員の選挙せしものにあらず。且つ集会のときに当り其説を発し事を議するの権あれば、亦決議(カースチングウォート)を発するの権なし。故に可否の両議平等に相分るるときは、多くは否議に決するを規則とす。
上下両院の間の報告は、互に其局の書役を遣して往復す。王室より下院の評議を請うことあるときは、其次第を認め、国王自から花押を記して之を下院へ贈る。又公務の事に付き下院の議員を取押ることあれば、其公務を処置する所の執政より、口上を以て王命を伝うるを例とす。
下院評議之図
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