【現代表記】 福沢諭吉 「雷銃操法」 (遠近の見計らい)

底本には小泉信三監修『福澤諭吉全集』第二巻(再版)所収の「雷銃操法」を使用した。


第6条 遠近の見計い

第1

 此稽古に於ては、生兵並に熟練したる兵卒へ、色々の距りにある人又は物の、大さと形ちとを見分ることを教ゆ。

第2

 稽古打のときは、的の丁数定りたることなれども、実地の敵に向ては固より其遠近を知る可きに非ざれば、見計いを以て速にこれを測り、雷銃の勾配を加減して、定式の如く放発せざる可らず。

第3

 兵卒へ眼を以て遠近を見積ることを教んには、遠近見計いの試験を許す前に、先ず次の箇条を稽古せしむ可し。

第4

 稽古人の居場所を距ること、50ヤールド、100ヤールド、150ヤールド、200ヤールド、250ヤールド、300ヤールドの所に、各々人を立たせ、体を真直にして稽古人の方へ向い、見分の目印めじるしとならしむ。

第5

 右6所の場所を定る仕法、左の如し。教師先ず遠方にある樹木又は建家等、著しき物を目当に立て、これを見通して、其見通しの筋に甲乙2人を向合に立たせ、其間を20ヤールドと定め、又乙より左或は右の方11歩(1歩は兵法に於て2フート半なり)の所に、丙の1人を立たせて目当の人と為す。然る後に兵卒6人、前後2人ずつ3行に立て、乙の場所より真直に進むこと50ヤールドにして止り、第3行後列の1人、甲乙の筋に立て斜に丙の方を見通し、此時に甲の1人去らしむ。又これより斜に進むこと61歩、即ち50ヤールド零6分の5の所に至て、第3行前列の1人立止り、初50ヤールドの所に立ちし人と丙の人とを斜に見通して、其居場所を定む。斯く次第に61歩ずつ斜に進で、其所に1人ずつ立止り、行列既に定て後に、目当たりし丙の人も去らしむ。第4図を見るべし。


挿絵の画像リンク

第4図

慶應義塾大学メディアセンターデジタルコレクション
雷銃操法.二
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第6

 前条の如く目印の人6人を並び立たしむるに、50ヤールド、100ヤールドと、次第に遠くなるに従い、横の方にも順々に距りて、其形を斜にせし訳は、稽古の場所より何れの目印をも見らる可きようにするためなり。

第7

 士官又は無級士官にても、人数多くあれば、教師の手伝として稽古の場所に出て、各々1人ずつ6人の目印と相対したる所に立つ。但し教師は自分の左の方へ稽古人を引連れ、50ヤールドの目印に向て立つ。

第8

 稽古のとき、教師は其日の天気の晴陰、日影の様子、並に近処にある山などの形勢を説き、其模様次第にて物の形も色々に変りて見ゆるとのことを心得しむ。

第9

 教師は50ヤールドの目印に向って立ち、稽古人へ目印の人の形、其携る所の武器衣裳の部分を示す。但し是等は稽古人の眼にも明に見ゆるなれども、尚細密に及び、見え難き所までも指示し、次て又銘々の眼に見得る所の部分を聞糺し、再三これを試て、此位の距りにては人の形は斯く見ゆるとのことを合点せしむ。右終て次の場所に行かしむ。

第10

 100ヤールドの目印に向て立つ教師(教師は其場所に付1人ずつ別なり)も、其教授の仕方は同様にて、50ヤールドの所にて見し部分を見分ることを教え、且其以前の場所にて見し目印と、此場所にて見る目印と、其模様の異なる所を区別せしめ、1人毎に色々のことを聞糺して、次の場所へ行かしむ。斯く順々に場所を経て、300ヤールドの所に至るまで、教授の法に異なることなし。

第11

 300ヤールドの目印に向て立つ教師は、目印の形、衣裳、武器の内、明に見る可き部分を示すは勿論、彷彿として見え難き所までも指示し、又全く見えざる部分は其次第を云い聞かす。

第12

 教師は稽古人へ種々のことを聞糺して、其返答一様ならざるとも怪む
可らず。眼力の働は人々に由て異なるものなり。

第13

 一と通り稽古を終りたる者は、目印の場所へ入替り、初め目印となりし者へ稽古を為さしむ。故に総稽古人の数は、少くも目印の1倍にて、12人より減ず可らず。

第14

 稽古人の数大勢なれば、目印の場所を右と左に分つ。且目印の人へ1倍の遠丁を見せしむるため、左右の場所を正しく相対すること、第4図の如くす。

第15

 右の如く一同の兵卒残らず稽古を終れば、次て又300ヤールドの限の内にて、遠近の見計いを稽古すべし。其法左の如し。

教師は稽古人を引連れて、最前稽古したる場所を替え、又其人数の内より1人を引出し、遠近不定の所に至て立たせ置き、其余の稽古人へ其遠近の見積を為さしむ。

第16

 教師は稽古人の右の方の前3歩の所に立ち、1人ずつ其前に呼出して銘々の見込を述しめ、これを手帳に記す。但し遠近の数は5ヤールドを本として増減し、譬えば70ヤールドより遠しと思えば、これを75ヤールドと云うべし。1、2ヤールドの差は問うことなし。都て此間は無言にて、見込を述るにも低声にて云うべし。然らざれば互に人の見込を聞て自分の思う所を変ることあり。

右の如く銘々の見込を述置き、其見込に従て所持の雷銃に狙いの加減を為す。

第17

 既に稽古人の見込を帳面に記し終れば、念のため1度これを読聞かせ置き、測量の道具を以て正しく其遠近を測る歟、或は又其道具なければ、教師の立合にて稽古人へ其間を歩行アルカせ、歩数を以てこれを測る。但し120歩を以て100ヤールドに当る法なり。右の如くして其遠近分りし上にて、一同にこれを知らしむ。

第18

 生兵は4日の間、右に云いし如く、300ヤールドまでの稽古を為し、又其次の4日の間は、600ヤールドまでの稽古に掛る。其仕方、350ヤールドを始とし、これより次第に50ヤールドずつを増して、600ヤールドに至り、最初は定りたる目印を見分け、次には不定の遠近を見積ること、300ヤールド以下の稽古に異なることなし。但し目印の人を増して、1所に2人若くは3人も置くことあり。第4図を見る可し。

第19

 300ヤールド以上の所にて、不定の遠近を見積るときに、測量の道具なければ、稽古の人数を2にして左右に引分れ、両方共に遠近不定の場所に止て列を正し、互に相向合て其間の距を見積り、これを帳面に記すこと以前の如くし、則ち両方より歩数を計て互に相進み、其出逢う所にて両方よりの歩数を合せ遠近を知る可し。斯くの如くすれば歩行の手間を省き、時を費すこと少し。

第20

 教師は此稽古を催す度毎に、成べき丈け其方角を変え、天気の模様も相異なる日を撰び、兵卒を実地の変化に馴すことに心を用ゆべし。

第21

 遠近見計い1日の稽古は、定りたる目印の人を見分る稽古を一と通り終て、又遠近不定の所を見積ること3度と定む。


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