②転生ゴブリン　食べ物チートで国を作る

第2話　男は、女より強いものに惹かれる

　外に出ると、目の前は一面、樹木が生い茂った森になっていた。
　真っ先に周りに注意する。もしも肉食の動物でもいたら、絶対に勝てない。それに、ただでさえ空腹がひどい、逃げることもきっと無理だ。注意はするが、正直なところ祈るしかなかった。

　周りを注意しながら、上を見上げて進んだ。目的は木の実だ。地面に落ちていれば好都合だが、そんなに都合良くはいかない。木になっているものを見つける方が、生き延びられる。できれば、じゅくじゅくに熟した木の実があると、嬉しい。
　木の実はすぐに見つかった。でも、目に留まるのは、どれもまだ青い実ばかりだ。それでも、食べられないか確認するために、木を登って取って食べてみた。固く苦い。とても食べられるものではなかった。
　ため息をついてから辺りを見渡すと、鳥が一匹、遠くの木の枝に止まった。

「あっ」

　その木の枝には、柿のような大きな木の実がなっていた。鳥は、それをつついて食べていた。俺は手に持っていた固い木の実を投げつけて鳥を追い払うと、枝から枝にサルみたいに飛び移って移動した。

　思っているより、力はあるようだった。でも、スタミナはそうではなかった。空腹のせいで、木を抜くと力が抜けてしまう。早く、アレを食べないと。そう思いながら、木の実のところまでたどり着いた。

　柿のような木の実は、ちょうど熟していて柔らかくなっていた。
　──よかった、本当によかった。これで生き延びられる。
　涙は出なかったが、込み上げる安堵に、顔がくしゃくしゃになって嗚咽が出た。やっと手にいれたそれを口に入れようとして。──手が止まった。

　これは、俺が食べても良いのだろうか？

　──今すぐにでも、かじりつきたいっ！

　そんな気持ちと同時に、頭のなかにはトモミの顔が浮かんでいた。トモミもきっとお腹を減らしているだろう。これを渡したら、きっと喜んでくれる。それこそ、今オレが感じている安心感と、同じくらい。そう思った。
　オレはトモミを傷つけた。これで、帳消しになるとは思わない。でも、そんなことじゃなくて、純粋にトモミに食べて欲しかった。
　食べないと、力が出ない。そうしたら、ここから地面まで降りれるかも分からない。でも、こんな美味しそうな食べ物だからこそ、トモミに食べて欲しい。

　迷った。
　迷って。
　オレは。
　その果実にかじりついた。

§４

　トモミを見つけたのは、運が良かった。
　そんなに遠くには行っていないと思い、洞窟の入り口付近を探した。そこで、犬のようなうなり声と、「あっちに行け！」という声が聞こえた。
　オレは、すぐに声の方に走って行った。

　トモミはすぐに見つかった。手に木の枝をもって、犬のような狼のような生き物と向かい合っていた。トモミは木の枝を振って近寄らせないようにしていたが、犬狼は構わず襲い掛かって、トモミを押し倒した。

　トモミの絹を引き裂くような悲鳴がした。
　そのつぎの瞬間、オレの足は犬狼の横っ腹を、全力で蹴り飛ばした。
　犬狼は吹き飛び木にぶつかった。それから、キャンキャンと鳴き声あげてどこかに行ってしまった。

　トモミを見た。顔と身体に大きな怪我はないようだった。それで安心すると、ふと、トモミがなにも着ていないことを意識してしまい、バツの悪さに目をそらしてしまった。

　そんなオレに。
　トモミは抱きついた。
　泣きながら、何度もなんども、「ありがとう」を繰り返していた。
　オレは左手を背中に回して、トモミが泣き止むまで、背中を撫でた。

「……いまさらだけどさ。謝りたいと思って。ごめん」
「ううん。ヒデは、ちゃんと約束を守ってくれたから」

　トモミの笑顔は、不気味だったけど、不思議と嫌じゃなかった。だからオレも笑って返した。

「そうだ、これ。向こうで見つけて」

　オレはそこで、重大なことに気がついた。
　右手に握っていた果実が、握りつぶされていた。
　蹴りをいれたときだろう。やってしまった。
　オレとトモミは、２人でそのつぶれた果物を眺めた。

「トモミに食べて欲しいと思って、とっておいたんだけど……。握りつぶしちゃったみたい……」

　それを聞くとトモミ笑って、オレの手首をつかんだ。
　それからオレの手を器にして、握りつぶされた果物を食べた。
　オレの理性が飛びそうになったところに、トモミはピシャリと「食べにくいから動かないで」と強めに言った。オレはゴブリンから忠犬になった。
　半分を食べたところで、トモミは口を拭った。

「ありがとう。残りはヒデの分」
「いいよ。オレ食べたし」
「本当？」
「本当。 実はさ、どうしてもお腹すいてて、一口齧っちゃったんだ。ごめん」
「ほらっ。一口だけじゃん。ちゃんと食べないと、力でないんだから。絶対食べて！」

　トモミの言葉は、心に染みた。手に残っている果物を全部口にいれる。それは、今まで食べてきたものの中で、一番においしかった。食べたものが身体に染み渡り、身体が目覚めるのを感じた。
　そんな様子を見て、ニコニコしているトモミに手を伸ばした。

「そろそろ暗くなるから、帰ろう」

　その時だった。
　目の前の草むらが揺れる。
　いや、目の前以外でも左手側、右後ろ側。
　犬狼だ。

　仲間をつれてきたのか。それとも、この果実の匂いに寄ってきたのか。
　人間だった時なら、慌ててたかもしれない。でも、今のオレはゴブリンだ。食べるものも食べたし、力には自信がある。それに、知恵もある。全然怖くない。
　オレは、トモミが使っていた木の枝を手に取って半分に折った。真ん中から裂けた木の枝は、短い槍に変わった。

　最初に飛び出して来た犬狼は、大口を開けて襲ってきたところを、喉元から木の枝を突き刺した。次に飛びかかってきた２匹目は、顔面を握りこぶしで地面に殴り付けた。最後の３匹目は、首を腕で絡めとって首の骨を折った。楽勝だった。

　右腕を掲げて、勝利を宣言する。
　トモミはパチパチ手を叩いた。
　そのトモミに、４匹目が飛びかかった。

「トモミっ！」

　そう叫びながら、身体は走り出していた。

　──間に合えっ！

　でも、オレは間に合わなかった。
　オレが着くよりも先に、トモミが襲いかかる犬狼を、アッパーで上空に吹き飛ばしていた。高く、高く、打ち上がった犬狼は地面に戻ってくる頃には息をしていなかった。

　オレはトモミを見た。
　トモミはオレを見た。
　それから、笑顔で犬狼を抱えて。

「ねぇ。実は、さっきのヤツじゃ、ちょっと足りなくて。この生き物ってさ、食べたら美味しそうじゃない？」

　そんな、「彼女のトモミ」改め「戦友のトモミさん」にオレは、親指をたてて返した。
　第二回お食事タイムだ。

　皮を剥いだ犬狼に、トモミさんの二人でかぶりついた。
　うまいっ！
　食べたものが、身体に染み込んでいく感じがする。
　多幸感で一杯になり、涙が出そうになる。
　トモミさんと、一緒にこの幸せを感じられて、嬉しかった。

　──あれ？

　トモミさん。
　なんか、一段階デカくなってません？