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魔法使いのおばあさん メリーおばさんになる

                    むかしむかし10
    

 暑い日が続きます。魔法使いのおばあさんは、このところ森の家には姿がみえません。旅に出てくるとでていったきりなのです。
 留守番のネズミくんは待ちくたびれて探しにいくことにしました。
 といっても、昼間は暑いので、夜になるのを待って外にでました。 
  小さなホーキに小さなマント。風をはらんでパタパタとマントがなります。
 二週間目のある日、魔法使いのおばあさんをみかけたという人がいました。隣の町で空をとんでいたというのです。ただ、その人はよっぱらっていたので、そんなふうに見えたのかもしれないが……と、自信がなさそうにいいました。
 ネズミくんは、次の夜、隣の町にでかけることにしました。観光地で夜ははなやかなネオンがともる町です。そんなところにおばあさんがいるはずがないと思いながら、ネズミくんは捜し続けました。
 酔っ払いが時々空をとんでるネズミくんに気がついて、
「焼き鳥にしろー」
と、叫んだり、水をかけろ!と、騒いだり、大変でした。
 三日続けて捜しにいったネズミくんがもうあきらめようとしたとき、でした。空の上からばかり捜してもわからないのかもしれないと思い、アーケードのある商店街に降りました。
 なんだか、胸がキユンキユンします。
 おばあさんがいそうな予感がしました。
 落ち着いて落ち着いて……と、自分にいいきかせたネズミくんが ふっと顔をあげたときです。魔法使いのおばあさんと目が合いました。雑貨屋さんの看板になっているのです。
 メリーおばさんというのが店の名前でした。
「おばあさん、そこで何をしてるんですか?」
 ネズミくんはあきれてききました。
「何って、アルバイトだよ。アルバイト」
 おばあさんはそんなことがわからないのかと言いました。
「いつまで、そこにそうしてへばりついているんですか?」
 ネズミくんは、根気よくたずねました。
「今日の仕事はもうすぐ終わりだね。でも、明日の朝にはまたここにこうしていないといけないんだよ。それがアルバイトっていうんだよ。ネズミくん、おまえも少しは世間のことをしらないとね」
 魔法使いのおばあさんは、あわれむようにいいました。
「たいして変わらないと思いますがね…」
 ネズミくんは、口の中で小さくつぶやくと、上を見すぎていたくなった首をたたきました。
 おばあさんのアルバイトは、朝の八時から夜の十二時まで、メリーおばさんという字の横でホーキにのって空を翔んでることなのです。
 もちろんほんとに翔んでるわけではなく、翔んでるふりをして看板になっているだけです。
「そんなの絵を画けばいいじゃないですか?」
 ネズミが口をとがらせていいました。
 魔法使いのおばあさんは、ものをしらないネズミくんをあきれたように見ると、
「本物とニセモノでは迫力がちがうんだよ。それに絵に画くといっても、そんなに簡単には画いてもらえないんだよ。お金がいるんだよ。お金が」
と、いいました。
 ネズミはあらためてメリーおばさんという店を見ました。小さな貧弱な今にもつぶれそうなお店です。看板をかくお金もないのかもしれません。
 ネズミは、いやな予感がしておばあさんに尋ねました。
「おばあさん、アルバイト料はいくらですか? まさか、タダってことはないでしょうね」
 すこしきつい言い方になっているのがわかりました。おばあさんがいやな顔をしたからです。
「もちろん、タダだよ。魔法使いがお金をもらえると思うのかい? ネズミくん、おまえはいつまでたっても、ものしらずだね」
 やっぱり……と、ネズミくんは暗い顔になりました。
「おばあさん、それはアルバイトではなくて、ただ働きっていうんですよ」
と、やりかえしました。ネズミくんもおばあさんと暮らすようになって、これくらいは言えるようになりました。
 やがて十二時の時報がなると、おばあさんは人が通らないのをみはからって、看板からおりてきました。
「ネズミくん、元気そうだね」と、おばあさんはなつかしそうに言いました。しみじみとした声でした。
「おばあさんは、少しやせたみたいですね」と、ネズミくんが言いました。
「しかたないんだよ。看板になるにはあんまり太っていると都合がわるいんだよ。でも、このアルバイトは結構おもしろいんだよ。わたしが、アルバイトをはじめてから、この店は繁盛しはじめたんだよ。今に新しい看板が買えるようになるさ、それまでのしんぼうだ。ネズミくん、お前も旅にでるといいよ。世の中のことがいろいろわかってくるよ」
「私はわかりたいとは思いませんね」
 ネズミくんは、おばあさんが遠い人になったような気がして心にもないことを言ってしまいました。
 メリーおばさんのお店の横にある小さな路地を抜けると、そこには小さな木造の二階建てのアパートがありました。その一号室のドアをおばあさんはトントンとたたきました。
「はーい」という声がして、若い女の人が顔をのぞかせました。
「仕事がおわったよ」と、おばあさんはいいました。
「ごくろうさま」と、言った時、おばあさんの後ろにいるネズミくんに気がつきました。
 まるでおんなじ恰好をしてるのですから、びっくりするのは当たり前です。
 それでも女の人は、魔法使いのおばあさんでさえ、笑いすぎじゃないかと思うくらいよく笑いました。笑いすぎてこぼれた涙をふきながら、
「ごめんなさい。おばあさんがきてくれてからよく笑うのだけど、ネズミさんのことはおばあさんから聞いてたでしょ。あんまり想像どおりだったものだから、嬉しくなって……。ほんとにごめんなさい」と、言ってから、女の人は真顔になって、ネズミくんに挨拶しました。 
 ネズミくんも、おばあさんがいつもお世話になっています……なんて、保護者みたいなことを言ってしまいました。
 話を聞けば、おばあさんが看板のアルバイトをしてあげたくなった気持ちも、よくわかります。

 なにしろ、このお姉さんはたった一人でこのお店を守っているのです。
 古い商店街の真ん中で、今、大きなビルを作るという話があり、まわりはもうほとんどが買収されていました。でも、お姉さんはおばあさんの時代からやってきたこの小さな小物屋さんを平屋のまま続けていきたいのです。ビルのなかにはいってしまったら、もう私の店ではなくなってしまう……おばあさんの思い出も、お母さんの思い出も、みんな消えてしまいそうで怖いのです。
 若い娘一人ということで、しばらくすればおれるだろうと思っていたビルの社長も意外に強力な反対にあって、地あげ屋をつかっていやがらせに出るようになりました。やくざをいつも店の前に立たせて、一般のお客さんをはいらせないようにしたり、朝起きたら、店の前に生ゴミがぶちまかれていたり……。
 そんなときに、魔法使いのおばあさんが通りかかりました。
 わけを知って、看板のアルバイトをかって出たというわけです。

 それ以来、気味悪がって地あげ屋のおどしはなくなりました。でも、それも時間の問題かもしれない……と、お姉さんは思っています。まわりの商店の人たちの目がとても冷たくなっています。ビルを建てるにしても、早くしなければなりません。地あげ屋のおどしにはなんとか頑張れるお姉さんでしたが、小さい時からかわいがってくれた近所のおばさんやおじさんの冷たさは、とても耐えられそうにありませんでした。
「わかっただろ。私がアルバイトをしたくなるわけが」と、魔法使いのおばあさんがネズミくんにいいました。
 ネズミくんも、話を聞いているうちにこのお姉さんをたすけてあげたくなりました。
 どうしたら、今のままで商売が続けられるかを毎日毎日、おばあさんたちは考え続けました。商売が繁盛すれば、それもお姉さんの家だけではなく、商店街そのものが活気づけばいいわけです。
「チンドンヤをやとう」「毎週一回、大売り出しをする」
 ネズミくんは次々に提案しましたが、お姉さんは首をふりました。もうそんなことはずっと前にやってしまったというのです。
「だったら、思い切ってビルにするっていうのはどうだろうね」
 魔法使いのおばあさんがいいました。
「えーっ」と、お姉さんとネズミくんが同時にいいました。それが厭で、お姉さんは一人で戦ってきたのではありませんか。
 驚いている二人に、おばあさんは、
「まあ、お聞き」と、話しはじめました。
 どう頑張っても、この商店街はもう限界が見えているというのです。
「第一、商店街の人達の気持ちがバラバラでは、どんなにいい商品があっても、客は買いにはこない。それぐらいなら、買収されて、ビルをたてて、その中で気持ちを一つにしていい店づくりをしていったほうがいい」
と、おばあさんはいいました。
「それはそうですけど、でも、この店を手放しては……」
「新しいお店で頑張ることの方がずっと、お母さんやおばあさんを喜ばせることになると思うよ。古いものは、いつか消えていくものだよ。でも、新しい物の中に古いものを大切にする気持ちはこめていけるはずだよ。私は、あんたがかわいそうだったから、看板になってやったけど、あそこにいて考えたんだ。この店を大切にしたいというあんたの気持ちはよくわかるけど、少し いこじになっていやしないかってね」
 おばあさんは、お姉さんをみてしずかにいいました。
 ネズミくんはおばあさんに「いいすぎですよ」と、渋い顔でいいました。お姉さんの目が涙でゆらりと揺れそうです。
「ごめんよ。でも、地上げ屋のやりかたは確かにひどい。あれをやられて意地になったあんたの気持ちはよくわかる。だから、私も看板になったんだからね。だが、考えてみればここにビルを建てて、新しい店でやりなおしたいと思っている商店街の人たちの気持ちもわかるんだよ。ここらへんは戦争にもあわなかったから、古い家がそのまま残ってる。このままではいつか、たてかえないと住めなくなるのは目にみえてるよ。それならいっそ、ビルにって思うようになったんだ。あんたは始め、おばあさんやお母さんの気持ちを考えて反対したんだろうけど、もしかしたら新しいことを始めるのが怖かったのかもしれない。だから、あんなにムキになって…」
「おばあさん!」
 ネズミくんがさけびました。
 お姉さんの目から、ついにおおつぶの涙がこぼれおちました。
「いいのよ。ネズミさん。私も、おばあさんに言われて、そうかもしれないと思うようになったわ。この店なら、売れないといっても、お得意さんはいるわ。その人たち相手に商売してたら、食べていけないことはないんですもの。ビルになったら、どうしていいかわからない。うまくやれるのか、どの程度の規模になるのかもわからないし…。逃げてただけなのかもしれない……」
 お姉さんは、ひざのうえにおいたこぶしをにぎりしめています。
「そうかもしれない。でも、女の子だから、当たり前の話だよ。大の男でもなかなか決断できることじゃないからね。でも、やってみることだよ。今、あんたは一人で頑張ってるんだからね。これが商店街のみんなと力をあわせて、いい店をつくればいいのだから、これからの方がラクかもしれない」
 魔法使いのおばあさんはお姉さんの肩をたたいて励ましました。
 次の日、お姉さんは前の靴やさんのおじさんに会いにいきました。
 お姉さんといっしょにビル建設に反対していた人です。長い間、かかってお店から出てきたお姉さんははればれとした顔をしていました。
 靴やのおじさんも、そろそろ仕方ないかなと思いはじめたところでした。
「メリーおばさんの看板がそういうのなら、仕方ねぇや」
 靴屋のおじさんは、魔法使いのおばあさんを笑いながら見ました。
 魔法使いのおばあさんとおじさんは、よく上と下で話をしていたのです。
 「あそこに上ると、見えなかったものがよく見えるようになる。その渦の中にいると見えなくなることもね……」と、魔法使いのおばあさんはいいました。

 魔法使いのおばあさんのアルバイトもおわりました。
 お別れの日、お姉さんだけではなく商店街の人たちも見送りにきてくれました。
「魔法使いのおばあさん、また遊びにきてくださいね」
 うるんだ目でお姉さんが手をさしだしながら言いました。
 魔法使いのおばあさんは、軽くぽんぽんとお姉さんの手をたたくとネズミくんに合図をしてホーキにとびのりました。

「あたらしいビルも盛り上がるといいてすね」と、ネズミくんが下を見ながらいいました。
 魔法使いのおばあさんは、もうさびしくないだろうねと、商店街のみんなに囲まれて手をふっているお姉さんを見て安心したようにスピードをあげました。

                          おわり



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