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ふんちゃんの二年生の友だち


1
 もくれんのつぼみがふくらみはじめ、風に花のにおいのする季節になりました。
 もう、三月も10日がすぎていました。
「うっそだー」
 運動場のジャングルジムのてっぺんで、ふんちゃんは、大きな声をあげました。
「うそじゃないよー」
 ごろちゃんが、むきになったように大きな声でいいかえしました。

「なっ、うそじゃないよな」
 ごろちゃんは、ふんちゃんのとなりにすわっている そらくんにいいました。
「うん、みほちゃんがいってたし、兄ちゃんにきいたら、兄ちゃんのときも、そうだったらしいよ」
 チラリとふんちゃんを見て、そらくんは、だまってしまいました。
 二年生になると、組みがえがあるらしいのです。
 一年一組  三宅学級は、先生もクラスのみんなも バラバラになるという うわさがあるのです。
 ふんちゃんの胸の中がわさわさとざわつきました。
 ふんちゃんは、一年一組のみんながすきでした。一年かけて、すきになったのです。それなのに……。
 さよならは、あっちゃんのときだけで、じゅうぶんでした。あんなつらいおもいは、もう二度としたくありません。それは、ごろちゃんやそらくんもおんなじでした。
 あっちゃんが転校していったあと、三人はだれよりもなかのいい友だちでした。その三人が別々のクラスになるかもしれないのです。 
 ジャングルジムのてっぺんで三人は、だまって顔をみあわせました。さっきまで ふいていた あたたかい風が、きゅうにどこかに行ってしまいました。
「ねっ、先生にきいてみようよ」
 ふんちゃんがさけびました。
 それがいちばんです。
「よーし」
 三人は、急いで職員室にむかいました。
「先生、一組は、二年生になったらクラスがえがあるってほんとうですか」
 いきなりとびこんできたふんちゃんたちに、三宅先生は
「まだきまってないのよ。きまったら、発表するからそれまでまっててね」
 こまったようにいいました。
 そして、その日から三日目、先生は、ふんちゃんたちのしんぱいしたとおり二年生になるとくみかえになると発表しました。
「ほーらね」
 ななめうしろのせきのふんちゃんをふりかえって、とくいげな顔をしたのは、みほさんでした。みほさんは、ふんちゃんとべつのクラスになりたいといっていました。
 みほさんとふんちゃんは、しょっちゅうケンカをしています。ふんちゃんのようにげんきのいい女の子は、みほさんがいくら ちゅういをしても、すぐにろうかをはしったり、かびんをひっくりかえしたりしてしまいます。
 そのたびに、みほさんは、先生をよびにしょくいんしつにはしります。
 だから、ふんちゃんは、みほさんがにがてでした。
「先生も、かわるんですか?」
 そらくんがたずねました。
「そうよ。先生もこんどは何年生のうけもちになるかわからないのよ。でも、先生も、みんなも、また新しいおともだちがいっぱいできるわ」
 三宅先生は、なんでもないことのように みんなにいいました。
 わーわーと、さわいでいたみんなも、一日たち二日たちすると、組みかえのことをはなす人はいなくなっていました。
 でも、ふんちゃんは、ちがいます。そらくんもごろちゃんも、べつべつのクラスになるのはぜったいにいやだとおもっていました。
「あっ、いいことかんがえた!」
 ふんちゃんがさけびました。そのとたん、ぶらんこのもち手にグンと力がはいり ぶらんこがガクンとゆれました。
「ねぇ、ごろちゃん おりてきて」
 ふんちゃんは、だれよりも高く、まだ青空のまんなかにいる ごろちゃんに はやくおりてくるようにたのみました。ごろちゃんのぶらんこは、手をはなせば、そのまま青空ののなかにとびこんでいきそうです。
「あたしたち、こんどのおわかれえんそくにいかなければいいのよ」
 おもいがけないふんちゃんのことばに ごろちゃんとそらくんが、目をまるくしました。
「なんだよ、それ」
「いい?」
 ふんちゃんは、びっくりしているふたりに とくいげにはなしはじめました。
 おわかれしたい人だけ、おわかれ遠足にいけばいいのです。行かない人は、おわかれしなくていいのです。
 ふーん、と、そらくんはうなりました。
 ヘェーと、ごろちゃんもうなずきました。
 一年生のおわかれ遠足は、運動公園までのあるき遠足です。ふんちゃんのクラスでは、つい先日、おたのしみがかりのしかいで、ゲームやボールなげなどの遊びのメニューがきまったばかりでした。
 みんな、とてもたのしみにしていました。でも……。
「よーし、きめた」
 ごろちゃんがいきおいよくいいました。
 運動公園はまたいくことができるけれど、ふんちゃんたちとバラバラのクラスになったら二年生になってもおもしろくありません。
「そらくん、いいだろ。いかないだろ?」
「うーん」
「そらくん!!」
 ふんちゃんとごろちゃんがいっしょにそらくんをみつめました。
「しかたないな。よし、ぼくも、遠足にいくのやめるよ」
 そらくんが、けっしんしたようにいいました。
「よっしゃぁー」
 ふんちゃんとごろちゃんの顔がかがやきました。
「やくそくよ。ぜったいゆびきり、やくそくげんまん。うそついたら、はりせんぼん のーます。ゆびきった」
 三人は、しっかりとゆびきりをしました。


 つぎの日から、ふんちゃんたちは、はなれたくないお友だちをなかまにいれていきました。
 ふんちゃんは、まち子ちゃんにみつるくん、だいちゃん。
 ごろちゃんは、ゆかりちゃんにゆうすけくん。そらくんは、たいがくんにけんとくん。
 そして、こえをかけられた子は また さよならしたくない子に声をかけていきます。
そして遠足の日がちかずくにつれて、一年一組のほとんどの子が おわかれ遠足にはいかないといいだしていました。
「ぼく、あした おなかがいたくなることにするよ」
 そらくんが、いかにもいたそうな顔をしていいました。
 一組のみんなはすなばのとなりにあるジャングルジムがだいすきでした。
 今日のほうかごも、一人がよじのぼるとみんながあつまってきました。
「どうして?」
 ふんちゃんがききました。
「おわかれ遠足にいかないでいいようにさ」
「ぼく、そんなことしないよ。おすしとおかしをもって ちゃんと家をでるんだ。そいでもって公園であそんでる」
 ごろちゃんはとくいげにいいました。
「どうしてー?」
 まだ、くびをかしげているふんちゃんたちに、ごろちゃんは、家でゴロゴロしてたら、おかあさんにおいだされてしまうというのです。でも、そらくんのようにおなかがいたくなったりするのもいやです。
「わかった!」
 ふんちゃんは、ゆびをパチンとならしました。
「あたしたちだけで、おわかれじゃない遠足にいけばいいよ」
 ふんちゃんは、どうだといわんばかりにむねをはりました。
「おわかれじゃない遠足?」
「うん、おわかれ遠足にいくと、バラバラにされちゃうのよね、だから、行かない人ばかりで、ただの遠足にいけば、みんな おなじクラスになれるじゃない」
 ふんちゃんの目がかがやきました。
「そうかあ。ただの遠足かぁ。さーすが、ふんちゃん」
 ごろちゃんは、ふんちゃんより もうひとつじょうずにパチンと指をならしました。
「それなら、ガリガリ山がいいよ」
 ジャングルジムのてっぺんで、けんとくんがさけびました。
 ガリガリ山は、木がまるでない山です。頂上までは、ほんの15分もすればついてしまいます。
 ふんちゃんたちがそうだんをしていると、みほさんとともだちが三人でとおりすぎていきました。なにがおかしいのか、かたをたたきあってわらっています。
 でも、ふんちゃんたちは、だれもみほさんたちに 声 をかけようとはしませんでした。
 みんな、みほさんとは、バラバラになってもいいやと思っていたからかもしれません。
「ミーン、ミーン、ミーン」
 ジャングルジムのてっぺんで、けんとくんがミンミンぜみのまねをしはじめました。すると、それにあわせるようにごろちゃんが
「ホッ、ホッ、ホッ」
 口に手をあてて、ゴリラのマネをしはじめました。
「ミーンホッ、ミーンホッ、ミーンホッ」
 二人の声がかさなってきこえます。
 みほさんたちが、きっとうしろをふりかえりました。
 一年一組のいたずらぜみといたずらゴリラは、きせつはずれにないていました。

 

 さて、その夜のことです。
 夕食中のふんちゃんの家の電話がけたたましくなりひびきました。 三宅先生からです。
「はい、はい、はい……」
 さっきから、ママは はいとまぁしかいいません。それをきいていたふんちゃんは、だんだんいやなきもちになってきました。
 あしたの遠足は、みんなと白鳥のいる公園にいくことにきめていました。うまれたばかりの白鳥の子をみにいくことにしたのです。
 そのことが先生にみつかったのでしょうか。
 じゅわきをおいたママは、あきれはてたという顔で、ふんちゃんをみつめました。
「あんたたちは、もう」
 先生の電話は、やっぱりあしたの遠足のことでした。
 みほさんがはなしたのです。
「どうやら、ふんちゃんがいいだしっぺらしいの…」
 ママは、こまった顔でパパにはなしはじめました。
「ねっ、ふんちゃん。あしたのおわかれ遠足にいかなくても、一年一組は、くみかえになるのよ。それはもう、きまったことなの」
 こんなことがどうしてわからないんだろうという顔で、ママは、ふんちゃんを見ています。
「だって、おわかれするから、おわかれ遠足っていうんでしょ?だから、あたしたち、おわかれしなくていいように いかないことにきめたの」
「そうじゃないの。なんていったらいいのかしら…」
 ママは、パパをこまったようにみつめました。
「ふんちゃん、どんなにわかれたくなくても、いつかはサヨナラしなくちゃいけない時があるんだよ」
 パパは、ふんちゃんをむねにだきよせました。
「二年生で組かえがなかったら、三年生であるかもしれない。三年生でなかったら、四年生であるんだ。おそいかはやいかだけなんだよ。それに、二年生で組かえするのは、ふんちゃんの学校のきまりなんだよ。おわかれ遠足がなくっても、一年一組は、二年生になったらなくなってしまうんだ。だから、おわかれするまえに、たのしいおもいでをいっぱいつくってあげよう……と、おわかれ遠足っていうぎょうじがあるんだ。だから、あしたは、おわかれ遠足にいってみんなでいっしょうけんめいあそぶんだ。たのしいおもいでになるようにね」
「そんなの、いやだ」
 ふんちゃんは、さけびました。
 目になみだがいっぱいです。
「いやだとおもっても、どうしょうもないことがあるんだ。ふんちゃん、あっちゃんのことをおもいだしてごらん。一年生の一学期だけでひっこしていったあっちゃんは、いつまでも ふんちゃんのクラスにいたかったんだよ。でも、お父さんのおしごとのことをかんがえて、がまんしてあたらしい学校に てんこうしていったんだろ。みんな、いろんなことをがまんして大きくなっていくんだ」
 パパの手がふんちゃんのあたまの上におかれました。じんわりとあたたかな手です。それをかんじたとたん、ふんちゃんのめじりから、がまんしきれなくなったなみだがひとすじツーとおちていきました。
「それに、一組のぜんいんとわかれわかれになるわけじゃないんだよ。そのなかのなんにんかは、また いっしょのクラスになるわけだし、あたらしいクラスには、また あたらしい友だちがまっててくれるんだよ。かんがえてごらん、ふんちゃん、クラスがべつになっても、友だちは友だちだろ? だったら、友だちがいままでのばいになるんだよ。あっちゃんは、いまでもふんちゃんの友だちだろ?」
「うん」と、ふんちゃんは、うなずきました。とおい町にひっこしていったあっちゃんとは、いまでも、手紙のやりとりをしていました。
 今年の夏休みにはあそびにいくやくそくもできています。
「だから、ふんちゃんたちは、あした、おわかれ遠足にいかなきゃいけないんだよ。いって、おもいでをいっぱいつくるんだ」
 パパのことばがおわらないうちに、またおかあさんのスマホがなりました。
 三宅先生からでした。
「パパ、こまったことになったわ。ごろうちゃんやそらくんがふんちゃんとのやくそくだからって、おわかれ遠足にはどうしてもいかないっていってるらしいの。先生、こまってるわ」
 ふんちゃんの目に、くびをふりつづけているごろちゃんとそらくんの顔がうかびました。
「ママ、あたし、でる」
 ママと、かわったふんちゃんは、
「先生、あたし、あした 遠足にいきます。ごろちゃんたちにもはなします」
 小さなこえではなしました。むねの中がしんしんします。
 とおくのほうで、三宅先生の声がします。
 よかったといっているのでしょうか、それとも こんなさわぎになったことをおこっているのでしょうか。
 ふんちゃんの耳には、
「ぜったいやくそく ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼん のーます しんでもなんでも のーます 」
 あおぞらにとどけとばかりにさけんでいた ごろちゃんたちの声 がきこえていました。


 夜空は、ふるようなほしぞらです。
「あしたは、いいおてんきだ」
 パパは、空をみあげていいました。
 じんちょうげのあまいかおりが 夜風にただよっています。
 ふんちゃんとパパは、ごろちゃんの家にむかいました。いまごろ、ママは、あしたの遠足のじゅんびをはじめているでしょう。
「はやいなー、ふんちゃんも二年生か」
 パパの目には、ランドセルがあるいているようなふんちゃんのすがたがやきついています。
「ごろちゃんやそらくんも、それから あっちゃんも二年生だよね、パパ」
 ふんちゃんは、パパの手をしっかりとにぎってたずねました。
「そうだよ。学校やクラスはちがっても、みんなおんなじ二年生のともだちだ」
 パパは、大きな声でいいました。
 (二年生のともだち……)
 ふんちゃんは、大きくしんこきゅうしました。
 どこからか じんちょうげのにおいがして、ごろちゃんの家は、もう目の前でした。

                        おわり


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