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あたしのねえたん

                                                                         むかしむかし5

 七月になりました。魔法つかいのおばあさんとネズミくんのすむ森にも、強い日差しがふりそそいでいます。
「あー、なんて暑い日なんだろう。」
 ネズミがうんざりしたようにいいました。、
「毎日 おんなじことばかりいうんじゃないよ。夏は、暑いのにきまってるんだよ。寒かったら 冬だよ。」
 魔法つかいのおばあさんも、うんざりしたようにいいかえしました。
 じつをいうと、おばあさんもこの暑さにたまりかねて「すずしくなる方法」というのを 魔法の本でしらべたばかりでした。どんなにページをくっても、そんなことはどこにものっていません。がっかりしたぶん、よけいに暑くなったような気がする魔法つかいのおばあさんでした。
 あけはなしたドアからみえる草木も そよともうごきません。
「水浴びにでもいくかね。ネズミくん。」
 魔法つかいのおばあさんがいったときです。

  家のまえの道がかげろうのようにゆれて、子どもをつれたおんなの人が やってくるのがみえました。
  たいへんです。お客さんが やってきました。
「ネズミくん、ドアをしめるんだよ。魔法つかいがこんなかっこうじゃ 仕事にならないよ。」
 あわてた魔法つかいのおばあさんは、おくのへやにとびこみました。あまりの暑さに、魔法つかいの服をぬいでいたのです。

  ドアがコンコンとノックされるのと、魔法つかいのおばあさんがはなの頭にあせをかいて 部屋からでてくるのが同時でした。
「あの……魔法のしごとをひきうけてくださるって ほんとうでしょうか?」
 女の人は、この暑いのにくろいマントにくろい服をきている魔法つかいのおばあさんをみて、びっくりしたようにいいました。
「ほんとうですよ。さあ、中へはいってください。遠慮はいりませんよ。」
 ネズミくんは、うれしそうにキーキー声でいいました。
 女の人は、安心したようにしっかりとかかえていた男の子を下におろしました。
「じつは、この子のことで相談があるのです……。」
 ゆかにおろされたとたん、あちこち 動きはじめた男の子をみつめました。

「この子の上に三人のおねえちゃんがいます。はじめての男の子だったものですから、みんな よくかわいがってくれました。この子も、三人のおねえちゃんたちが大好きです。それが一才のお誕生日をすぎたとき、ことばをはなすようになりました。

「ねえたん」

っていうのが、いちばん最初におぼえたことばでした。
 女の人が、いったとたん元気いっぱい歩きまわっていた男の子が「ねえたん、あたしのねえたん。」と、さけびはじめました。
 どこかにいるのかと思ったのでしょう。キョロキョロとまわりをみまわたしています。
「あたしのねえたん、どこ?」
 男の子が女の人にききました。
 ネズミくんが、プッとふきだしました。
 元気いっぱいの男の子が、「あたし」なんていうものですから、おかしかったのです。
 女の人は、うっすら涙をうかべて、魔法つかいのおばあさんをみつめました。
「もう、おわかりだと思いますが、女の子にかこまれて育ったせいでしょうか、自分のことは「あたし」というのだと思いこんでいて、どんなに男の子は、「ぼく」というのだと教えてもだめなのです。おねえちゃんたちは、ともだちから からかわれるからって あそばなくなるし、私 もう どうしていいかわからなくて……。」
 魔法つかいのおばあさんは、そんなことかとうなずきながら
「男の子のともだちでもできれば自然に話すようになりますよ。」といいました。
「もうすぐ三才なるんですよ。来年の春にはようちえんにいくことになっていますし。」
 なきそうな顔でうったえる女の人に、魔法つかいのおばあさんは、
「わかりました。できるかどうか しらべてみましょう。」
というと、おくのへやにひっこみました。
 ネズミくんは、すっかり男の子となかよしになって、「あたしのネズミ。」とおいかけられています。
 さすがのネズミくんも、つかれたころ、魔法つかいのおばあさんが魔法の仕事に必要な道具をもってはいってきました。
「わかりましたよ。たぶん うまくいくと思いますよ。……さあ、ネズミくん、魔法のツボにこれから私のいうものをいれていっておくれ。」
「はい!」
 ネズミくんの声が、きんちょうでうらがえっています。
「トカゲのしっぽ3コ、どくだみの白い花 1カップ、よもぎのはっぱ ひとつかみ、カメのこうらの粉末を少々……そう それでいい。それに泉の水をツボの口までいれておくれ。」
 魔法つかいのおばあさんは、ふっと、息をすると
「さあ、ぼうや、ここにすわってもらおうかね。」
 自分の前のいすにこしかけさせました。
「いいかい、ぼうや、このツボをみてるんだよ。男の子は、『ぼく』。女の子は、」
 そこで魔法つかいのおばあさんは、薬草のにおいにはながくすぐられて、くしゃみをしたとたん『あたし』ということばをとばしてしまいました。

「ダイカツーホマハシワ!レナ!レナレナ」


 魔法つかいのおばあさんはさけびました。すると、ツボのなかから白いけむりがモクモクとでてきたではありませんか。
 魔法つかいのおばあさんは、いきなり男の子の顔をけむりのなかにつっこむと、もういちど大きくさけびました。
「ダイカツーホ マハシワ!レナ レナ レナ!」
 部屋中に白いけむりがあふれ、何もみえなくなりました。しばらくして ようやく 人のすがたがあらわれたとき、ひめいがあがりました。
 ネズミくんが、その声におどろいてキーキー声をあげました。
「しずかに。」といったものの、魔法つかいのおばあさんもポカンと目の前にすわっている男の子をみつめました。
 

 男の子……のはずでした。さっきまでは……。
 

 今、魔法つかいのおばあさんの前にすわっているのは、花がらのワンピースをきたかわいい女の子でした。
「魔法つかいさん、これはいったいどういうことなんですか? あんまりです。こんなのひどすぎます。」
 ついに、おかあさんは、なきだしてしまいました。
 ネズミは、青ざめた顔でおばあさんをみつめながら指をおっています。魔法つかいのおばあさんにいわれたとおりに、まちがえずにいれたかどうか 心配になってきたのです。

「お母さん、これはおもいがけないことになってしまいましたね。でも、魔法のせいではありませんよ。ぼうやが、女の子になることをねがったんですよ。『あたし』ということばをつかっても怒られない女の子になりたいと、思ってしまったんですね。そこまで、思っていることを見抜けなかったのは私の責任ですがね。」
 魔法つかいのおばあさんは、まじめな顔でいいました。
「じゃ、この子はどうなるんですか?」
 女の人は、魔法つかいのおばあさんにくってかかりました。
「だいじょうぶ。あたしということばをつかうことを禁止されなければつまらなくなって、また もとの活発な男の子にもどりますよ。あせらないことですね。」
 魔法つかいのおばあさんは、なんでもないことのようにいいました。
「さっ、ネズミくん、お客さまのおかえりですよ。お見送りして……。」
 まだ なにかいいたそうな女の人をそのままにして、魔法つかいのおばあさんは、
「ぼうや、じゃないおじょうちゃん、おもうぞんぶん 『あたし』をつかってみるんだね。」
と、おかしそうに笑いました。
「バイバイ ネズミくん。また あそびにくるね。」
 女の子になった男の子は、ネズミくんにやくそくすると、スカートのすそをひるがえしていってしまいました。


「あー、おどろいた。おばあさんったら、ひどいことをするんですね。」
 ネズミは、まだ コトコトなっているむねをおさえていいました。
「あれは、私がやったんじゃないよ。ほんとにあの子がのぞんだんだよ。魔法は、なによりもいちばん 本人の気持ちが大切だからね。」
「なんだ、それを聞いて安心しましたよ。」
 ネズミくんは、心からホッとしたようにいいました。
「『あたし』が『ぼく』になるのは、もうちょっと時間がかかるかもしれないね。でも、お母さんを ちょっとおどかしたから、とうぶんは何も言わないだろうし、そうなると早いかもしれないね。」 
 魔法つかいのおばあさんは、おかしそうにいいました。
 それから 二人はのいちごのジュースでカンパイすると、いっきにのみほしました。
 窓から すずしい風が ふきこんでいつのまにか外は もう たそがれはじめていました。 

                          おわり    

                  
                 


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