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大魔王がやってきた

                                                                   むかしむかし11

 魔法使いのおばあさんとネズミくんの家に、ある日、手紙がとどきました。
 暖炉の火があかあかと燃えて、外の寒さがうそのようです。手紙を読みはじめたおばあさんの顔が、赤くなったり青くなったりしています。ネズミくんは、そんなにおもしろい手紙なら一人で読んでいないで自分にも聞こえるように読んでほしいとおもいました。
「それで、だれからの、どんな手紙なのですか」と、ネズミくんは聞きました。
 おばあさんは、なにも聞こえないようにいっしんに手紙をよんでいます。
しばらくして、おばあさんは大きな大きなためいきをつきました。
「こまったことになったよ。大魔王がやってくるよ」
 なんですか、それ…と、ネズミくんが聞きました。
 おばあさんのはなしを聞いているうちに、ネズミくんの顔も赤くなったり青くなったりしました。
 魔法使いの国で、いちばん偉い魔法使いの王様が大魔王です。大魔王は、世界中にすんでいる魔法使いの仕事ぶりをみるために十年に一度旅にでます。今年がその年で、おまけに選ばれたのが、魔法使いのおばあさんだったのです。おばあさんは、ネズミくんに魔法の本をとられて、魔法使いをわすれていた時期がありました。それをしられたら魔法をとりあげられるかもしれません。
 それに新米の魔法使いの助手であるネズミくんは、試験をうけなければなりません。
「いやですよ。ぼく 魔法使いの試験なんてうけたくありませんよ」 
「そんなことを言ってもだめなんだよ。ここに住む以上、魔法使いの秘密を知っていることになるからね。どんなに何もみていない、何もしらない…と、お前がいいはったとしても、魔法で消されてしまうよ。それにお前は、私の魔法の本をとって魔法使いをしていたことがあるんだからね。いいわけはできないね」
 おばあさんは、ちょっと冷たく言いました。
 それからネズミくんの真っ青になった顔をみて、いや、たいしたことはないだろうけど、まあ、心づもりはしておいたほうがいいと思ってね……と、いいたしました。
 おばあさんにも、どういうことになるのか見当がつかなかったのです。
 それからの毎日、ふたりは、来る日も来る日も魔法の特訓です。森の動物や人間の身の上相談ばかりにのっていたおかげで、すっかりのんきになって、おばあさんでさえ むずかしい魔法は使ったことがありません。それを本をみながら、すべてやってみようというのですから大変です。
 

 あるときなど、一度消したものをふたたび現すには……という魔法に挑戦していて、とおりかかったウサギの親子をしぬほどおどろかしたことがありました。耳がどうしても、元のとおりにならないのです。まるでハツカネズミのようになった耳がやっと 元のピンとしたウサギさんの耳になったとき、ウサギの親子はくるったように草原に走って行き、もう二度とおばあさんの家の前には近寄ろうとはしませんでした。
 噂はあっというまに森にも町にもひろがり、おばあさんの家には誰もこなくなってしまいました。
 でも、ふたりともそれをさびしいと思う心の余裕さえありません。大魔王の訪問は、今年というだけでいつになるのかわかりません。あした来るかもしれないのですから……。
 長い長い冬、ふたりは来る日も来る日も魔法の勉強ばかりをして過ごしました。しまいには、ナンページのナン番というだけで、パッとその魔法ができるようになりました。
 もう安心です。いつ大魔王がきても、失敗することはありません。

 ある日のことです。
 おばあさんとネズミくんは暖炉の前にすわって暖かいココアをのんでいました。
 からだのしんまであったまって、ふたりともひさしぶりにのんびりとした気持ちですごしていました。考えてみれば、この数週間、魔法のことで頭がいっぱいでした。頭のすみがズキズキするほど、ふたりとも一生懸命でした。
「ネズミくん、アの3番は、なんだったっけ」
 おばあさんは、夢の中まで言っていました。
 外は、粉雪が舞っています。おばあさんが、ネズミにココアのおかわりをたのもうとしたとき、いきなり目の前の暖炉にものすごい音をたてて何かがころげおちてきました。と、思うまもなくまっくろいカタマリがころがりでました。
 おばあさんとネズミくんは、びっくりして生きた心地もしません。
「あついよ。あつい!はやく、水をかけておくれよ」
 まっくろだんごがさけびました。
 おばあさんは、いたずらずきの動物の子どもが落ちてきたのかと思い、そばのテーブルの上のつぼを手にとると、
「ダイカツーホ、マハシワ!水 水 水!」と、さけびました。
 さかさにしたつぼからは、水がドンドンでてきます。
「あー、もういいよ。そんなにかけられたら今度はかぜをひいちゃうよ」
 まっくろだんごがなまいきに言いました。
「そんなしつれいなことを魔法使いのおばあさんにいえるもんだね。」
 ネズミくんは、カンカンです。せっかくの楽しい時間がメチャクチャになって腹がたったのです。
 魔法使いのおばあさんが、かわいたタオルで、まっくろだんごをふいてやりました。すると、なんともきみょうなかっこうをした男の子があらわれました。くるくると縮れたあたまには金色のヘアバンドをしています。ちょうちんそでの上着にも金色のベルト、ズボンのすそにも金色のバンドをはめています。
「まったくサンタクロースじゃあるまいし、そんなへんなかっこうでエントツからはいろうなんて、よくも考えたもんだよ」
 あきれはてて、怒るきにもなれないと魔法使いのおばあさんは、くびをふりました。
「サンタクロースとおんなじことをしてみたかったんだよ。でも、大変だってことがよおくわかったよ。ぼく、これからは、サンタクロースがもってきてくれたものに もんくはいわないことにするよ。おじいさまは、心配されたけど、ぼくを旅にだしてよかったよ。もう、ひとつ 勉強したしね」
 まっくろだんごのおしゃべりをやめさせるのはホネがおれます。
 あきらめたおばあさんは、ネズミくんにまっくろだんごの男の子をおふろにいれて、何かたべさせてやるようにいいました。くん聞けば、どこか遠くから旅をしてきたようです。この子の興奮をしずめるのは、これが一番だと思ったのです。
 始めは、びっくりしたおばあさんとネズミくんでしたが、ひさしぶりのお客さんに うきうきしてきました。
 とっておきのカンヅメをあけて、パンをやき、スープもつくりました。用意のおわったテーブルに、おばあさんとネズミくんがまっていると、男の子がとびこんできました。
「こんなへんな服、ぼく いやだな。ちょっとまっててよ。やっぱり あっちの服にするから」と、また もどっていきました。
 魔法使いのおばあさんの服をきていたのです。
「へんな服っていっても、それしかないんだから しかたないだろ」
 魔法使いのおばあさんが、顔をしかめて言いました。ネズミくんは、おかしそうに下をむいて笑いをこらえています。まんまるコロコロの男の子に、魔法使いの服はにあわなかったからです。
 しばらくして現れた男の子は、「やっぱり このほうがいいよ」と、まっしろだんごになって笑いました。
 まっくろでビショビショだった服は、いつのまにかまっしろになって、ピシッとのりづけされたようになっています。
 おばあさんとネズミは、顔をみあわせました。
「ごめいわくをかけてしまいました。ぼくは、大魔王……」
と、男の子が言いかけたときです。
 おばあさんの顔がパッと青ざめました。
 そうです。大魔王が大人の姿をしているとは、だれもいっていないではありませんか。
 「大魔王さま。よくいらっしゃいました。なにとぞ 失礼をおゆるしください。なにもしらなかったものですから……」
 おばあさんは、テーブルの下にひざまずくと、ゆかに頭をこすりつけました。ネズミくんもおなじように頭をさげています。
「ちがうの。ぼく、大魔王の孫です。大魔王は、ぼくのおじいさまなの」
 男の子は、のんびりとした声で言いました。
 大魔王の孫の話によると、大魔王は、今度の旅にでるまえにひどいカゼをひいたのだそうです。めったにかからない大魔王が、病気をすると大変で、なおるのには十年はかかるだろうというお医者さまのみたてでした。十年もかかったら、今年の視察、魔法使いの審査ができなくなるではありませんか。それは、魔法使いの世界では許されないことでした。
 むりやり旅にでるという大魔王を説得して、大魔王の孫である男の子がやってきたというわけです。
「ぼくが、大魔王のあとつぎなの。ぼくのお父さまは、魔法使いがいやで、ふつうの人間の世界におりてしまったの。だから、おじいさまがたよれるのは、ぼくだけなの」
 男の子は、元気よく説明してくれました。
 あまりに思いがけない話に、おばあさんは、あいた口がふさがりません。
 ネズミくんはさっさとゆかからたちあがると、へんだと思ったんだよと、つぶやきました。
 おばあさんは、それでもまだ大魔王が孫にばけているのではないかと疑っていました。三人いっしょの食事がすみ、デザートのくるみ入りプディングがでるころになると、やっと 魔法使いのおばあさんの顔にも、ほっとした笑顔がうかぶようになりました。大魔王がこんなに食いしんぼうで、おしゃべりなはずはないと安心したのです。
 

 次の日から、大魔王の孫の小魔王は、魔法使いのおばあさんの仕事ぶりを見るためにと言って、どこまでもついてくるようになりました。町にでては、スーパーで買い物をし、学校に行ってはあかりちゃんと友だちになりました。
 やっと「ぼく」といいだしたと喜んでいるお母さんに、わたしとしか言わなかった男の子の話を聞いたり、すっかり魔法使いのおばあさんの仕事調査に夢中です。魔法使いのおばあさんは、それをくすぐったそうに聞いていました。でも、内心 こんな仕事しかしていないことを大魔王にほうこくされたら、どうしょう……と、思っていました。
 ネズミくんも、それを心配して、次は森の中に連れて行くことにしました。
 ひさしぶりに現れたおばあさんに、みんなは、うれしそうです。
 でも、大魔王の孫の小魔王のうわさは もうひろまっていて、魔法でへんなものに変えられたらこまると、遠巻きにみていました。
「すてきだね、森のにおいって。ぼくの住んでいる森にもいろんな動物がいるんだよ。みんな友だちさ。だから、みんなに心配しないようにいってよ。ぼく、友だちになりにきたんだ。世界はひろいんだから、一つの場所だけじゃ つまんないよ」
 魔法使いのおばあさんが、金色のつのをもつシカをよびました。この前、ふとりすぎたおばあさんのためにミルクが池にカバくんをうつした話をしてもらったのです。
 小魔王は手をたたいて、大喜びです。
 こうして何日も何日もすぎていきました。もう魔法使いのおばあさんがしたことはすべて知ってしまいました。
「さあ、こんどこそ新しい魔法の試験だ……」
 魔法使いのおばあさんが緊張しても、小魔王は、毎日毎日、森の動物たちと遊んでばかりいます。
 夕方になると、学校がえりのあかりちゃんがたずねてきては、学校で勉強したことを教えてくれます。
「魔法の勉強よりも、ずっとむずかしいや」
 小魔王は、うれしそうにあかりちゃんをみています。
 おばあさんは、首をかしげるようになりました。ほんとうに、大魔王の孫なのでしょうか。そういえば、おばあさんの家にきてから、小魔王は服をまっしろにしたくらいで、まだ一度も魔法らしい魔法を使ったことがありません。どこに行くのも、おばあさんのホーキの先にまたがってとんでいきます。決して一人ではどこも行こうとはしません。

「小魔王、もうそろそろ大魔王のもとに帰らなくてもいいのですか?」
 ある日、おばあさんは思いきって聞いてみました。
 小魔王はびっくりしたようにおばあさんをみました。
「ぼくがいると、めいわくなの?」
 不安そうな顔をしています。
 ネズミくんが、「そんなことはありませんよ」と、おばあさんをにらみつけながら言いました。ネズミくんは、この元気でおもしろい男の子が大好きなのです。
 今では、小魔王がいなかったころのことを思い出せないくらいです。それはおばあさんも同じでした。それだからいっそう別れがつらくなるまえに…と、思いきって言ったのです。しばらく下をむいていた小魔王でしたが、
「そうだね。もうそろそろ帰らないとおじいさまが心配するかもしれないね。よし、あしたから、いよいよ魔法使いの資格検定試験をおこないます」
と、小魔王は、声をはりあげました。
その声は、威厳にみちていて、魔法使いのおばあさんもネズミくんもおもわず緊張して頭をさげてしまいました。
 

 その夜、おばあさんもネズミくんもなかなかねむれません。
 どんな問題がでるのだろうと、魔法の本をあちこちひっくりかえしては寝返りばかりうっています。窓のそとからは、やわらかい月の光がふりそそいでいます。
「試験が終わったら、帰ってしまうんでしょうね」
 ネズミくんがポツリと言いました。
「そりゃぁそうさ。あのこは、大魔王のあとつぎだもの……」
 おばあさんの声は、こころなしか さみしげです。
 そのときです。眠っているとばかり思っていたとなりのベッドが、もぞもぞと動きはじめ、まっしろなパジャマを着た小魔王がとびだしてきました。
ふとんの上から、おばあさんにだきつくと、
「ぼくをここにおいてよ。ぼく、もうおじいさまのところにはもどれないんだ!」
と、なきじゃくりました。
 あっけにとられていたおばあさんとネズミくんは、ようやく おちつくと、小魔王にわけを話すようにうながしました。
 大魔王が病気になって、こられなくなったというのは嘘でした。
 大魔王は、小魔王のお父さまであるあとつぎに、魔法使いにはなりたくないと、去られてから、小魔王にいっそうきびしく、魔法使いとしての修行をさせました。小魔王は、オキテだらけの毎日がいやになって 家を出てしまったというわけです。
 ネズミが、キーキー声をはりあげて
「ここにずうーと、いればいいんですよ。ね、おばあさん!」
と、さけびました。
 魔法使いのおばあさんは、それには答えず、小魔王を自分のそばにすわらせると、
「魔法使いがきらいなのかい?」
と、しずかに聞きました。
「いいえ、きらいじゃありません。きらいだったら、お父さまのように魔法使いをやめています。ただ、ぼく、ほんのすこし ほかの世界をしりたかったの。おじいさまのおきもちはわかるけれど、毎日毎日、それだけっていうのにがまんできなかったの…」
 やさしい小魔王は、お父さまやお母さまのように、大魔王をみすてることもできず、いっしょうけんめい努力はしたのですが、ついにがまんできずにとびだしてしまったのです。
「ここにいれば、魔法使いまでやめてしまわなくてもいいでしょ。おばあさんやネズミくんたちみたいに、いろんな人たちと友だちになってみたいの。むこうじゃ、おじいさまが、お父さまみたいになっちゃいけないって、友だちと遊ばせてくれないもの」
 小魔王のクシャクシャのまきげをなでると、おばあさんは、
「わかった。大魔王に手紙を書いてみよう。小魔王は、しんぱいしなくていい」
と、いうと、さっ、もうおやすみ。あしたは、森に行ってみるくが池のカバの背中にのせてもらうといい……と、言いました。パッと、顔を輝かした小魔王は、さっきまでの泣き顔をわすれて、いきおいよくベッドにとびこみました。
 ネズミくんが、「あしたは、魔法の試験もないんですね!」と、さけびました。
「あー、そうだった」と、魔法使いのおばあさんはためいきをつきつつ、大魔王に手紙をかくなんて魔法の試験よりむずかしい……と、思っていました。


 あれから何日もたちました。
 おばあさんは、毎日 手紙ばかり書いています。書いてはやぶり、書いてはやぶり、部屋中が紙くずだらけになってもまだ手紙は書きあがりません。
 大魔王にお説教するわけにもいきません。小魔王をこちらであずかるから……と書いてはみても、大魔王の怒りにふれることを思えば、すぐにやぶってしまうことになります。
 魔法使いのおばあさんのゆううつとは、正反対に、小魔王とネズミくんは、毎日元気いっぱいあそびまわっています。
 今日も朝早くにでかけたきり、もどってきません。
 玄関のドアがバタンと乱暴にあきました。手紙書きにウンザリしていたおばあさんは、
「うるさいね。もっとしずかにできないのかね。いつまでたっても大魔王に手紙が書けないじゃないか」
と、さけびました。
「手紙だって? もうその必要はないようだね。私に直接いってもらおうか」
 魔法使いのおばあさんが、顔をあげると、目の前に大魔王がたっていました。
 なぜ、大魔王ということがわかったかというと、何もかも小魔王と同じかっこうをしていたからです。クシャクシャの髪に金色のヘアバンド。ただちがうのは、顔には、りっぱなヒゲがありましたし、黒い大きなマントをはおっていました。
 おばあさんは、びっくりしてゆかにひざまずくと、
「あ、あ、あ、あの……、だ、だ、だ、だい……」
 ことばにならないことを言っていました。
 そのときです。入り口から、いきおいよく飛びこんできた者がいます。
「おじいさま、おねがい。魔法使いのおばあさんをゆるしてあげて。ぼくのたのみをきいてくれただけなの。おばあさんから、魔法をとりあげないで!」
 小魔王は、おばあさんの前にたちふさがると大魔王にむかって言いました。
 おばあさんは、魔法をとりあげられるといわれたことで、おじけづいていた心がシャンとなりました。
 スックと立ち上がると、大魔王に言いました。
「大魔王さま。私から魔法をおとりあげになられてもけっこうです。私は、長い間 魔法使いをしていたもので、そろそろあきがきていたところです。人間になるのか、石になるのか しりませんが、まあ、なんでもおもしろいと思いますよ。ただ、これだけは言わせてもらいます。小魔王さまは、りっぱなお子さまです。ほんとうならお父さまやお母さまといっしょに住みたいのに、おじいさまが悲しむと思って、家出しても、そこにはいかれなかった。まだ、こんなに小さいのに……。これでは、どちらが、大人かわかりませんね」
 おばあさんのそばにいつのまにかやってきていたネズミくんが、おばあさんの服のそでをひっぱっています。
「いいんだよ。ネズミくん、おまえは小魔王についておいき。大魔王は、お前まで、石に変えたりはしないだろうよ」
 ネズミくんは、キッとした顔で大魔王をにらみつけると、
「おばあさん、おばあさんが石になるのなら、私だって小石になりますよ。バカにしないでくださいよ」
と、キーキー声をはりあげました。
 小魔王と、魔法使いのおばあさん、それにネズミくんがいっぺんにしゃべるので、大魔王は、うるさくてたまりません。
「わかった!」
 大魔王がさけんだしゅんかん、三人の身体は電気がはしったようになりました。
「いいかい、もう私が話しても。まったく、おまえさんたちに話をさせていると、朝がくるよ。……
 小魔王、私が悪かったね。大魔王にするためにすこし 急ぎすぎたようだ。おまえのお父さまで失敗したものだから、よけい むきになっていたようだ。なにしろ、私にもそうそう時間が残されているわけではないからね」
 大魔王がいったとたん、小魔王が大魔王の胸にとびこみました。
「おじいさま、ごめんなさい。でも、ぼく、おじいさまがきらいなわけではないんです。ただ」
「わかってるよ。私も、時間がないなどと気の弱いことをいわずに小魔王とあそぶことにするよ。ここに来るまえにのぞいた森では、小魔王のあんなにうれしそうな顔はみたことがなかった。カバの背中にのって、池じゅうを走りまわっていた」
「あっ、いらしてたんですか。ちっともしらなかったな。あれ、みるくが池のカバくんです」
 小魔王は、昔からの親友のことでも話すように言いました。
「ぼくも、いました!」と、ネズミがキーキー声をあげて、おばあさんに にらまれました。
 でも、さっきまでの険悪なふんいきがなくなって、大魔王も、すっかりくつろいでいます。
 暖炉をかこんでの食事が終わり、いよいよ大魔王が帰る時間になりました。
「小魔王、おまえはもうすこし残っていていいんだよ」
「いえ、おじいさまといっしょに帰ります。でも、また遊びにきます。ねっ、おじいさま、いいでしょ?」
 小魔王が大魔王にききました。
 大魔王は、うなずいています。
 それをみながら、おばあさんとネズミくんは、よろこびながらも淋しさをかんじずにはいられませんでした。
 それより、おばあさんにはもうひとつ気にかかることがありました。
「大魔王さま、魔法使いの試験をしてください」
 おばあさんが言うと、ネズミがいやな顔をしました。わすれていたらいいな……と、ビクビクしながら思っていたのです。
 大魔王は、黒いマントをさっとひるがえすと、
「試験は、もうとっくの昔に終わってるよ。小魔王の話をきいていれば、ふたりがどんなに優秀な魔法使いかが、よくわかりました。それとも、まだ試験をうけたいのかね」
と、いうと、声をあげて笑いました。
 その笑い声がまだ消えないうちに、大魔王のすがたは、もうどこにもありませんでした。魔法使いのおばあさんがハッとするまもなく、小魔王がおばあさんのくびにしがみつきました。
「どうもありがとう。魔法使いのおばあさん。楽しかったよ」と、ささやくと、小魔王の姿も消えていました。
 

 あとに残されたのは、おばあさんとネズミくんのふたりだけ。
「また、ふたりっきりになってしまったね。ネズミくん……」
 おばあさんは、そっぽをむいて言いました。
「そうですね。でも、ぼくにはおばあさんがいるからさびしくはないですよ」
 ネズミくんも、反対側をむいたまま つよがって言いました。
 ふたりの目からは、あたたかいものがつぎからつぎにあふれていきました。
 窓の外では、この冬さいごのなごり雪が舞っていました。

                           おわり


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