いつか 大空へ


 四年生の教室で、ひとりの少年をかこんで七、八人の男の子たちが、くちぐちにさけんでいました。
 女の子のしらせで、先生がとんできました。
「どうしたの?」
 先生のしつもんに、少年は、こたえようとはしません。かわりに、
「じゆんが、空をとびたいなんていうんです」
 少年をとりかこんだ男の子のなかで、いちばん大きな子がいいました。
 先生は、なんだそんなことなのという顔で
「どうして それがおかしいの? パイロットがゆめなんて、すてきじゃないの」といいました。
「ちがうんです。こいつ、飛行機なんかじゃなくて、鳥になって空をとびたいっていうんです」
 さっきの男の子がバカにしたようなかおで、少年をみおろしました。

 
「いまどき、幼稚園の子どもでも そんなことはいわないよな」
 少年のまわりにあっまったともだちのあいだから、ドツとわらいごえがあがりました。先生や女の子たちまでわらっています。つめたいゆかのうえに すわりこんだ少年は、キッとくちびるをむすんで だまっていました。


 五月のある日、となり町の山で、ハンググライダーの大会がひらかれました。
 ハンググライダーとは、大きな洋ダコのようなものにつかまり、大空をとぶ競技です。すこしでも、強い風がふくと、中止になってしまいます。その日も、風のぐあいがわるいうえに、きりがではじめ、発進台に機体をおいたまま、ようすをみることになりました。そのとき、ひとりの少年が ツツツと、発進台にちかよりました。ねっしんなフアンは、いっぱいいます。
「きみ、そんなところにはいっちゃあぶないよ。だめじゃないか、こんなところにいれちゃ」
 あわてた係員が、アルバイトの人にいったときです。
 少年の手は、ハンググライダーの棒をしっかりとにぎりしめました。
 と、そのとき、飛行に絶好の風がサーッとふきました。
 少年の足がトンと、台をけりました。
 人々がおどろいてみつめるなかを、少年は、大空をとんでいきました。

 風になって
 鳥になって
 どこまでもどこまでも


 その少年の横顔は、じゅんとよばれた少年に、とてもよくにていました。


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