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優しくもなく

「さっき、癒し系とかって言われてましたね?」

二人きりの休憩室で、奴が薄く笑いながら言う。

「笑っちゃいましたよ。

だって全然、癒し系じゃないのに、あなたは。

癒し系なんかじゃない。」

冗談めかしてるけど、わかってるよ、それ結構、本音で言ってるよね。

さすが、君は私を一番知ってる。

優しくしながら、じわじわお互いを少しずつ傷つけて

様子見、様子見、

それでも自分を捨てないか、愛情を確かめている。

 

だけど、君だって表向きは好青年を気取ってるくせに。ねぇ?

フィアンセに言えない愚痴を私に聞かせて、それでバランスとってる不安定飛行恋愛、

空中分解しちゃえばいいのに。

あのコより私の方がいい女。

 

「癒し系と言うよりは、あなたは・・・もっと・・・」

何よ?言ってごらん。

何を言っても、私は君を嫌いにならないし

これ以上は愛しもしない。

だって私は既婚だし、あんたより十も上だし、

同じ職場の隣りの課の仲間。

スキャンダルはお互い避けたいでしょ?

十も下なのに、時々生意気な口をきく面白い男のコ、あんたはそれで十分。

 

挑発的に私を見詰めて、格好をつけてコーヒーを一口飲んで、長い息を吐いて見せる。

そんなことしても、私には青臭いガキにしか見えないわけよ。

だけど、そこは私も優しく微笑んでみせる。だって、私はいい女だから、ね。

 

休憩室のテーブルに置いた彼のスマホが唐突に振動する。

12時45分、昼休みに彼女が送ってくるいつものLINE。

つまんないイラストのスタンプ。

ねぇ?そんなやり取りが面白いの?

「別にそれだけってわけじゃありませんよ。

ちゃんと電話もしてますし。

この間はドライブも行ったし。

信号待ちでね、キスしたんですよ。キス。

真由香さん、最近キスしてますか?旦那さんと。」

バカモノめ。

言ってろよ、ハタチそこそこのガキが。

私の不機嫌な表情を横目で見て満足そうにフフンと笑い、器用にスマホを操って彼女へ返信している。

 

「いいもんですよ、キス。」

ああ、そお。

よかったわねぇ、高校卒業以来やっと彼女ができて、久しぶりにできたのよね?おめでとう。

ところで、なんで私の唇を見詰めてるのよ。

そんなふうに見たって与えてやるもんですか。

あんたは、あのつまんない彼女と仲良くしてればいいのよ。

 

「さぁて、行かなきゃ。」

壁の時計が12時50分になったのを見て、奴が軽く伸びをする。

「今日は午後から忙しくなりそう。」

「がんばれ!」

白のワイシャツの肩口を軽く叩いて言ってやると

「真由香さんもね!」

えらそうに言ってるんじゃないわよ。

この社内で私のことをそんなふうに呼ぶのは、あんただけよ。まったく。

なんで、こんな関係性を許してしまったんだか。

きっかけは些細なこと。

新しいソフトの操作を彼に聞くと、ずいぶんわかりやすく教えてくれて、

あ、こいつは頭いいな、と私の中で彼の評価が上昇した。

以来、ちょこちょこと彼を頼るようになり、雑談の機会も増え、

彼の恋愛相談まで聞いて・・・今に至る。

お昼休み、ランチの後、残りの休憩時間の10分間。

コンビニで買ってきたコーヒーを飲みながら、他愛のない話をして過ごす。

年上既婚の私にだからか、彼は遠慮なくぶっちゃけた話をし、

私も遠慮なくツッコミを入れながら聞いた。

奴の話は面白かった。

 

秋に大きな人事異動があり、私の課でも配置換えやら引き継ぎやらバタバタが続いた。

彼の方の課は、もっと大変そうで、やたら出張が増え、昼休みに顔を合わせる機会が減った。

たまに一緒になっても、他の社員がいてお互い表向きの顔のまま、前のように素で笑い合うことはなくなった。

そうして、年末に奴は海外へ転勤が決まったが、うちの課は繁忙期支援のため総出で営業所へ出向いていたため、結局、何の挨拶もないまま去ってしまい、それきり。

一番最後に交わした会話は、私がちょっと偉そうに彼を注意した言葉で、それが最後になってしまうなら、あんなことわざわざ言わなきゃよかったと後々悔いた。

 

その後、私は主人の転勤に伴って転居することになり、退社した。

彼が婚約者の彼女と結婚したこと、赤ちゃんも生まれたことは風の便りで耳に入った。

 

「正直ね、彼女と電話で話してるより

真由香さんとこうして話してる方が、僕、楽しいんですよ。」

そんなことをつぶやいた彼の結婚を祝ってやる気にはなれなかったので

転勤し、私の預かり知らぬところでしてくれて助かったと思った。

あれから10年。

つまり、あの時24才の青臭い青年だった彼は、

今は、あの時の私の年齢になっている。

私も同じだけ年を重ねて、さすがに年を食った。

 

ある日、ベランダで洗濯物を干していると、何も植えていないばずのプランターにヒョロリと一本、細い芽が伸びているのに気付いた。

一目で雑草とわかる葉だったので、引っこ抜こうとして・・・やめた。

これも緑は緑、殺風景な狭いベランダを彩るなら、別に邪魔にもならないし、このままにしておいて悪くない。

そう考え放置していると、生命力の強い雑草は遠慮なくグングン背を伸ばした。

毎日、洗濯物を干しつつ、その様子をなんとなく見ていた。

雑草は、やたらと葉の数が多く、茎が太い。葉の形も長細いボート型で、くすんだ緑色といい、趣きのカケラもない。

よく晴れた日の翌朝、重い洗濯かごを抱えてベランダへ出て、ふと見ると雑草がくったりと葉を垂らしていた。そう言えば、これまで水を一回もやったことなどなかった。

ここでさらに放置したらこのまま枯れる。そもそも雑草、それでもいい。

だけど、せっかく少し背も高くなったことだし、枯らすのも忍びない気がして、少し水を遣ってみた。すると、あっという間に雑草は生気を取り戻し、また少しずつ伸びていった。

それを3回ほど繰り返し、雑草のこのギリギリの生を許し、延ばしている私は優しいのだろうか、と気になった。

玄関わきに飾り、毎日、水やりを欠かさないでいる寄せ植えの日日草とは違う。こいつは雑草。大事にしているわけではない。

気まぐれで水をほんの少しかけてやるだけの延命行為。

いっそ、最初に引っこ抜いてやっていたほうが良かったんじゃないか。

しかし、今では30cm近くも伸びて、小さな蕾まで付き始めている。抜くに抜けない。

いや、咲いたところで不揃いな極小たんぽぽのような花しかつけない。そして、すぐにモヤモヤした綿毛になって、種を飛ばす。

雑草も、この一本だったから目をつむったが、増えて来年も生えてくるのは歓迎しない。

やはり、今のうちに引き抜くべきか?

 

迷いつつも、やっぱりプランターに少しの水を遣り、いつかの奴の言葉を思い出す。

ちゃんと大事にするでもなく、気まぐれで無責任に水を遣りつつ、引き抜くタイミングを計っている。

私は優しくない女だ。

それでも、私はあいつがどこかで幸せにやっててくれたらいいなと思ってるし、

この雑草も、なんだかんだできっと秋になって枯れるまで引き抜けない。


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2014年8月の日記を少し修正し再掲。

私のブログ 夢で逢えたら… に同じ記事があります。

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