見出し画像

【JANOME 1話】

女が主役のバトル漫画です。

【あらすじ】
時は20XX年。この世は、気が満ち溢れている都市”イヤシロチ”と、気が枯れ果てる都市”ケガレチ”に分かれていた。そんな穢れた地に住む主人公ウネメ(19)はある組織に加入していた。彼女は幼き頃に行方不明となった妹を見つけるため、日々活動していた。昼間は闇市で働き、夜はキトリと呼ばれる化け物と闘う。妹の手がかりを見つけるため、厳しい訓練に耐え抜き加入した女組織 ”蛇の目”。蛇の目は全国に点在している「八咫烏」の一つであり、ケガレチ1の女所帯であった。八咫烏たちはある特別な能力を持ち、人並外れた力でキトリと闘う。ウネメが所属する蛇の目の女たちもまた特別な力を持っていた。


夜も更けようとするケガレチの雑居ビルにウネメはいた。深呼吸をすると、今夜も毎日見る同じ光景に言い放つ。「曇ってるな。空気悪。」そう言い、このケガレタ街並みを見下ろしながら今日も働く。いつかこの街を支配できるだけの力を持てば手がかりは増える。「行くか。」そう言って変装用の服装に着替えた。なるべく女には見えないよう体を覆う服装だ。ウネメの仕事は昼間はケガレチの闇市で働き、夜は怪物退治に護衛といった内容だ。怪物退治とは、この穢れた街にひっそりと放たれる“キトリ“と呼ばれる化け物のことで、名前の通り奴らは健康な人間の気を吸い取ることが目的の化け物だ。キトリを倒すにはそれ相当の力が必要になる。まずキトリは普通の人ならば触れることができず、ただエネルギーを吸い取られてしまう。キトリに触れるには、ある一定の力を筋肉に与え、熱量を上げてからではないと触れられない。特別な訓練が必要だった。ウネメが所属する組織“蛇の目“は特別な力を持つ者も多く、そおいったキトリの始末を日々請け負っていた。女たちは夜になると様々な能力でキトリを倒し、昼間はそれぞれ仕事を持っている。蛇の目の結束は固く、縄張りも広いので誰も容易に近付けない。というより、近付かなかった。ここケガレチでは差別されることは当然のように起こる。イヤシロチにいる人間からすると、ケガレチで生まれ育った者は人間以下の扱いをされることは当然で、そんなケガレチの中でも不当者のイメージが強い蛇の目は特に警戒された。それに奇妙な力があると巷でも噂になっていたことがなおそれを加速させ、ケガレチの者さえ安易に近づかなかった。異様な雰囲気を放ち、周りから浮いた存在の蛇の目だが、歴史はかなり古い。なんでも戦国の世が始まる前から結成されていたという記述のあるものが存在している。正確にいうと、八咫烏の存在はもっと古くからあるが、全国に点在する各組織の歴史は様々だ。女だけで成り立つ蛇の目は極めて異例な組織として、昔から八咫烏組織の中でも一目置かれていた。また、この街で差別を受け、生きるために理不尽にも男に従い、貧しさに耐え、歯を食いしばり日が当たらず一生を終えようとした者の受け皿となるような場所となっていた。現在加入している者は気が荒く、育ちも決していいとは言えない者や、女優志望に学生やギャル、医者など様々だ。みんな、勇気を持って一歩踏み出し、厳しい訓練に耐え抜いた者たちだった。強さと財力、両方を手にできる場所として蛇の目にひっそりと加入してくる者は多いが、この場所に留まり続けることができるかは別問題で、能力が開花せずついてこれない者が大半で、厳しい加入条件にも耐えられず去っていく者も多かった。ここケガレチは、貧困層で溢れかえる街、弱肉強食の街、様々な人種や色、音、行き交う人々の目に宿るは光か絶望か。明日の日でさえ誰にも想像つかないようなことが起こる。光が届かない場所だけど、一つ言えるのは、どの街より自由で開放的で刺激的な街だ。ようこそ、ケガレチへ。


Part1.蛇の目の女
月夜が照らす夜道。数体のキトリを始末したウネメは、静まり返る裏路地に停まった1台の車に乗り込んだ。運転席で待つ女が言った。「ご苦労さん。はや〜い」ニヤリと笑いながら女は札束を数え上機嫌の様子だ。ウネメは半分呆れ返りながら答えた。「ちょっと、ケバ子、ここで札束数えんのやめてったら、みっともない。ほんっと銭ゲバだわ。銭ゲバ子ね。」そう呆れながらブーツを脱ぎ捨てる。「失礼な!ゲバ子とかまた変なあだ名増やす〜!このまえ燗蜜(かんみつ)にもからかわれたんだから!」口を尖らせるこの女は蛇の目の一員、マリだ。「ゲェ、なにその服?!」」ウネメはそう言い新しいブーツに履き替える。今日初めてマリを見たらしいウネメの反応だった。ウネメでなくても大半の人間がそう反応するだろう。「可愛いでしょ!これ高かったんだから、奮発しちゃった!」自慢げに披露するマリの羽織っているジャケットはミラーボールそのものだった。たった1着で場末スナックを表現している、ある意味すごいセンスだ。「それで、今日は何体だったの?」嬉しそうにマリが聞いた。「11体、かな。」無表情のウネメは着々と次の仕事の準備を進める。「さすが我らがエースね。で、お目当てはいた?」マリはまだ札束を数えている。「残念。」ウネメがそう言うと、手を止めたマリは気まずそうに答えた。「そっか。そう簡単じゃないわよね。」「お気遣いどーも。」今日もウネメが探し求めているキトリはいなかった。妹の手がかりとして、当時ある1体のキトリが浮上した。見た目が巨大で頭部が異質な形をしていた、と目撃情報があったため、ウネメはこのキトリをずっと探していた。日々出現するキトリとは、イヤシロチから送り込まれ、この地の人間の気を吸い取り自国を潤すことが目的のようだ。「にしても、毎夜飽きもせず懲りない奴らね。血も涙もない。自分たちの豊かさのために、こんな気枯れた場所の人間の気まで吸い取るなんて、人間のクズね。」マリはそう言いタバコに火をつけた。キトリに気を吸われた者は当然ながら命を落とす。運よく生き延びたとしても生きていくのに必要な気力を失われるので、亡霊のように生きるしかない。そんなキトリから身を守るため、蛇の目のような組織が高額で雇われる。「誰もキトリ退治なんてしたくないもの。汚い仕事はぜ〜んぶうちね。ま、そのおかげでこんな素敵な扇子が作れるんだけど。花形が一番稼げるってのは本当ね。」マリは札束で扇子を作って笑った。このケガレチで生まれた者はなぜか特殊な能力を持つ者が多く、不思議と蛇の目に集まってくる。ウネメとマリは花形と呼ばれる組織の中堅にあたり、外勤が多く夜の任務のおおよそは護衛やキトリ退治で危険を伴うため報酬が良く稼げた。「で、次のウケ(仕事)は?」ウネメがそう言うと、マリはすでに開いていたパソコンを見ながら説明に入った。

今回のウケはとある少女を保護することだった。少女の名前はもも。15歳。今夜、ケガレチ1の裏家業で儲けている組織、黒龍会のもとへ引き渡される予定となっている。少女の身元は不明、と記載されていた。黒龍会のトップは山中という男で、思慮深く常に周りに護衛を配置させていた。山中は先代に気に入られたことから急激に出世した貪欲の塊のような男だった。「うっわ、3頭身じゃん。まじでいるもんねぇ、こういう人。人相悪。」と監視カメラに映っている山中を見たマリが言った。黒龍会は表向きは建設事業や投資など、様々なことをしていてその勢力は凄まじく、イヤシロチの政財界とも繋がっていると噂が立っていた。そんな黒龍会から少女を保護したいと一人の男から依頼を受けた。マリが依頼人についてpcと睨めっこをしている中、ウネメは車から降りてブーツのチャックを閉めた。「ウケ人(依頼人)だけど、やっぱり黒龍会とは縁もゆかりもなさそう。斎藤茂、59歳。元投資会社の執行役員。組織に加入してる形跡もなし。」ウネメは深くフードをかぶると「ふ〜ん、おじさんが少女の救出ね〜。ま、細かいことは後で3時間後に。」時間が迫っていたウネメはそう言い残し、本通りに出て賑やかな夜の街を歩いた。

ウネメは待ち合わせの高級詩仙料理店に着くと、中へ入り広い店内のなかスタッフに案内をされ席に通された。「お待ちしてました。」高そうなスーツに身を包み薄暗いメガネをかけた斎藤がすでに座っていた。「依頼人ね。」ウネメは辺りを見渡しながら愛想なく話す。「斎藤と申します。」独特な雰囲気を放っていた斎藤は話を続けた。「内容はすでにお聞きしている通り、今日の朝5時までに少女の救出を願いたい。我々は無事少女を確保したら朝一番の船で出航する予定です。それと、今日は山中も出てきてるので手数が増えるかと…」斎藤は薄暗い眼鏡の奥を光らせた。「問題ないわ。ここを出たら一つ目の角を右に曲がって真っ直ぐ裏路地に続く道へ向かって。黒い車を停めてあるから、必要なものはそこへ。」ウネメは淡々と話す。「わかりました。下の者に行かせましょう。」斎藤がそう言うと、ウネメは席を立ち出ようとしたが一瞬止まり、半分顔を振り向き言った。「その少女、山中やあなたが狙うほどの価値が?」斎藤は一瞬、間を置き答えた。「実は私の古くからの亡き友人の娘でして。友人が亡くなる数日前に娘がいると発覚してから、どうしても保護をしたくて…様々な事情はありますが、このままでは彼女が危険だ。」斎藤がそう言うと無言のままウネメは店を後にした。

一方の黒龍会の事務所では、「おやっさん、こんなやつ役に立つんですか。」側近の男が見下した目で一人の男を見た。「いや〜、お初にお目にかかります!わたくし、カゲと申します。今夜はしっかり、みなさまを護衛しますのでよろしくお願いします!」ニコニコと紹介をしたスラっと背の高いこの男は、黒いスーツに身を包み、長髪を一つくくりにし、メガネの奥からニコリと微笑んだ。山中は少女の引き取りに伴い念のため護衛を依頼していた。ウネメは事前にその情報を掴み、蛇の目の付き人であるカゲを一般の護衛として装わせ潜入させていた。今回はウネメ一人では監視の対象がキツイので、こういうときの助っ人カゲはいつも面倒ごと担当だ。カゲは不思議なオーラを放っている。背格好も高くひょろひょろとしたイメージで、いつの間にかゆらゆらと移動し気配を感じさせない。ヘラヘラしている見た目とは裏腹に鋭く状況や人を判断していて、彼は非常に頭がキレるタイプの人間だった。まさに付き人としてふさわしい彼の才能は蛇の目の女誰もが認めていた。(うわぁ、怖いってこの人たち!目がマジもんじゃん!)カゲは内心ヒヤヒヤしていた。「こんなヘラヘラした野郎、ほんまにできるんすか?」側近の男は不満そうだ。「あはは、こう見えても私筋肉は結構あるんですよ!ほら!」力こぶを見せるカゲはいたって本気だが、側近の男は変わらず睨んでいた。すると山中は葉巻に火をつけ、「まぁ、そう言うなや。もしもの時はこの兄ちゃんを防弾チョッキにすればええだけや。な?」笑いながらも山中の目は本気だった。「あはははは〜!…」(ウネメさんほんとに私大丈夫なんでしょうねぇぇぇぇぇ〜!!)カゲは自分の立場の危うさを再確認した。

ウネメはある雑居ビルの屋上に向かおうと、ケガレチの大通りから1本外れた道を歩く。大通りとはまた違った雰囲気のお店がずらりと立ち並び、夜になるとネオンがあちこちに怪しく光る。目の前の角を曲がろうとしたとき、マリから無線が入った。「たった今依頼人からお金を受け取ったわ。こっちは問題なしよ。」「わかった。」ウネメが向かおうとすると、マリは続けた。「斎藤について一つ。組織に加入していた形跡はないって言ったけど、2、3日まえ四天楼の隣の店にいるのを監視カメラで確認したわ。その時一緒に写ってた男がいて、どう見ても怪しいし一般人には見えないから調べようとしたんだけど、カメラの存在を把握してるのか顔が全く見えなくて、今割り出すのに時間食ってんの。」マリはそう告げた。「わかった。私もちょっと匂ってたとこ。不自然な点も多いし、全く黒龍会と繋がりがないのも変ね。」そう言い歩き出した。目の前からフードを深く被り、こちらに向かってくる大柄の男にふと視線をやる。異様な雰囲気ですれ違ったウネメと男は別々の道を歩いた。(変な胸騒ぎがする。)ウネメは怪しく光るネオンの街を進んだ。

そうして夜1時を少し回ったころ、山中の電話が鳴った。「着いたか。わかった、降りよう。」まるでホテルのような豪華な黒龍会の事務所を出ると、目の前に停めている車のドアが開き1人の少女が目隠しをされた状態で降ろされた。この少女こそが今回の護衛対象ももだった。ももは白いワンピースを纏っていたがあちらこちら汚れていた。「さっさと来んか!」雑に扱われ転びながらヨロヨロとした姿に生気はないように見える。目隠しが外され、ふとももの瞳を見たカゲは一瞬違和感を感じ取った。(なんだか浮世離れしているな。)すると、こっそり耳に付けている超小型イヤフォンからウネメの声が聞こえる。「着いたわね。カゲさんは護衛対象と同じ車両へ乗るように。」近くの雑居ビルから監視していたウネメは、カゲたちの様子を見張っていた。山中は冷たい目でももを見ると「おい、事情は聞いとるな?今から一緒に出るぞ。」そう言って待たせてあった車へ乗り込む。続いて後ろの車両にももとカゲが乗り込んだ。ウネメはカゲたちが乗り込んだのを確認すると、下に停めてあったバイクにまたがり後を追った。

車に乗ってしばらく移動するなか、カゲは浮世離れしていると感じたももに対する違和感が大きくなっていた。「あの〜ぅ、ちょっと暑いので窓を開けてもいいですか?」そうカゲが側近の男に聞いたが断られたので、仕方なくももに「ここ暑くないですか?」と苦笑いで話しかけた。ももは相変わらず1点を見つめていた。その瞳にやはり生気はない。すると突然、大きな爆発音がして目の前の車両が燃えていた。避けようと大きくハンドルを切ったカゲたちの車両はガードレールにぶつかり半回転した状態で停まる。「いっ…たた。しまった、油断した…!少女は?!」何とか車両から出ようとしたカゲは身を乗り出した瞬間固まった。ももは傷ひとつない状態で、優雅に目の前に立っていた。そしてカゲに視線を落とすと「楽しいことが起こるよ。」そう微笑んだ。胸に何やら1枚の葉っぱらしきものを握りしめていた。(あれは…!夢幻草!!?)カゲはどうしてこの少女が狙われたのか今理解した。夢幻草とは、名前の通り夢のような効果を得ることができる特別な葉っぱで、手にした者は病気が治ったといい、またある者は大金持ちになったという。ケガレチに住む者ならみんな喉から手が出るほど欲しい代物だ。ただ、夢幻草は巨大なエネルギーを発するためその気につられ膨大な数のキトリが寄ってくるという。特別な力を吸い取ろうと集まってくるのだ。後ろに続いていた車から黒龍会の者たちが降りてくると、次々にももに向かい銃を向けた。ももの頭上で大きく何かが光る。「もう遅い。」ももは夢幻草の力でキトリを呼び寄せていた。おびただしい数のキトリが集まってくる。カゲは無線でウネメに呼びかけた。「やばいことになりました、こちらに今向かうのは危険です!」カゲはももの元へ向かった。黒龍会の男たちは銃で応戦するも次々にキトリに襲われていく。そんな中、ももは涼しい顔をしながら燃えている目の前にある車両に向かっていた。カゲはキトリに触れぬようももを追う。燃え盛る1台の車の前には山中と側近の男2名が命からがら逃げ出していた。ももはどうやら山中の元へ向かおうとしている。その瞬間、宙を1台のバイクが舞った。ウネメが乗ったバイクはももと山中の間に停止した。「あの子を早く捕まえろ!」山中が側近に怒鳴ると男たちはウネメに向かって銃を撃つ。ウネメはバイクを楯に銃弾をかわし、ももまで素早く移動し庇うように走りながら後ろにいたカゲに声をかけた。「彼女を非難させなきゃ!」そうして側近たちを次々に交わしていくが、増えすぎているキトリを前に舌打ちをした。(これは一体…!?)ウネメは異様な雰囲気を感じ取っていた。「ウネメさん!夢幻草です!この少女がキトリを呼び寄せている!」カゲがそう言うと、ウネメは少女が握りしめている葉っぱを見つめた。「まさか!?あんた、大変なことをしてくれたわね、それ貸して!」ウネメはももから夢幻草を取り上げると、また背後で爆発がした。そして黒塗りの車が1台目の前に止まり、中から現れたのは斎藤だった。「手こずってますね。」斎藤は不気味に笑った。「さぁ早く、その葉っぱをこちらへ渡してもらおうか。」そう言うと暗い瞳をウネメへと向けた。山中たちを襲った犯人は斎藤だ。最初から夢幻草が狙いだったのだ。「あいつらの相手さえしていればいいものを。」冷たい目で斎藤は言った。そんな様子の斎藤を見て震え始めたももを庇うようにしてウネメは話す。「あんたの狙いはこれね?わざとらしい少女救出なんて、あんたの猿芝居なかなかひどかったわよ。彼女は関係ないならこの場から逃すわ。」「慈悲深いね〜。仕事熱心なのも認めよう。だがもう君は邪魔だ。」うすら笑う斎藤はウネメに銃を向けると、躊躇なく引き金を引いた。ウネメは地面を勢いよく蹴り宙に舞うと銃弾を交わしたが、突然背後から何者かに捕まれ地面に押し倒された。ウネメを押さえつけている巨大な男は深くフードを被り、目だけが歪に光っていた。「カゲさん!今のうちに!」ウネメがそう言うと、カゲはももを連れて逃げる。「レディに随分無礼なことしてくれるじゃない。また会ったわね?」ウネメは押さえつけられたままフードをかぶった男に言った。先ほど大通りですれ違った男だ。「葉っぱは返してもらうぞ。」そう唸るような低い声で男は地面にウネメをバキバキとめり込ませた。そして夢幻草をウネメから奪い、そのまま去ろうとした瞬間、気絶したふりをしていたウネメは一瞬の隙をつき巨大な男に銃弾を1発撃ち込んだ。「?!」男は一瞬振り向き捕まえようとしたが、高く飛んでいたウネメに足で顔面ごと踏まれて地面にめり込んだ。「お返しね。」あっさりと言い放つウネメに、男は怒りをあらわにし、被っていたフードを脱ぎ捨てると、その巨大な体で戦闘態勢に入った。「なかなかやるな。」男はなんだか楽しそうだ。「はぁ、面倒くさ。あんたが先にふっかけた喧嘩なんだから。むさくるしい。」そう言うとウネメは構えながら相手の筋肉の熱をみる。ウネメたち能力者は相手の動かす筋肉の熱を読み取ることができるので、攻撃の予測ができる。キトリを倒すのもまたこの力が必要で、熱量を扱える者だけがキトリに触れることができた。相手もおそらく能力者だ。「女を痛めつけるのは初めてだ。」「あんたの目の前にいるのが世間でいう女ならばね?」ウネメは急速に走るとしゃがみ込み男のスネを蹴った。男は一瞬ふらついたが力任せにウネメめがけて攻撃をしかける。巨大な分、動きはウネメほど早くなかった。すかさず背後に回り込み背中を勢いよく蹴り、右手の筋肉を拡張させると男をおもいきり殴り飛ばした。ウネメたち、蛇の目の女は筋肉を拡張させることができた。戦闘の場面では女の筋肉量は圧倒的に不利なため、蛇の目の女は熱量を生かした様々な技を生み出していた。男は倒れたがすぐに立ち上がると「世間の女か、なるほどな。指名手配になるだけはある。あの記事を見たときは大袈裟だと思ったが、どうやら噂は本当らしいな、忌々しい里出身だけはある。」そう平然と差別を言ってのける男に、ウネメは顔色ひとつ変えず聞いていた。「紹介が遅れたな、俺は赤龍会のシキベツ。ここへはあの葉っぱの回収に来ただけだが、仕方ない。」シキベツはそう言うとボキボキと筋肉をならし始めた。(赤龍会…噂には聞いてる。こいつはおそらくイヤシロチ出身ね。鬼畜が多いってのは本当だわ。)ウネメはこの目の前の男から溢れ出る尋常ではない殺気を感じ取っていた。(来る…!)ものすごい速さでウネメに向かったシキベツは盛り上がった右手で殴りかかる。ウネメは咄嗟に防御したが体ごと吹き飛ばされた。ガードレールに当たったウネメは起きあがろうとする前にシキベツに首を掴まれていた。「はは、世間の女とどう違うんだ?」そのまま高く持ち上げられたウネメは、ニヤつくシキベツの腕を掴むと両足で勢いよくシキベツを蹴った。何とか離れたウネメのイラつきはピークに達していた。「この女…!」振り返るシキベツに、メラメラとした殺気を放ち「あんたが言う忌々しい里のもてなしをしてあげるわ。」そう言うと、地面がひび割れ始め、地響きが鳴る。ウネメの瞳は完全に何かに憑依されていた。「面白い…!」シキベツは目をぎらつかせ戦闘態勢に入った。その瞬間、どこからともなく巨大な何かがうめき声をあげ、ウネメたちの目の前に現れた。それは巨大なキトリで、頭が歪な形をしていた。「こいつは…!」ウネメは目を見張った。妹を襲ったというキトリの姿形に酷似している。他のキトリとは明らかに違う異様な雰囲気だ。巨大なキトリはウネメたちに吠えると、そのまま直進した。カゲとももの方へ向かっている。(まずい!)ウネメはシキベツには目もくれず一直線に巨大キトリを追う。巨大なキトリは物凄い速さで追いつくと、カゲを吹き飛ばしももを掴みあげた。ウネメは足蹴りで巨大キトリを離そうとしたが、びくともせず、またうめき声をあげるとウネメを吹き飛ばした。次の瞬間、ももは頭ごと吹き飛ばされた。(しまった…!)ももの胴体がその場で倒れた。「この化け物!」ウネメが次の攻撃をしかけようとすると、巨大キトリは斎藤めがけて進み出すと、シキベツが間に入り応戦しようとしていた。巨大キトリの意識が逸れ、カゲが声をあげる。「ウネメさん!大丈夫ですか?!」ウネメは巨大キトリから目が話せずにいた。「ウネメさん!?」目の前のカゲが心配そうにしている。視線をももに向けると、少し離れたところに1枚の葉っぱが落ちていた。「これは…」シキベツに奪われたはずの夢幻草だ。ももの遺体から落ちたのだろうか。「まさかこれが…。」そう呟き葉っぱを手にしたウネメ。カゲはももの遺体を目の前に慌てた様子だ。すると突然、黒塗りの車が勢いよく2人の前に停まった。「乗って!」マリだ。ウネメとカゲは迫り来るキトリたちをかわすと車に乗り込んだ。

「やっぱりあの男、最初からこうするつもりだったんだ、クソが!」運転をしながらイラついた様子のマリはバックミラーを確認しながら続けた。「にしても、保護対象が死亡したんじゃ話にならない。お金は受け取ったからよかったものの」マリが話し続ける中、ウネメが少し震えているのが見えたカゲは「今回の件、鳳には私から話しておきます。」そう言うと先程遺体となったももについて納得いかない思いを巡らせていた。「ん?ていうか、なんかここ(車内)匂いません?ってか、クサ!!」唐突に鼻をつまむカゲ。「そうなの!なんかさっきから臭いの!ここ!」ギャアギャアと騒がしい車内の中、ウネメはさっきの巨大キトリが頭から離れずにいた。(あいつかもしれない。妹を襲ったキトリは。始末できなかった。)そして蛇の目の宿へと続く門前に着くと、3人は車から降りた。マリはトランク開けて大金を手に分け始めた。カゲは匂いの元を探そうとボンネットを開け驚愕している。「ううううう、う◯こが!!!なんでこんな所に??!」「あぁ〜、もしかしてこれ甘蜜が餌ばらまいて手なづけてる猫の仕業かも。」鼻をつまみながらマリが言った。騒々しい中、ウネメはある気配に気付く。「誰?出てきなさい」そう言うと静かに姿を現した少女に一同は目を見開いた。それはももだった。先程確実に頭を吹っ飛ばされ、死亡したはずのももだ。「お取り込み中すみません」先程の彼女とは違う格好で、明らかに雰囲気も違う。「蛇の目の女。噂通りね。型破りで破天荒。詰めが甘かったのは残念。おかげで私は頭が吹っ飛んだ。」ももらしき少女はクスリと笑った。「あなた、何者?!」マリはお金を背に隠しながら睨む。「それは興味ない。ふふ、私の名前はケセラ。さっきの少女はダミーよ、私そっくりのロボット。私の大切なものをあなたが持っているわね?」ケセラという少女はウネメに視線を送った。「これのこと?」ウネメはポケットから出した夢幻草をチラつかせた。「ええ、間違いなく。取り返そうとここまで追ってきたんだけど気が変わったわ。それを持ってる限り色んなものに狙われるのはお察しの通りね?あなたは強いからちょうどいい。」ケセラはウネメを見下ろした。「はぁ?何の話よ?!」マリは何が何だかわからずといった様子だ。「あなたに興味が湧いたの。だからその葉っぱ、あなたにあげる。その代わり私を蛇の目の一員にしてくれない?」ケセラという少女は予想外のセリフを言い放った。「はぁぁぁぁぁぁ?!!何言ってんのこの小娘!あんたみたいな怪しい女、みすみす加入させると思ってんの?!」大声をあげたマリに、ケセラは何ともないといった様子で話した。「私は○○島からつい先日このケガレチに来たの。理由はご覧の通り、その夢幻草よ。ある日、島で夢幻草が発見された。運よく私に巡って来たところ、斎藤という男に取引を持ちかけられたの。君が所有している夢幻草を狙う者が後をたたなくなるだろうから、保護したいとね。すでに山中が狙っている情報を握っていたから面倒は御免だし、彼らに護衛をお願いすることにしたの。ま、彼らも夢幻草が狙いなわけだから、無事に護衛が終わったあと、ある物と引き換えに私は葉っぱを渡す予定だった。もちろん、彼らをすんなり信用できるはずもなくダミーを用意したってわけ。夢幻草もね。で、彼らは失敗した。予定外の事が起こったから。」そう言うとウネメを見つめた。「だとして、それが何だっていうの?うちに入りたい理由がないわ!」マリがそう言うと、ケセラは暗い瞳で真っ直ぐにウネメを見つめた。「わたし、記憶がないの。ある日起きたら島で夢幻草を手にしてた。」ウネメはなぜか胸騒ぎが止まらなかった。巨大キトリの出現、夢幻草、もしかしたら彼女が妹の事件について何か知っているような気がしてならなかった。「あんたねぇ!」マリが辛抱ならない様子でそう言いかけた瞬間、「まぁまぁ!立ち話もなんですし、一旦宿でお伺いしましょう。ね?ウネメさん」そうカゲが提案すると、「えぇ、そうね。マリ、彼女の話が嘘か本当かどっちにしても同じでしょ?」ウネメは意味ありげにマリを見つめた。「ちょっとあんたまで!?はぁ、仕方ない。まぁあんたの言う通り、うちでは通用しないわね。この小娘1人いたところで雑用係が増えるだけだわ。で、鳳にはなんていうの?」マリがそう言うとカゲは自分が鳳に話すとフォローを入れた。「また1人、新しい仲間が増えますね。」カゲはそう言うと、門前に立った。宿へと続く結界を通り抜け、4人は蛇の目の棲家へと向かうのであった。

一方の山中は、側近たちと命からがら逃げ出していた。「あの女は一体何者だ?!」突然現れたウネメに死亡したもも。そして、斎藤たち赤龍会の気配。夢幻草を手にしたウネメを探そうと躍起になっていた。「あのヘラヘラした男も味方だったようです。最初からおかしいと思ってたぜ、あのクソ野郎!」側近の男がそう言うと、山中は静かに言い放った。「まぁ落ち着け。ここをどこやと思ってる。わしらの縄から逃げ出せる奴が今までおったか?襲った奴ら含めて全員連れてこい。」不敵に微笑む山中は静かに次の手を実行しようとしていた。

その頃、斎藤はシキベツとともに港から船で移動していた。「さっきは危なかった。あんなキトリ見た事がない。」腰を沈めた斎藤は、ため息を吐いた。シキベツは何も答えず腕を組んでいた。「シキベツ、よくやった。これであの方にもようやく報告ができる。私も元いた場所に返り咲く事ができる。葉っぱを」そう言いシキベツに手をやる斎藤だが、シキベツは無言のまま斎藤に目をやった。「お前は何か勘違いをしているようだな。」そう言うと斎藤は目を見開いた。「最初からお前の席などない。」冷たくシキベツは言い放った。「何を?!」言いかけるや否や、首をへし折られた斎藤は無惨にその場に倒れた。「飼い慣らしたつもりだったか。哀れな。」そう言って手にした夢幻草を月の光にかざす。「…??!」月明かりに照らされた夢幻草は、みるみるうちに枯れ果てた。「あのガキ!!」偽物を掴んでいたシキベツの背後から、突然怪しく1人の男が現れた。「やはり、お前はノロマのようだな。」冷たい目線のまま男は床から這い出ると、シキベツは静かに言い放つ。「俺の管轄だ。お前の出る幕はない」「ふふ、お前のためにわざわざ私が出向くと思っているのか?これは命令だ。」地面から現れた男は不気味なオーラを纏っていた。「…っ!」苦しい表情のシキベツに向かい男は続ける。「蛇の目の女がいたようだな。お前は女を探せ。いいな?」怪しい月の光を受けた男はいつの間にか姿を消していた。

きっかけは1枚の葉っぱだった。夢幻草を狙うものたちは、刻一刻と蛇の目に迫っていた。

1話完


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?