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「天気の子」の主人公って・・・
5年ぶりの視聴
昨夜、映画「 #天気の子 」を公開の2019年から5年ぶりに視聴しました。
(下の文章にはネタバレも含みますのでご注意を)
当時から私もいろいろと置かれている状況が変わり、
また違った目線で楽しむことができました。
当時は私も「boy meets girl」の映画として観ており、
主人公の帆高くんの"若さ"を「自分にもそんな時期ありましたなぁ」などと「過去に置いてきてしまった、もう自分は大人だから」という遠い存在として観ておりました。
しかし昨夜見返してみますと、
あの帆高さんは"新海監督"さん自身なのではないかと感じました。
新海さんは「秒速5センチメートル」や「言の葉の庭」など、
「君の名は。」以前の作品はいわば『知る人ぞ知る』少々ニッチな作品を作っておられました。
そして、私の記憶が確かならば・・・
(間違っていたらすみません)
「もっと沢山の人に見てもらえる作品を作ろう」
と作ったのが「君の名は。」だったと思います。
私が言うのも何かと思いますが、ものを作る方というのは最初は「100%自分が作りたいもの」を作る傾向が強い気がします。
そして少しづつ、「沢山の人に見てもらえる工夫」を取り入れて、自分が届けたいものに「飲み込みやすいベール」を包んであげて作品を作っていくようになります。
この「天気の子」も新海誠監督の「一番伝えたいこと」に「boy meets girl」というベールを被せて作っているのではないでしょうか。
新海誠さんのメッセージとは
となると、「一番伝えたいこと」は何なのか、
帆高くんは自分が追い求めたいものを周囲の反対や制止を跳ね除け、一途に一途に手を伸ばします。
そして、世界とを天秤にかけてもそれを掴み取る。
これは「本当に自分が好きなものを追い求めてください」
というメッセージなのではないでしょうか?
そうすると「君の名は。」は不本意だったのか、ということにも成りかねませんが、
そんなこともないでしょう。良いとか、悪いとか、両極端な思いではないはずです。
ともすると、はて「君の名は。」は本当に「恋愛映画」なのでしょうか・・・
今見返すと違った印象を持てるかもしれません。楽しみですね。
逸れてしまいましたが、「天気の子」のラストのセリフ、公開当初はちょっと不自然に感じていた「僕らは大丈夫」という言葉。
主人公とヒロインは世界を変えてしまって、そのことに責任を感じてしまっている主人公の帆高くんがヒロインに合う直前に今作の「大人と帆高くんの中間の存在」である須賀さんから励まされ、それを受けて「僕らは大丈夫」だとは思うのですが、
数年ぶりに大好きな人に会ったときのセリフとしては違和感がございました。
ここまで映画を作り込む方が、映画の最後のセリフに選んだからには理由があるはずです。
これも、「本当に自分が好きなものを追い求めてください」
に対する「僕らは大丈夫」という新海誠監督からのメッセージだったとしたら心強いのではないでしょうか?
「もとに戻っただけ」
「世界は最初から狂ってる」
最後の数分間に新海誠監督の想いがベールが薄くなってこぼれ出している気がしますね。
須賀さんという人
私もまさに今、YouTube運営やshorts動画などで「沢山の人に見てもらえる工夫」を試行錯誤しております。
「こんなものを作りたい」というアイディアは生まれても、どうしても予算や掛かる時間を思い浮かべてしまうと採用できない、そういう場面が数多くあります。
作中の須賀さんのような選択をよくしてしまいます。
この「須賀さん」という人物が私たちの良き代弁者かもしれませんね。
かつて「追い求めるもの」を持っていたが、いまでは「理由があって追い求められない」。
主人公の帆高くんの気持ちも経験があるので理解できる。
けど今では娘さんや会社など守るべきものが出来て、”大人になって”彼の様には行動できない。
けどまぁ、本田翼さんに「ダッサ」と言われてるので須賀さんは救われているでしょう。
失礼、少々本音が・・・
話を戻しますと、須賀さんのような方々が決して悪いということではないと思います。
どうしても帆高くんの行動にはリスクがつきものですし、着実に進む多くの須賀さん達の成果が今の日本だと思います。これは本当に悪い意味ではなく、戦後の急成長、そして経済大国の仲間入りを果たし、私たちがいま安全に毎日を過ごせているのはそんな須賀さん達がいたからこそです。
世界を変える人
須賀さん達は素晴らしいですが、帆高くんのように「世界を変える」ことは出来ないのではないでしょうか。。。
歴史を振り返ってみても、ブレイクスルーと呼ばれるものを起こした人はそこに至る道では後ろ指をさされたり、周囲からの理解を得られていない場合が多かったと思います。
帆高くんのように好きな女の子のためになりふり構わず、周囲に牙も向くし、ルールも破るし、
そんな選択は多くの人は出来ない、しないですし、ChatGPTしかりAIもこの選択はとらないでしょうし、
けどそういう常軌を逸した熱意が世界を変えてしまうのでしょう。
とは言いましても、一歩間違えば大悪党ですし推奨はできませんが・・・
けどいつか、状況が許せば「自分の中の帆高くんに向き合う」そんなお仕事をしてみたいなと思います。
色々と、考えさせられる映画でございました。
いやぁ、本当に映画は素晴らしいですね。
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