メテオ楽団との出会い。
ノヴァ・タラッタはあんな大袈裟なことを言っていた割に、私をどこへ連れて行くか、何も決めていなかったらしい。
彼女は私をボールのように空に軽く放り投げては受け止め、そのまま放り投げてを繰り返す。
薄い桜色の唇は「どうしたらいいかしら」と疑問を呟いていた。
「太陽の王に挨拶に行くべき? ……いいえ、そういう大仰なのは苦手と言われそうね。そうなると月の娘? 星の子? んー……」
ぽーん、ぽん、ぽーん、ぽん。
そんな風に放り出された私が右も左も分からないまま彷徨っていると、誰かが突然私の体を抱き上げた。
いや、抱き上げたと言うよりは巻き上げた、と言う方が正しいかもしれない。
それは熱砂の竜巻のように激しく体を揺すり起こし、海底の貝殻のように穏やかに抱き、空の雲のように手足のひらを撫で上げる。
そうして私が収まったのは、またもや違うひとりの少女の腕だった。
彼女はオレンジ色とも言える茶髪を揺らして微笑んでいた。重力も引力もない虚空でクルリと一回転し、今度は声をあげて笑う。
雪化粧の模様があしらわれたマント。色合いがどこか地上のオーロラ現象に似た学生服。開いた目は、これまたオーロラのように美しい波打ちを繰り返す。
何名かの星の子には出会ってきたが、初めて邂逅する顔だった。私が名を呼べずにいると、ノヴァ・タラッタは「あら」とこちらを見上げながら言葉を繋げる。
相変わらず、彼女は見えたようによく喋る。
「久しぶりに見かけたわ。もうあなたの季節なの?」
「ふふっ。ノヴァさん、お久しぶりです! ええ、日本の日時に合わせるならば、2024年1月4日18時になりました」
「そう。宇宙飛行士さんに挨拶した?」
「いいえ? まだです! ふふ、初めましてーーというのは違うかもしれませんが、私としては初めまして、アストロノート!」
彼女は私をひっくり返したまま顔を覗き込んでくる。いや、私は正位置で、彼女がひっくり返っているのかもしれない。
しかしそんなのは些細なことだと言わんばかりに、彼女は地球儀のようにくるくると私と回り始めた。
「いい加減名乗らなければ、ノヴァさんに呆れられてしまいますね。私はメテオ楽団の指揮担当、トップバッター、クォドラです!」
メテオ楽団。いくつかノヴァ・タラッタにグループや階級を教えてもらってはいたが、そんな名前は聞いたことがない。
助けを求めるように彼女を見れば、何かを察した彼女は「教えてあげて、って頼まれていないもの」と笑っている。
「ノヴァさんってそういうとこありますよね……。まあ確かに、今の今まで隠れてた私たちのせいでもありますが」
「うん。実はね、劇団の話もしていないの!」
「なんてこと!?」
「だって、貴方達急に現れて消えるから話しようがないの。それに、自分のことは自分で話すべきじゃない?」
「ぬ……かしこまりました。タラッタ様の仰せのままに」
彼女はようやく私を抱えると恭しく頭を下げた。ぬいぐるみを抱えるように優しく、それでいて力強く。
野原に寝転がる子どものように、地上で言う空中に転がりながら「メテオ楽団とは」とクォドラは話し始める。
「我ら流星群の楽団のことです。毎年、地球の暦に合わせて制服を変えているんですよ? 正直、地球から見たところで気づかれはしないですが……」
こちらの気分ってやつです、と彼女は笑って続ける。
「流星群ですから、この時期にしか表に出て来れないんです。ですから、終わったあとは、他の楽団員と遠いところでおしゃべりしてるんですよ。私もコレが通り過ぎたらまた来年です。ふふっ、来年まで覚えてくれてるといいなあ」
「……ああ、どうか。忘れないでくださいね、アストロノート。私がいること、私がいたこと、私がいたこの夜のこと」
「88星座なんてものが決まったせいで、なくなってしまったしぶんぎ座の私のこと」
抱え込まれてしまっている今、彼女の顔は窺い知れないが、声はまるで落ち込んでいなかった。ただ、今から巻き起こる何かを楽しみにしている子どものようだ。
いつの間にか隣で座っているノヴァも「エンターテイナーだもの」と笑っている。
「一年に一度の大舞台、寂しい顔じゃ嫌でしょう?」
「そうそう。そういうことですよ、アストロノート! ……ほら、見上げてください」
彼女が爛々とした声でそう告げる。
視線を上げれば、暖かそうな手袋を脱いだ小さな手が宙を指していた。
「メテオ楽団トップバッター、しぶんぎ座流星群の幕開けです!」
指先は寒さで震えている。それでも細いそれが宇宙をなぞれば、星屑がひとつ、ふたつ、宙の上を流れていく。
まるで黒い布を縫うように、鮮やかな光が何本もの糸になって進んでいく。不規則なリズムを描いて、不慣れな軌道を辿って。
光は跳ね、踊り、流れ、そして消えていく。それに合わせて、楽譜を作るように彼女の声が歌を紡ぐ。
それは、どれだけ人間が技術を持ち寄ろうが、想像を繋げようが、到達できないほど自然で鮮やかな流星群の演奏だ。
私の目が釘付けになる中、彼女の指はいまだに紡ぎ続ける。
穏やかな旋律、鮮やかな光の世界、指先が描き続ける光の波。
それをなぞるように、あるいはリードするように、背後から宙を震わせる歌声。
眠りに誘うような、それでいて記憶に刻む不思議な声。
今年のしぶんぎ座流星群は、大々的な観測はできないという。
それでも、先の未来。
こんな穏やかで綺麗な旋律の夜が、地上にも注がれることを願う。
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