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 錦糸町駅からバスで15分ほど。目的地は、白亜のマンションの一角にひっそり営業しているサロンだ。たどり着くまでが迷路のようで、ちょっと間違えたら袋小路に入ってしまう。隠れ家サロンへのクエストだ。
 たどりつくと「こんにちは~」と施術部屋にとおされる。まずは足湯だ。ステンレスのバケツに張られたお湯から、ペパーミントの香りがする。そうそう、お湯にアロマオイルを垂らしてくれるんだった。
 10分ほど足を浸けておく間、低音量で流れるジャズを聴きながら雰囲気を味わう。内装は落ち着くベージュで、中央に施術ベッドが1台。そうそう、こうだったと思い出す。
 フットバスで足が柔らかくなったらベッドに仰向けになり、いよいよリフレクソロジーの施術開始。15年ぶりなので、感覚も忘れてしまった。
 「では始めます」の声と共に、温かい左足裏に、冷んやりする棒が当てられる。という間に抉られる……いきなり痛い。そうだった。おそろしく痛いのであった。力を抜いて痛みを逃す。
 施術は進み、土踏まずの上部に棒が動いてくる。激痛が走るが声は出さない。痛いと言えば圧を弱めてくれるのはわかっているが、徹底的にこの痛みを味わいたい。「胃(に対応する反射区)が硬いですねー」と施術者が言う。
 ストレスMaxの仕事から離れたため、このところ胃が痛いということはなくなった。だが、定期的に専門医へ通って毎日処方薬を飲んでいる。やはり胃が弱いのだろう。
 施術がここまで痛いのは、台湾式だからである。足裏から膝下にかけて存在する64の「反射区」を、専用の器具で強く刺激する。足裏にある反射区は「足つぼ」と呼ばれることもあり、身体の内臓やそれぞれの器官に対応している箇所だ。たとえば大脳は左右親指の真ん中、その下の親指付け根は頸椎といった具合である。
 反射区を押したり揉んだりすると、対応する内臓や器官の機能を高めるという。科学的に証明されてはいないようだが、施術を受けたあと、確かに体調がよくなるのである。
 激痛の左足裏の次は、膝下部分に移る。街の各種マッサージよりもかなり強く揉まれるが、痛くはない。それから右足裏。痛みに慣れたのか、先ほどではないが、ところどころ激痛が走る。
 昔はこの痛さを感じながら途中で眠ってしまったが、15年ぶりの痛さということで今日は眠くはならない。
 終了後に白湯を出してくれる、ここまでは以前と同じ。と思ったら、発泡している赤紫色の液体が運ばれてくる。ワインではなさそうだがフルートグラスに入っている。「ミックスベリーの炭酸割り、自家製です」
 ワインのように香りをかいでひとくち含む。ストロベリーのフレッシュな甘酸っぱさと完熟ブルーベリーの深くてまろやかな甘味が感じられる。
 リラックスから爽快さへと、ベリードリンクで気分もシフトした。帰る時間だ。
 今日は15年ぶりだったけれど、次はあまり間を空けずにまた来ます。そう告げながら入り口で靴を履く。すると、靴の中で足が泳ぐ。各指と靴の間に隙間があるのだ。そうだった、リフレクソロジーの即効性は、何よりもむくみが取れるのだった。このことも忘れていた。
 ドアを開けて出ようとしたら、入ったときには気づかなかった鳥のオブジェが、さまざまな色のブルーを静かに輝かせて見送ってくれた。

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