20/08/31 日記

 真夏のピークが去った。静かで、ものものしくて、どこにも遊びに行かない、帰省することもない、しかし生活は続けないといけない夏。

 ここ数ヵ月、仕事でいろいろ行き詰まりを覚えていたものの、だんだん吹っ切れてきた。世界中が未曾有の事態に陥るほどの状況の中で、東京で普通に一人暮らしできている水準をキープしているのに、どうして「もっと上に行かなくては」「今のままではよくない」などと考えなくてはいけないのだろう。それはもっと先の話だ。

 松任谷由実のコメントが話題になったけれども、「私の中ではプライベートでは同じ価値観を共有できる、同い年だし、ロマンの在り方が同じ」、これがすべてだろう。

 同じ年の生まれ、都会の育ちのよい人間ということで、見てきた世界がシンクロしていた世代が、60歳を過ぎて志半ば(ということになってはいる)で去るのは寂しい、ぐらいの話。

 よくも悪くもそれだけで、「いや、ユーミンならそう言うでしょう」ぐらいの感想しかない。政治の話でもなく、権力におもねるという話でもないだろう(そもそも、退陣する政治家と、“ユーミン”となら、どちらに権威があるだろう?)。軽薄なコメントだ、という指摘はできるかもしれないけれど。

 乳がんを患った経験のある母からのLINEには、「政治についてはよくわからないが」という前置きで、60歳を過ぎて難病に侵されることの恐怖と、職を辞することの無念に思いを馳せた言葉があった。安倍晋三と同年代ぐらいの“庶民”には、この手の感想を抱いている人がそれなりに多いのではなかろうか。

 ちなみに、「ユーミンはバブルに迎合しておかしくなった」というのは、順番が逆だと思う。彼女が歌う世界観が、あまりにもバブル時代の若者の憧れになりすぎたのだ。「恋人はサンタクロース」そのものが陳腐なのではなくて、あの曲がゲレンデで流れすぎたから、陳腐に感じられるようになった。

 ハルヒを見るたびに、大学生のとき2年ほど入っていたサークルで、とにかく出しゃばりで周囲から浮いていた同期の女性が、「顔を隠してハルヒダンスを踊ってみた動画がニコニコのランキングで2位になった」と嬉しそうに言っていたことを思い出す。


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