心が2回折れた男の新年

 この記事をあなたが読んでいるというだけで、自分は安心してしまう。ホッと息をつき、胸を撫でおろす、なんて言うと大げさかしら。あなたはどこの誰なのだろう? ぼくのことをよく知る人だろうか? noteでたまたまこの記事を見かけただけだろうか? いずれにしても。

 とにかく、あなたは生き抜いたということだろう。あのめちゃくちゃな2020年を。賛否両論あれど、華々しく開催されるはずだったスポーツの祭典も中止。世界中が、怯え、慌てていた、あの年を生き抜いたのだから、とりあえず、よかった。素朴に思う。

 そう考えている一方で、自分がいかにボロボロで、神経がすり減ってしまったのか、いまさら痛感している。1年半ほど通ったカウンセリングにもう行かなくてよくなり、健全なメンタルを保持しているつもりが、やはりどうしてもダメになっていると自覚したことが、2020年の後半は何度もあった。

 たとえば、先日、Twitterを見たら、「夫も子供もかわいい」というフォロワーのツイートが流れてきて、困ったことに、いや、笑えることに、すこし泣いてしまった。嬉し涙ではなしに。

 そんなバカなことがあるだろうか?

 どうしてそんなことで涙が出るのだろう。何よりも驚いたのは自分自身で、こんなマヌケなことがあるかと思った。「自分はこの前34歳になったけど、こんなことを言ってもらえるようにはならなかったな」と考えただけなのに。

 いや、これはきっかけにすぎないのかもしれない。器にすこしずつ溜まっていたものが、最後の一滴で溢れただけで。心が折れるときというのは、案外そういうものでしょうか。

 自分の人生の中で「心が折れた瞬間」は2回ある。

 1つは、大学院を辞めたとき。自分はこれで身を立てていくと決意していながら、何もできなかった。生涯を捧げてみたかった学業で挫折し、家計の足しにと読み切れなかった専門書を古書店に持ち込んだあと、わけもわからず泣きそうになったときの悔しさを、生涯忘れない。

 もう1つは、抑うつで休職したとき。仕事中に床に倒れ込んで動けなくなり、死ぬことさえ鬱陶しいと思いながら、何ヵ月もベッドで過ごした日のこと。

 それぞれ20代前半と20代後半だったから、どうも自分には、20代を半分ほど棒に振ったという思い込みがあるのかもしれない。それもあって、34歳の今、順調にキャリアを重ねた人や育児に精を出す人を見ると、取り残されたような気持ちになるのだと思う。

 周りの人が成功していたりなにかしらの幸せを掴んでいたりすると、もちろん嬉しい、よかった、という気持ちはあるものの、やはり「それに比べて自分は」という思いが出るときはあって、さりとて相手が失敗しても自分が浮き上がるわけではないし、空転した感情のエネルギーは自己嫌悪に向かっていく。

 年を経るごとに、素直によろこべない事象が日常の中に増えてきた。あれは失敗した、あの人とは疎遠になった、あそこには届いていない……できない/できなかったことが、どんどん明らかになっていく。同時に、「老い」のようなものまで見えてくる。まだ若いじゃないか、と人は言うかもしれない。でも、年相応になった自覚はないのに、年齢は否応なしに増えていくのも、事実であって。

 すくなくとも後悔しなかった物事よりは、後悔している物事のほうが多い。あのとき、違う道を選んでいたら、違う人と歩んでいたら、自分はもっと不安に苛まれずに生きてこられたのではないか。考えるだけ無駄なのは、よくわかっています。

 過去を棒に振ったつもりの、未だに劣等感が消えない男。「死にたい」「生きていくのが怖い」という気持ちが、うっすらと毎日の中の通奏低音として心のどこかにある。それらはなかなか消えてくれない。

 そういう感情や発想を持っていることに対して、恥じたり自責の念を感じたりする考えはなくなった、というぐらいが、自分の成長した点だろうか。

 そんなことばかり考えるほど、2020年はつらいことも苦しいこともいっぱいあって、やっぱりうまくいかないんじゃないか、何もできないんじゃないかと歯を食いしばっていたら、いつの間にか年が明けていたという感じ。

 そうはいっても、多くの人に間接的に支えられたことも確かなことで、生きることを諦めずに済みました。感謝します。

 20代に心が2回折れた中年男性(ポリコレ界で最弱の存在)の30代半ば、しんどい予感しかしない。果たして2021年は、笑顔で楽しくいられるのだろうか。とはいえ、生きていくことが、たぶん大事なのだろう。

 今年は、飛躍を無理に目指すでもなく、さりとて卑屈になるでもなく、健やかに毎日を過ごしたいです。外出する機会にちょっといい服を着たり、時間をかけて料理を作ったり、このような時流だからこそ、あえて日々をすこしだけ優雅に暮らすことが、幸福の一つなのかなと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?