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ENTUMのお墓の前で泣かないでください・VTuberビジネスはスケールするか

ENTUM(エンタム)が活動終了

12月16日に「ENTUMが年内で活動終了」という発表がありました。ENTUMは2018年4月9日に開設された、VTuber事務所としては先駆的なもので、スタート時のメンバーはミライアカリ、猫宮ひなた、ヨメミ、届木ウカ、もちひよこという布陣であり、「最強のVTuberグループが出現したぞ」と驚いたものでした。それが活動を終了するということで、大きなニュースとして受け止められたし、VTuber業界を悲観的に見る材料として受け取った方も、少なからずいたようです。

しかし私は、これは今のVTuber界の流れ的に仕方なかったんじゃないか、今後の飛躍のために必要だったのではないか、と思っていて、その理由について書きます。

ENTUMとは何だったか

ENTUMは、基本的には既存VTuberの集まりであったと言えます。ENTUMから新人としてデビューした方も4人いますが(ゲストキャラ的な方も含めれば5人)、それ以外は個人などで独自に活動していた状態から、ENTUMに参加した方でした。

ENTUMがどういう理念で作られたかは、こちらのKAI-YOU のインタビュー記事を読むとわかるのですが、もっぱら「VTuberへの技術支援」について語っています。それが主な目的ということでしょう。設立時のプレスリリースでは、その他にグッズ企画、クライアントとの窓口などが挙げられています。

ENTUMの終了が発表された日に、もちひよこと届木ウカがそれぞれ生放送を行って、今回のことを説明してました。二人の説明を総合するとこうなります。

・自分は元々個人でやっていたので、ENTUMが無くなっても活動内容にさほど変化はない
・ENTUMが外部案件の窓口になっていて、それはすごく助かっていた
・ENTUMは、いわゆるプロデュース的なことはしていなかった
・ENTUMのスタジオを使うこともあったが、自前でもできる

プロデュースについては、ウカ様によると「今の流行りのVTuber事務所のプロデュース」ができないか、ENTUM側と話し合いをしたけれど、難しいねとなった、そうです。もちひよこちゃんは、プロデュースについては「(やらないことは)最初の話通り」と割り切っている様子でした。

いわゆるタレント事務所は、収益がいったん事務所に入り、そこから事務所とタレントとで分配するのが普通で、VTuber事務所もそういうところが多いはずです。ENTUMはおそらくそういう収益構造ではなくて、技術支援や窓口業務をする見返りに、若干の会費をもらうようなものではないかなと。外部案件の収益は別として。だとすると、事務所としての収益性はあまり高くなかったでしょう。インタビューを見ても、まずは収益性は置いておいて、「いま必要とされているから作った」という感じです。

活動終了のプレスリリースには、その理由として
「業界の動向変化に伴う事務所のサポートおよびプロデュース体制が行き届かない点が多々あり、所属タレントの活動を制限する可能性が生じると判断」
とあります。いまやVTuber業界は、事務所主導でオリジナル曲をプロデュースしたり、大きな会場でライブを開催したりなど、アイドルさながらの派手なことをしてファンを引っ張ることが普通になっています。ENTUMの設立当時には無かったことで、たぶんこういうことが「業界の動向変化」なのでしょう。タレント側としてはそういうプロデュースもして欲しかったけれど、ENTUMの設立理念や仕組み的には対応できないので、このまま「タレントの活動を制限」することになるくらいなら解散、いうことかなと想像します。

本来の目的であった、VTuberへの技術支援の必要性も、当時より下がったと思えます。いろんな技術が普及して、標準的なものも出てきたので。

VTuberビジネスはスケールするか

以前に読んだGoogleの人の記事で、新しいサービスのアイデアを考えたとき、Googleでは「それはスケールするか」をまず検討するとありました。スケールする、はいろんな意味で使われますが、ここでは「仕組みさえ作ってしまえば、あとは勝手に(サーバーを追加するなどすれば)規模が大きくできる」といった意味です。ここでもその意味で話します。

ENTUMのビジネスは、VTuberに技術サポートを提供するというもので、これは所属VTuberが増えていくにつれて、サポートに必要な人員も増えていくので、スケールしないと言えます。規模に比例してコストも大きくなり、収益性は良くなりません。

例えば、にじさんじはどうでしょうか。にじさんじはタレントをオーディションで募集します。タレントが一人増えると、専用の2DモデルとiPhoneを支給するため、初期投資は数十万円かかります。しかしその後は固定給などはなく、出来高に応じて収益を分配する方式のようです。以下、PANDRAのインタビュー記事から引用。

岩永 これ相談したいやつで「いいね」がいっぱいあったのが、「引退もしくは移籍したいと申し出た場合の移行マニュアルはあるんでしょうか?」という話です。いや、実はにじさんじは存在するだけではコストがかかってないんです。
田角 だから運営できなくなりましたということがない。
岩永 月に1回配信するだけでも僕らとしては問題なくて、他社さんはわからないですが、僕たちの場合は限りなく引退とかを表明しなくても継続できる仕組みにしている、というのが今のところの回答です。マニュアルもないので。
田角 「入試があるのでやれません。でも1年後に復活します」でも全然アリだよね。

にじさんじは、日々の配信にもほとんど口を出さないので、タレントを増やせばそのぶん収益が増えて、事務所側の手間はそれほど増えません。つまりスケールすると言えます。

にじさんじが、1期生2期生と追加した後に、ゲーマーズ、SEEDs、VOIZと追加していって、当時はそのたびに「増やしすぎだろ」と批判する声が多かったのですが、今では新規加入ライバーが発表されても、批判する人はほとんどいません。今や、VTuberのチャンネル登録者のランキングで、上位100人のうち40人前後がにじさんじです。大規模なライブイベントを頻繁に行っていて、なかなか良いお値段のチケットでも争奪戦になります。にじさんじのやりかたは正しかったわけです。

ただ、にじさんじにもスケールしにくい部分があって、それはライバーを審査して選ぶというところです。大勢の候補者から選ぶのは大変な労力だし、目利きの人は限られているので、増やすペースには限界があるでしょう。

i-Liveの戦略

ENTUMの運営企業のZIZAIは、別の事業として「IRIAM」を運営しています。これはスマホのアプリであり、VTuber(Vライバー)専用のライブ配信サービスです。

ENTUMは、2018年8月を最後に、新規加入者は途絶えたのですが、IRIAMは2018年10月にスタートして、毎月数十人のペースでライバーを増やしました。そして、この12月6日に、IRIAM所属のオリジナルライバー(オーディションからデビューしたライバー)をまとめた事務所、i-LIVEを設立しました。設立時にすでに191人所属という巨大事務所です。

そしてその10日後、ENTUMの解散が発表されました。スケールしないENTUMを閉じて、i-LIVEにシフトするのだろうと想像できます。

ではi-LIVEはスケールするのでしょうか。実はいま(2019年12月現在)IRIAMは変革期にあって、これまでは審査に通ったライバーだけが配信できたのですが、誰でも配信できるプラットフォームに変わろうとしています。そのためのアルファテストが始まっています。

それが上手くいっているかは別の話として、このタイミングでi-LIVEを設立した狙いは、事務所に囲い込むタレントと、一般参加者をはっきり分けるためでしょう。そして、一般参加者の中から人気が出た人を、i-Liveに採用する仕組みを作るのでしょう。

これはうまく回れば、前述のにじさんじの欠点も克服した、最強にスケールする仕組みだと言えます。審査はリスナーがやってくれるので手間がかからず、どんどん所属タレントを増やせるのです。まさに、サーバーさえ増やせば勝手に大きくなる仕組みです。

うまくいけば、ですけれどね。そのために克服する課題は多々ありますが、これに賭ける気持ちは分かります。うまくいく可能性はあるし、リターンが大きいから。これに賭けるためにも、人的リソースが必要だったことでしょう。

ENTUMはこのために犠牲になったと言えなくもないですが、「業界の動向変化」であって、役目を終えたのは仕方ないと私は思うのです。これを期に引退する方がいるのはもちろん残念なことですが、大半はもうENTUMのサポートが無くても一人立ちできる方ですし。犠牲は払ったけれど、この「ENTUM終了」という事件はVTuber界にとって後ろ向きのものではなく、未来を見据えた前向きの変化であるはずで、ここから新しい風が生まれて欲しいと思っています。

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