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ゆるい防災、顔見知りであること

 能登の震災について「ヤマザキパンとかが支援にあたってくれているあたり、国内企業を応援しておくと、こういうときにいいことがあるんだなと思う」と言う人がいた。その視点はなかったので新鮮。
 
 ヤマザキパンを買うときはあるけど、それは単にリーズナブルでおいしいからだ。結婚にあたって引っ越す前は、近くに小規模経営のパン屋があったので、そっちに行くことが多かった。
 
 値段は少し高かったと思う。頻繁に買っていたアップルパイは360円、半分に切ったシュトーレンでも1800円だった。店の前には「天然酵母」と書かれている。天然なんとかにこだわりはないけれど、小さなお店を応援したい意味もあってよく通った。
 
 「買い物は投票」だと言われる。なにかをお金を出すことは、その店や企業を支持すること。自分は、できたら地域のお店を応援したいと思ってお金を払うことが多い。個人経営の喫茶店に通ったり、小さなパン屋さんで買い物をしたり。
 
 そういうところはだいたい、現金でしか決済できなかった。キャッシュレスを愛するスマートな人たちが決して来ないようなそんな喫茶店で、就職したての頃よく紅茶を飲んでいた。紙のポイントカードがあって、10回来店すると、紅茶が1杯無料になるのだった。
 
 去年、結婚した旦那さんはキャッシュレス派だから、ああいうところには行かないだろう。デートのときに寄った店に「決済は現金のみ」と書かれていたときは「なんでやねん。時代遅れもはなはだしいわ」と文句を言いながら、予備の千円札を出していた。
 
 そんなだから、ふたりで外食に行くときはだいたい、キャッシュレス対応のお店だけだ。自分は「時代に遅れてても生きてく権利くらいあるでしょ。なんならそういう店も人もいないと楽しくない」と思う。それでひとりのときは、相変わらず現金派の店に行く。
 
 地域のお店を応援しておくと、災害のときにいいことが……あるかはわからないけど、店員さんと顔見知りになれるのはいいかもしれない。
 
 勤め先の建設会社では「首都直下型地震に備える」という内容の記事が回ってきたことがある。この震災が起きた際のさまざまな問題点を列挙していたが、中に「ひとびとが互いに顔見知りではない」も挙げられていた。
 
 「表札を掲げるのも嫌がっているひとびとが、いきなり助け合いなんてできるはずがない」。そこまで言い切っていいのかわからないが、多少は知り合っているほうが、なにごとに際しても連携しやすい。赤の他人は、何ができてどんな人なのかまったくわからない。
 
 だから「地域の人」になっておくのは、備えのひとつでもあるんだろう。かく言う自分は、自治体の活動になにも参加していないので偉そうなことは言えない。地域の防災訓練とか、参加しといたほうがいいんだろうなあ……。
 
 子どもの頃は、町内会のお祭りなんかが何のためにあるのかわからなくて、ただひたすら疎ましかった。年上のお兄さんお姉さんとうまくやれず、基本的に彼らを怖いと思っていたので、できたら参加したくなかったのだ。
 
 でも、あれはあれで意味があったんだろう。何かあったときに助け合いやすくなる。そういう効果はあるわけで。まして親ぐるみ家族ぐるみのイベントとなれば、誰と誰が、どんな関係にあるのか、そんなところまでなんとなく把握できるわけで……。
 
 いまでも、むかし住んでいた家に行くと「メルシーちゃんね?帰ってきたのね」と、近所のおばさんが声をかけてくれる。息子さんが、わたしの何歳か上だったはずだ。自分はあいさつをして、彼女の名字が「柳生」さんだったことを思い出す。
 
 そうやって少し知っているだけでも、なにかの時にはきっと心強いんだろう。顔と名前、それだけでも。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。