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「費用対効果病」

DELLの広告で「ブッ作れ」というキャッチコピーがあります。言葉の違和感で広告効果を高める戦略だと思いますが、どうして「ぶっ(ぶん)」このように感じるのでしょうか?そして、そこには法則性のようなものがあるのでしょうか?

例えば、「ぶっ壊す」「ぶっ飛ばす」「ぶっ殺す」「ぶっ刺す」「ぶっ通す(ぶっ通し)」「ぶっ放す」「ぶん投げる」「ぶん回す」など、後に続く言葉が破壊系や乱暴なニュアンスの時はしっくりくるような傾向がある気がします。

それに対し、「育てる」「学ぶ」「生きる」「癒やす」等にはしっくりこないですよね。広辞苑(第三版)で接頭語「ぶ」を引きましたが、ありませんでした。30年も前の出版ですからね。最新版なら記述があるかもしれません。

とにかく、ツマラナイ事でも興味が湧くということ自体が大切で、「何の役に立つの?」「で、それを調べる費用対効果は?」みたいな決り文句には興醒めします。

「費用対効果病」ですよ、日本人は。どんな些細な事にも心が動く、そのこと自体に意味があるのです。「こころ」が抑圧されている時、世の中は灰色に見えるのですから。


I have a dream. 私の「夢」は、日本に活動家を養成する学校をつくることです。 私の「モットー」は、Life is Art. Life is Play. -生活をアートできるようになれば既に幸せ-