「満ち足りた幸福な時間」
ある男の子がいました。彼は砂場でトンネルを掘っていて、より長いトンネルを崩さずに掘ることに集中しています。
ある女の子がいました。彼女はレンゲ畑に寝転び、ミツバチの羽音と匂いに身を任せ、日がな一日空を見ています。
彼等がしていることが何かの役に立つわけではありません。しかし、満ち足りた幸福感に包まれて時を過ごしています。
先日、バラエティ番組でひな壇のタレントが予定を詰め込まないと不安で仕方がないと言っていました。彼等芸能人に限らず、多くの人が同じ強迫観念のようなものを抱いてはいないでしょうか?
無駄な時間を作りたくないのでむやみに情報を詰めんだり予定を入れる。一人の時間が不安なのでとにかくSNSで誰かと繋がろうとする。空腹でないのに食べる。見たくもないのにテレビがついている。とにかく「無音」「無駄」「空白」に耐えられない。
満ち足りた幸福な時間とは、周囲の音が聞こえないほど集中し、誰に何を思われようが構わない、それが役に立とうが立つまいが関係ないところに流れるのだと私は思います。
以下は毎日新聞に掲載されていた川柳です。
「待ち時間スマホ仕舞えば背筋伸び」
背筋を伸ばして「満ち足りた幸福な時間」について考えるというのはいかが?
I have a dream. 私の「夢」は、日本に活動家を養成する学校をつくることです。 私の「モットー」は、Life is Art. Life is Play. -生活をアートできるようになれば既に幸せ-