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副業プロコーチ#2


第2話:どん底の中で見えてきたもの


2011年。この年は忘れたくても
忘れられないと思います。

自宅差押え一歩前までいった我が家ですが、
健康ビジネスの規模を縮小し、
そして妻が外に働きに出るということで
少しは収入が得られるようになりました。

でも相変わらずしんどい状況は続きます。
この当時、僕の財布には200円くらいしか
入っていませんでした。
コンビニで缶コーヒーを買いたくても
買えない状況です。

もうお金を貸してくれるところは
サラ金くらいしかありませんでした。
(さすがにそこまで手は出しませんでしたが)

この状況を打破するために
僕がすべき選択肢は2つでした。

1.コーチとしてちゃんと生計を立てる。
2.どこかに再就職する。

1番はこれまでも色々とやってきたし、
今自分の出来ることはやりつくしたと
思っていました。
これ以上何かあるのか?と言うと、
お金をかけて宣伝をするか、
あるいは新しいスキルを学ぶしか
思いつきませんでした。


でもそんなお金どこにもありません。
あれだけ行っていたスクール(東京)にも
行くことが出来ない状態でした。

なのでとりあえずどこかに勤めようと思いました。
2番の選択です。

以前のような給料はもらえなくても、
たとえ不本意な仕事でも
定期収入がもらえるようになりたい。
そうすれば少しは楽になる。

そう思い、就職活動を始めました。
実は僕、就職活動には自信があったんです。
これまで数度転職はしましたが、
毎回レベルアップでの転職でした。
だからぜいたくを言わなければ、
どこかには採用されるだろうと。

・・・・・・・・・

甘かったです。

全然僕を雇ってくれる会社はありませんでした。
派遣会社でさえ、NGでした。
ほぼ毎日ハローワークに通っていました。
ネットの求人サイトもくまなく見ました。
応募もしました。

でも全滅でした。

「自分はもうこの世の中から必要とされていない」

そう痛感しました。
思えば思うほど涙が出てきました。

毎日「自己破産・離婚・自殺」を考えました。
夜、横で寝ている妻に向かってひたすら
「ゴメンネ、ゴメンネ」って言い続けました。

もう本当にどうしていいのかわかりませんでした。
そして恨みました。
自営を初めてしまった自分と
元々そうしようと思うきっかけになったコーチングを。

「コーチングなんて習わなければよかった!」

本気でそう思いました。

でもこのどん底の日々の中で
見えてきたことがあったんです。

それは何か?

「自分を救うのはコーチングしかないかも知れない」

という光でした。


はい。今日はここまでです。

このメールを書きながら当時を思い出し、
やっぱり泣けてきました。
ほんと辛かったし、情けなかったなあ。

唯一救いだったのが、妻が暗い顔をせずに
元気でいてくれたこと。
そしてお互い励ましあえたことでした。
多分、この時2人の絆が一番強くなったと思います。

【今日の学び】


どん底の中にも光はある。大切なモノを見失うな」