いないことになっている、祖母のこと

母方の祖母は憎しみで何度も何度も土を被せたように、いないことになっている。

小さい頃は、私にたくさんおもちゃを買ってくれる良いおばあちゃんだった。父方の祖母は高級なおもちゃを買ってくれたが、子供心に母方の祖母がくれる、ファミリーレストランの入り口にあるようなピカピカした安っぽいおもちゃも魅力的だった。

祖母が私の脳から失踪したのは中学生の時。実際は社会人になるまで生きていたという。結論から言うと彼女は自ら命を棄てたので、本当ならもっと長生きしたのかもしれない。もちろん葬式なんて出ない。

私は幼い頃から外線には絶対に出ないよう言い含められていた。ナンバーディスプレイが付いてからは、父親の職場の電話だけ取るようになった。自営業なので自宅の方にも業者からの勧誘が多いというのもあるけれど、それが祖母からの電話対策だという事は気付いていた。それらしい電話がかかって来ると、母が不機嫌そうに電話を取り、1時間以上話し込む事もあった。

中学の時、私はうっかり父親からの電話だと思い込み祖母からの電話を取ってしまった。何を話したのかは覚えていない。しまったという後悔だけが脳を渦巻いた。祖母は私にまた会いたいと言っていたかもしれない。

帰ってから母に「おばあちゃんからの電話、取っちゃった」とぶっきらぼうに報告した。次の瞬間母は怒り狂って問い詰めた。「アレに何を話した!言え!電話に出るなとあれほど言ったのに!」

私が恐怖で音楽のかかったヘッドホンを強く耳に押し当てると、母はそれをむしり取った。そしてさらに責めた。私は親戚に化け物がいると思った。自分が化け物の末裔であることを後悔した。

ああ、今ハッキリと思い出してきた、電話口で何度も何度も私の名前を呼びながら急き込んだように話す祖母の言い回しは、母と本当にそっくりだった。それが祖母と話した最後の声だった。

祖母には様々な逸話がある。精神病院から逃げたとか、娘である母に包丁を突きつけたとか、私がいじめに遭っていると思い込み学校や教育委員会方々に電話をストーカーのようにかけたとか。そして最期は施設で命を棄てたのが見つかった。私にこの女の血が1/4も混入していると思うと、心底うんざりする。

母はそんな祖母の脅威から私を守ろうとしていたのかもしれない。でも、所詮あの祖母の娘なので守り方も祖母そっくりな過激なものだった。祖母は私に直接危害を加えた訳ではない。もちろん包丁を突きつけた事もなく、初孫の私をとても愛していたと聞いている。しかし私にとっては母を壊し、母が私を攻撃する事で間接的に私を苦しめている張本人なのだった。

祖母が死んだ後、母は「あんな人だけど、もう嫌いにならないで」と目を潤ませて言った。私は無表情でそんな母を見つめた。心の中で、それは無理だよ、と思った。

私は自分と母の脅威であった祖母を許す事も愛する事も無いだろう。そしてそういう強かなところも祖母の血なのかもしれない。

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