「可愛い毒」と言われるものについて

色々あって、猫のダヤンの絵本を読む機会があった。以前どこかの店でグッズを見かけて以来気になっていたのだった。やはりとても細やかで、魅力的な絵だ。ずっと見ていられる。

が、ダヤン好きの方はここで読むのを止めていただきたい。ダヤンは皆に愛されるキャラクターだから、ここから先は誰も読まないかもしれない。


絵だけはずっと見ていられる。でも、初めて読んだダヤンのストーリーが生理的に合わなかった。特に、構って欲しくてなぞなぞを出してくる鳥の子供をうるさく思った主人公(ダヤンではない。馬のキャラクターだった)が、鳥の子供を騙して鍋に入れ、生きたまま煮てしまう話があって、ちょうど構って欲しい盛りの子供がいる私はその話があまりにも衝撃的で、一瞬で作者ごとダメになってしまった。フィクションであれ、構って欲しくてまとわりつく子供を虐待する話を書くような人物が、あのダヤンの絵を書いているのかと思うと完全に興醒めしてしまったのだった。絵は好きだったのに。悲しい。他にもつまみ食いをした子供に、お尻を酷く叩いて椅子に座れなくした上で代わりの食材を取りに行かせるという体罰の表現もあった。

これを毒っ気があって魅力的だと言う人もいるし、かつての私も確かにそうだった。むしろそういった物ばかり集めていたのに、歳を取れば取るほど、こういう無邪気な悪意みたいな物が徹底的にダメになっていく。毒を芸術的だと言い張る人々が苦手になっていく。子供を産んだからだろうか。それとも単純に色々な人を見てきたからだろうか。私は視野が狭くなったのだろうか。それとも目が醒めたのだろうか。

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