アイコのこと

アイコは名前の通り、彼女の周りには寂しい愛が渦巻いていたような気がする。

そして、結論から言うと、私とアイコは互いを軽蔑しあっていた、かもしれない。

アイコは中学の同級生。部活が一緒だった。なんともいえない容貌をしていた。地味な眼鏡の向こうの小さな眼。いわゆる「ジト眼」というやつで、いつも陰気な印象だった。ショートの黒髪はいつも前髪がおでこにぺったりとくっついていた。当時髪質がとても太くて硬くツンツンと跳ねていた私は、そのぺったり具合が羨ましく、中学生のお小遣いで買った慣れないワックスをつけてみたものだった。殆ど笑わない口。ボソボソ喋ると少し出ている前歯が覗く。

私の中学は中高一貫の女子校だ。当然恋愛には皆敏感だった。綺麗に言うと「恋に恋する」だけれど、実際はもっとガツガツしたものだ。まだ中学生なので、この頃の恋愛は性欲より承認欲求やスクールカーストの確立として消費されるのだった。

中学3年の時、アイコに彼氏ができた。「週末は彼氏の家でテスト勉強をしたの」などとボソボソ言われると、私は嫉妬に駆られた。

しかしその数ヶ月後、共通の友人からアイコに彼氏がいるのは嘘だと聞かされる。そして更に経って、アイコ本人から実は恋人は居なかったと白状されるのだった。当時の私の日記には「本人から真実を聞けたからもういい」と書いてあった。実際は同じ土俵に居たアイコに安心したのだと思う。我ながら内向的でしたたかな思春期だ。

そして、アイコは次に「あなたのクラスのOさんが、あなたの事ウザいって言ってたよ」と部活の帰りに言った。真っ暗な道に続く、裏門での出来事だった。私は自分のクラスでグループからあぶれ、居心地の悪さを感じていたがこれが決定打となり、震えながら学校へ行く事になった。

ところが、クラス替え間近になって、Oさんは急に私の持っていたCDを見て「このバンドの曲聴くんだ!良いよね!」と明るく話しかけてきたのだった。私はびっくりした。影で悪口を言っているような態度にはとても思えず、Oさんは私の敵ではないようだった。

月日が経ち、なぜアイコが私にあのような告げ口をしたのかジワジワ不思議に思えてきた。未だに答えは見つからない。彼女の勘違いかもしれないし、あるいは…。でも、思春期のあのなんとも言えない思考回路はもうどこかに忘れられてしまい、戻ってこない。

アイコに最後に会ったのはいつだっただろうか。彼女が大学を卒業するあたりで会った筈だ。その時彼女は「私、婚約したの」とボソボソ言った。今度は写真も見せてくれた。髪を派手な青い色に染めた青年があさっての方向を向いて笑いながら写っていた。おめでとうと祝福はしたが、彼女には非常に申し訳ないのだけど、一緒にいる図が全く想像できなかった。

彼女の考えている事や私生活は最後まで分からず終いだった。今は何をしているのだろう。幸せであって欲しい。それは私も今やっと幸せに暮らせているからだ。


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