見出し画像

WEIRD「現代人」の奇妙な心理 / ジョセフ・ヘンリック

読書メモです。

WEIRD「現代人」の奇妙な心理
2023年12月25日 発行
ジョセフ・ヘンリック 著
今西康子 訳

書籍情報はこちらです。


WEIRDとは

WEIRD(ウィアード)には「奇妙」という意味がありつつ、この本では下記の属性を持つ人々として定義されています。

W Western (西洋の)
E Educated (教育水準の高い)
I Industrialized (工業化された)
R Rich (裕福な)
D Democratic (民主主義な)

ヨーロッパ人、そしてアメリカ人も含まれる、いわゆる欧米諸国の人々のなかで、読み書きが出来て、都市部に住み、ある程度裕福な人々が該当します。

いまこれらの人々が「グローバル」といわれる社会を作っていますが、この本ではこのWEIRDがどうしてここまで発展してきたのか、またWEIRDはいかに「奇妙」なのか、ということを様々なフィールドワークで得られたデータと共に説明しています。

WEIRDな心理

  • 個人主義的傾向が強い

  • 分析的思考が強い|包括的な視点が弱い

  • 罪の意識が高く、恥の意識が低い

  • 規範への同調傾向が低い

  • 本人の意図を重視する道徳観

  • ポジティブ・楽観的

  • 短期になってリスクを冒す人が少ない

この本でいうWEIRDという人々は一般的なイギリス人、フランス人、ドイツ人、アメリカ人を想定して読みました。あまり特定の人物というのではなく、なんとなくの概念的な欧米人です。

日本人にもWEIRDとのいくつか共通点がありますが、読んでいくとちょっと違う部分があると思いました。

第1部 社会と心理の進化

集団の300人ルール

  • ニューギニアのセピック地方で調査

  • いくつかの村が成長して、人口が300人を超えると反目しあう小村に分かれる傾向がある

この本は上下2巻組で、フィールドワークによる実験の説明とその結果について、細かく記載されています。そのデータに基づいて言えることを述べるという構成なのですが、日ごろ見ない類の実験やデータが多く、意味を理解するのに時間を要しました。

章の導入として、集団社会の形成から入っています。

この地方では、自然に団結できる人数は300人が上限らしいです。家族・親族をベースに結束できるのが300人で、それ以上増えると組織内で何らかの対立が起きるようです。
感覚的にも同じ印象でした。たとえば会社組織は親族ではないことが多いですが、それでも1部門300人もいたら、なんらかの派閥に分かれる気がします。

イラヒタ

しかし、イラヒタという共同体だけは2,500人を超える集団を作っていたそうです。以下はイラヒタの特徴です。

  • 独自のカルト儀式を持つ

  • 共同体を8つの小村に分け、さらに横断的に4グループに分かれて相互に責任を持つ組織

  • どの世帯も豚を飼育しているが、自分の家の豚は食してはならず、別のグループ同士で豚を進呈しあうルールがあった

カルト儀式は「タンバラン」というそうです。これはこの地方の他の共同体にもあるローカルな宗教のようなもので、しかしイラヒタだけは独自の形態に進化していたということです。

親族だけの縦組織ではなく、他の家族と協力する横串グループが組まれている事で相互に客観性が生じて、規模が大きくなっても崩壊しにくい、というのがポイントのようです。

身内だけの集団はスケールアップしにくいというのは、親族会社の跡継ぎ問題などにもつながりますね。

第2部 WEIRDな人々の起源

WEIRDな家族の特徴

  • 双方的出自(父母双方の系譜が辿れる)

  • いとこ婚はない

  • 一夫一妻婚

  • 核家族

  • 独立住居婚

この5つの特徴をすべて満たす社会は全世界で0.7%しかなく、
また、この5つの特徴をひとつも満たさない社会は全世界で50.2%になるそうです。

日本でもこの5つの条件を満たす地域は多いと思いますが、それが世界で0.7%です。いとこ同士で結婚をする地域も世界では多く、一夫多妻制をとる地域もあります。そういう観点で考えると、WEIRDはいかに「奇妙」なのか、ということのようです。

WEIRDになる前のヨーロッパの家族構成

  • 親族が中心の生活

  • 結婚すると夫の家族へ妻が入る

  • 家族が領地を支配

  • 個人は家族のもとに定義されていて、法的にも親族集団のなかに個人があった

  • 高齢者や病人もすべて親族の中で養った

  • 結婚は親族同士で取り決めて行われた

  • 地位の高い男性は一夫多妻制で、第二婦人がいた

「WEIRDになる」というのは、この後説明されていくのですが、こういった家族構成は昔の日本にも一部あったものと思います。
多くの国はこういう体制から始まって、それが近代化とともに「自然に」変わってきたのだと思っていましたが、それは「教会による意図的なアクション」があったというのがこの本のポイントの一つです。

キリスト教による氏族解体

  • 氏族が親族集団を強化していく上で結婚は重要なイベント

  • 家父長が婚姻をコントロールして他の親族集団との関係性を固めてきた

  • 教会がこれらの伝統的な親族ベースのネットワークを弱体化させていった

  • 夫が死亡した女性が夫の兄弟と再婚するのを禁止、その家を出る事とし、嫁入りで持参してきた財産は元の家に返還された

  • 最初にもっとも影響を受けたのは経済的に中間のレイヤー

  • エリート層は賄賂を使ってこのルールを破る力があり、その賄賂は教会の収入になった

資産家と資産家の子ども同士が戦略的に結婚をする(させる)ことで、嫁側の財産が婿の家に吸収され、巨大な一族が構築される、というのが古代からよくある富の集中でした。

教会は氏族を巨大化させないよう、婚姻に関するルールを厳しく追加していったようです。

MFP (Marriage Family Program)

  • 血縁者(六従兄弟姉妹)との婚姻を禁止

  • 義理の兄弟姉妹との結婚の禁止

  • 一夫多妻制を禁止

  • 非キリスト教徒との結婚を禁止

  • 代父母制度の確立(教会の名のもとに、身寄りのない子どもの信仰生活を支援)

  • 養子縁組を阻止

  • 花嫁と花婿が自由意志を以て結婚できる

  • 新婚夫婦に対し、独立した所帯を構えることを奨励

  • 死後の財産贈与を本人の遺言により決められる

男の子が生まれなかったらお家断絶、というストーリーが歴史上にあり、ドラマや映画でも見られますが、こどもの性別にかかってくる以上、常に50%の高確率で断絶が起きます。

なので、王様が自分の血を引いた子を残すために第二婦人がいたり、養子縁組などを使う事も一族の繁栄のためには重要だったのですが、キリスト教がこれを禁じて巨大な資産を分散させていった経緯があるようです。

一夫一婦制は少数派だった

  • 一夫多妻制のメリット

    • 男性:最初の妻が妊娠・子育て中に平行して2番目、3番目の妻を妊娠させることで連続的に自分の子孫を増やすことができる

    • 女性:子どもを妊娠して育てる中で、優れた配偶者を選ぶ必要がある。一夫多妻であれば、経済的・社会的にも優れた男性を、未婚・既婚を問わず選ぶことができる。

    • 農耕社会の85%が何らかの形で一夫多妻制を取り入れていた

  • 一夫多妻制のデメリット

    • 結婚できない男が大量に発生する

    • 男性同士の争いが激化し、犯罪率が高まる

  • 一夫多妻制の例

    • トンガ王国の首長:数人の高位の妻と数百人の側室

    • クメール王朝の王:5人の高位の妻と数千人の側室

    • 古代中国・西周の王:1人の皇后、3人の夫人、9人の第2夫人、27人の第3夫人、81人の妾がいた

一夫多妻制は昔からあり、男性側にも女性側にも一定のメリットがありつつも、実際には王族や貴族など権力者のメリットが圧倒的に強いため、これをキリスト教が禁じたのはそうした権力者の力を押さえ込むのが目的だったようです。
日本でも側室などの制度が一部ありましたが、西洋化の一環で一夫一婦制に変わっていきました。
キリスト教の布教とともに一夫一婦制が世界に広がったというデータは面白いと思いました。

テストステロン

テストステロンは、オスの睾丸から分泌されるホルモンです。

  • 鳥類の例

    • ウタスズメの場合:一雄一雌。つがいのメスが妊娠したら、オスのテストステロン値が下がり、子育てに専念する

    • ハゴロモガラスの場合:一雄多雌。つがいのメスが妊娠してもオスのテストステロン値は下がらない

  • 人の例

    • WEIRDな国々:一夫一婦制。結婚して父親になるとテストステロン値が下がる。離婚すると再び上昇するという研究結果が出ている。

    • ケニアでの実験:一夫多妻制。結婚して子供ができても男性のテストステロン値は低下しない。むしろ二人目の妻を娶った男性のテストステロン値は上昇していた。

テストステロンと婚姻制度の因果関係についても調査をしていて、一夫多妻制の社会と一夫一婦制の社会では、男性のテストステロンの分泌が変わるとのことです。人間がソーシャルな生き物だということが分かります。

一夫一婦制はテストステロン値を抑制する強力なパッケージ

  • 結婚した男性が妻以外の愛人を作ることを禁止

  • キリスト教の宗教上の罪とし、さらにそれを社会的な罪とする監視システムを作った

  • 離婚・再婚をほぼ不可能にした

キリスト教が意図せずも男性のホルモン分泌までコントロールしていたという分析は初めてみました。

第3部 新たな制度、新たな心理

チリ・チョルチョルの町

  • 生活用品を売る店が町内に点在するが、店によって値段がかなり異なる

  • 人々は決まった店だけで買い物をして、価格を比較して安いほうを買うことはない

  • 昔から知っている者同士で暮らしている小さな地域なので、人や家や政治などの事情で仲の悪い関係もある

  • こうした緊密な人間関係は市場競争を妨げる

非人格的市場と市場規範

  • 非人格的市場=相手が誰かわからない状況での取引。親密な親族ベースのやりとりがない自由市場。

  • 市場規範=誰かわからない人との取引で必要になるレギュレーション

自由なマーケットが発生するためには、親族ベースの共同体から抜け出す必要があって、ヨーロッパはキリスト教の制度によって、偶然それを早い段階で達成していた、という分析です。

現代では誰か分からない人に平気でお金を払いますが、それを可能にしているのが市場規範です。

市場規範は他人への信頼・協力の意識によって作られ、都市化が進むほどこの意識が高まるというデータがあるそうです。

WEIRDなパーソナリティの起源

アメリカ人などWEIRDなパーソナリティは全人類に共通すると、多くの心理学者は考えているが、ほんとうにそうなのか?

西洋文明の制度・理性を作ったもの

  • ヨーロッパの親族ベース制度の解体

  • 非人格的市場(親族のしがらみのない市場)の拡大

  • 集団間競争の激化(都市・ギルド・大学・修道院)

  • 広域からの移住者による都市部の発展

  • 都市型の就業(家業ではない職業を選ぶこと)

WEIRDなパーソナリティの特徴

  • 分析的思考:物事を個別のカテゴリーに分類して説明しようとする。包括的なアプローチよりも分析的なほうこそ正しいとされるようになった

  • 内的属性への帰属:人には傾向、パーソナリティが存在すると考えるようになった

  • 独立志向と非同調:親族の絆が弱まり、非人格的市場に支配されるようになり個人主義、独立志向、非同調、自信過剰な自己宣伝が広がった

  • 非人格的向社会性:他人と付き合うための規範に統制されるようになり、共同体に属するルールを好むようになっていった

この本で何度か投げかけられるのは、心理学などの研究機関が調査する対象が欧米の知識人や学生、いわゆるWEIRDな人々なので、それが本当に全人類を代表するデータなのか?という疑問です。

これにアジア人を含めてもまだ不足していて、都市部と山間部、識字率の違いによっても、人の心理や脳自体の進化もかなり変わってくるというデータがあるようです。

第4部 現代世界の誕生

ヨーロッパは「集団脳」を作ってきた

  • 累積的文化進化の条件

    • 何かを学んだり取り組んだりする人のネットワークが大きい

    • 学ぶ側と教える側が、世代やジャンルを超えて幅広く繋がっている

  • 1人の天才が発明をするわけではない

    • 複雑なイノベーションはささやかな追加や変更の積み重ねから生まれる

    • 重要なアイディアはすでに人々の頭脳の中にばらばらに存在していて最後に誰かがそれをまとめ上げる

    • ほとんどのイノベーションは既存のアイディア、技術、アプローチ法の新たな組み合わせにすぎない

ヨーロッパ近代では都市化が進み、様々な職業が生まれ、他人へ仕事を教えるプロセスが各所で発生したり、修道院や大学でものを教わるプロセスが発生することで勉強のネットワークが広がってきたという分析です。

ヨーロッパ集団脳を作ったもの

  • 徒弟制度

  • 都市化と非人格的市場

  • 地域横断的な修道会

  • 大学

  • ナレッジ・ソサエティと出版物(百科全書など)

  • 識字能力や学校教育の奨励、勤勉さを神聖なものとする宗教的信条

ヨーロッパ集団脳の形成を考えるとき、中世から近世にヨーロッパ各地で発達してきた修道院の役割は大きいようです。ビール醸造、養蜂、牧畜、チーズ製造、灌漑などの技術を共有し広めていったのも修道院で、修道院間の競争や情報ネットワークによりヨーロッパの集団脳が形成されていったという分析をしています。

また今もなお、修道院がある地域は労働生産性が高いというデータがあるそうです。

発明プロセスについては、エジソンの例などを挙げて説明されています。エジソンは一人の天才のように描かれがちですが、じつは会社組織になっていて、20種以上の試作品に改良を加えながら電球を発明している、など。

全体プロセス

5~6世紀から、ヨーロッパではキリスト教の発展とともにMFPのルールが広がり、親族ベースの社会が解体された。これは社会的にも心理的にも影響が強かった。また国同士の争いとともに都市や市場が発展して競争が生まれた。

その結果ほかの地域にはないWEIRDな心理が作られてきて、累積的にイノベーションが生まれやすい環境が準備された。

そしてWEIRDな心理と環境が近代の産業革命や現代の経済成長を作ってきた、というのが全体的なプロセスになるようです。本にも図版が添えられていますが、下記のようなステップになっています。

感想

この本のポイントは、「世界の中心」的に考えられている欧米諸国の心理が実はそれほど標準的な考え方ではなく、キリスト教によって長く醸成されてきた特異な文化だという事をデータで示している点です。

これでもかなり省略してまとめましたが、本書の半分は実験とその結果データの説明だったりします。

WEIRDの特徴のなかで日本人と異なるのは恥の概念でしょうか。日本では世間に対して恥ずかしいから、というやや同調的なブレーキがあります。WEIRDにはこれは薄く、逆に罪のほうを重視するので、これは昔『菊と刀』で分析された「恥の文化」にも近い考え方かなと思いました。

近代化の時代変換を経験してきている国はいくつかあると思いますが、日本だと明治維新、太平洋戦争終結の2回かと思います。そのとき実はキリスト教のMFPも併せて組み込まれていたというのは面白かったです。

それでいて、日本は完全にWEIRDになったわけでもなく、独自のカルチャーを形成してきているとも思いました。

あと、この本の装丁は上下巻を並べるとかっこいいですね。

The WEIRDest People in the World

以上になります。
お読みいただきありがとうございました。




この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?