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世界に一輪だけの貴方の花。咲かせてみませんか。

『貴女の感情を一輪の綺麗な花にしませんか?』

シルクハットを深く被り、燕尾服を着た男性が話しかけてきた。
男性の声はなんだか聴いていると酔ってしまいそうな程に蠱惑的で、彼の周りだけ空気が違うような、そんな気がした。

「いえ。結構です。」
手で制し、また歩みを進めようとした瞬間、

『世界に一輪だけの素敵な花を貴女自身の手で咲かせることが出来るのです。
お話だけでも如何でしょう?』
私だけの、花……?
世界中どこにも無い。私だけの花…。
「…それは、私にしか咲かすことが出来ないということですか?」
『そういうことになります。』
私は足を止め、彼の方に向き直る。
私の人生は誰からも必要とされなかった。どれだけ頑張っても、それが当たり前だと言うように賞賛される事も無かった。
私が居なくても、穴埋めはすぐにされる。
それを認めたくなくて、会社を抜け出した。
こんなのは博打のようなものだった。会社を抜け出して来てから何度も携帯を確認した。
そこにはメールも着信も一切来てなかったのだ。
私は居なくても良い存在だと、突きつけられてしまった。
そんな私にしか出来ないことがある、と彼は言ったのだ。

「少しだけ。話を聞かせてください。」
そう言うと、シルクハットから見える彼の口元がにやりと笑った気がした____。

『では此方へ。』
そう言われ案内された場所は、大きな街の繁華街を越えた先にある路地裏だった。
ゴミが散乱している。臭いすら嗅ぎたくないと思うような悪臭だった。
話を聞くと言ったのは間違いだったか。早くこんな場所から出たい。
そんな気持ちで一杯だった。

『そんなに此処の空気は気に入りませんか?』
彼はクスクスと笑いながら問いかける。
「こんな治安の悪そうな場所を見つけられる貴方の方がが才能よ。何でここに連れて来たの。」
鼻をつまみながら答える。
『才能、ですか…。そう言って頂けて光栄です。実はこの街には此処よりもっと酷い場所があるんですよ?案内して差し上げましょうか?』
悪戯っぽく笑みを浮かべる彼に私は沸々と苛立ちを覚えていた。
「私の質問に答えてもらってないわ。何故ここに連れて来たのか言いなさい!」
彼の顔をキッと見る。ただ彼と視線は合わないのだけれど。
『貴方はとても可愛らしいお方ですね。』
「は?」
『いえ、すみません。その格好の貴女はとても滑稽で可愛らしく思ってしまったもので。』
「…最低。」
『そのお顔も、その感情も素敵です。』

やっぱりついてくるんじゃなかった…。私のこういう性格もいけないんだな…だから、誰からも……。
深い溜息が出る。そしてそれと同時に悲しさが胸の底から込み上げてきた。
こいつの前で涙を見せてたまるか。と、そう思った。
泣くなら家に帰ってからだ私。
そう思い手と足にぐっと力を入れ踏み留まる。

「あのっ…!ナンパとかならもう帰っても良いですか。というか貴方が帰ってください。私の質問にも答えてくれないし一体何なんですか。
こんな臭い場所に連れて来られて、正直言って不快です。今すぐ消えてください。」
彼を見て言う。
『これはこれは…。失礼致しました。貴女が可愛らしくてつい。』
彼は深く被っていたシルクハットを取り、その手を胸に当てお辞儀をする。
私は、彼の顔がやっと見れるのかと内心少しわくわくしてしまっていた。
が、彼は顔が上がる瞬間また深く帽子を被ってしまい、彼の素顔は見ることが出来なかった。ただ彼の髪は黒く、ジェントルマンのような髪型をしていることだけはわかった。
佇まいが言わずもがなだから、見た目もそうなんだろうなと予想はしていたんだけど。
だが、顔を見れなかったことは個人的に気分が晴れなかった。

『…何やら残念そうな顔をしてますが、どうかなさいましたか?』
「別になにも。」
ふんっと不貞腐れながら腕を組み、彼の言葉の続きを待つ。
彼は一つ咳払いをし、こう答えた。
『何故此処に貴女を連れてきたのか。
それはとても簡単な答えです。』
彼の顔が徐々に近づき、次の瞬間私の耳元で彼の声が聞こえた。
『これは、表沙汰には出来ないことだからですよ。』
その言葉を聞き、私はサッと身を避けた。
「ばッ…!!!!」
私はサッと口を抑える。そして、彼を手招きする。
彼はにこにこしながら私に近づいてきて私の前で中腰になる。
「馬鹿じゃないの…?!?!?なんでそんな危ないことを私にさせようとするのよ…!!!法に触れるようなことはしないわよ!?絶対に!!」

そう聞くと彼は立ち上がり、再びにこっと口角を上げる。
『ご安心下さい。初めに言ったでしょう。
貴女は世界でたった一輪の、貴女にしか咲かすことの出来ない花を育てれば良い、と。
法にも一切触れませんし、周りにも一切危害は加えません。これだけは私が必ず保証致します。
それに貴女自身も興味があるんじゃないですか…?
自分にしか咲かせることが出来ない花。
どんな蕾をつけて、どんな花弁を咲かせてくれるのか。』
「そ、それは……」
『ふふ、やはり貴女はわかりやすいお方だ。
差し上げますよ。これをどうぞ。』
白のオペラグローブの中には三つの小さな種が。
種を摘みじっと見つめるけれど、普通の種と何ら変わったところは見当たらない。
『何の変哲もありませんよ。』
種と睨めっこをしている私をクスクスと笑いながら彼は答える。
私は種を見るのを静かに止め、照れ臭さを隠す為冷静に口を開く。
「でも私、花なんて上手に育てられたことなんてない。」
『大丈夫です。その花は貴女さえいたら咲きます。水も日光も必要ないのです。
ただ、一日に一回この子達を植えた鉢植えにハグをしてあげてください。もし、忘れても次の日ハグしても大丈夫です。
一日一回ハグをする、と言うのが一番早く咲く方法というだけですから。』
「それなら私にも出来そう…。この種は貰って行くわね。ありがとう。
えっと…お代は……。」
そうだ。お金のことを聞いていなかった。もう貰うと言ってしまったものを返却するのもなんだか心苦しい。
こんなデリカシーもない奴に心苦しいと思うのも変な話なのだけれど。

『お代は要りませんよ。これはテストだと思って。
貴女はモデルですので。
ただし、経過報告をして頂けたら嬉しいです。
これ、私の連絡先なのでこちらに連絡を入れて頂いても構いませんし、私は基本此処に居たりしますので此方にきていただいても構いません。』
「もうこんな場所二度と来ないわ。連絡はメールでするわね。」
『わかりました。では、良いフラワーライフを。』






「あいつから貰ってきたは良いものの、鉢植え、鉢植え……。」
植物を育てるなんて小学生以来だ。
そういえばあの頃も私だけ枯らしてしまったんだっけ。
一生懸命育てていたのにな…。
この子だけは、綺麗に育つと良いな。
「病は気から、と言うし、もしかしたら念じたら綺麗に咲いてくれるかも。
綺麗に育ちますように。綺麗に育ちますように。」
そう強く念じながら私は土に種を植えた。
そして洗面台で手を洗い、時計に目をやるともう夜中の22時を回っていた。
そんなにあの人と話していたのか…。時間は経つのが早いのか遅いのかわからない…。会社にいる時は一分一秒がとても長く感じたのに。
お風呂を簡単に済ませ、やる事もないのでパジャマに着替えお布団に潜る。
鉢植えはウォールシェルフに置いてある。
「そうだ。忘れる前に。」
布団から起き上がり鉢植えを抱き抱えぎゅっとハグをする。
「私頑張って育てるからね。おやすみ。」
そう言って私は布団に潜り一日に幕を閉じた。


次の日、会社には行かなかった。
どうせ行っても無駄だと思ったから。相変わらず会社からの連絡は何も無い。
私は昨日貰ったシルクハットの彼にメールを送ることにした。
今日は何と嬉しいことがあったから。
彼のおかげで嬉しいことが起きたのは何となく癪だけど、私のやるべきことが今これならこれを一生懸命こなそうと思った。
朝起きると、昨日植えたばかりの種がひょこりと双葉の目を出していたのだ。

[おはようございます。
昨晩、花の種を頂いたものです。
貴方の言う通りにして、一晩過ごしたらもう芽が出ていたんです!
こんなに早く芽が出るものなのでしょうか?
だけど、とても嬉しいです。これからどんな花が咲くのか楽しみです。]


早速芽が出たことが嬉しくて布団から起き上がってからずっと芽を見ている。
日が差して、ぽかぽかとした陽気に照らされて一緒に日光浴をしているような気持ちになる。
こんなぽかぽかと温かい気持ちは初めてで、それも併せてとても嬉しくなる。

--ティロリン

メールの着信音が鳴る。
メールを開くと彼からのメッセージが届いていた。


[連絡を入れて下さりありがとうございます。
早速咲きましたか。他の花と比べ何倍も咲くスピードが早い品種となっておりますので、次の日には花弁が咲いてるかもしれませんね。
品種、と書きましたが、どんな花が咲くかは持ち主次第ですので今後とも楽しみにして頂けると幸いです。では。]


明日には、花が咲く…。
私の花はどんな花が咲くんだろう。
澄んだ青色?それとも暖かく照らしてくれるような橙色?それとも可愛らしい桃色?
どんな色が咲いても嬉しい。
今日はもうする事もないしさっさとご飯を食べて寝てしまいましょう。
楽しみはこの子だけなのだから。
おやすみなさい。



次の日の朝、彼が言った通り蕾がついていた。そのうちの一つの先端が少し開き始めていた。
その蕾を覗き込んでみると、橙色が目に見えた。
橙色…!想像していた色だわ…!
私は感動で自分の枕をぎゅぅ…と抱きしめた。

あっ、忘れないうちにメールをっ。


[おはようございます。貴方が言った通り、今日蕾が咲きました。そのうちの一つが綺麗な橙色だったんです。本当にとても綺麗で、暖かくなるような橙色で。
まだ他にも蕾はあるので、この子たちがどんな色に咲くのか楽しみです。
全部の花弁が橙色でも素敵だと思いませんか…?!
日の出のようで、とても暖かでぱぁっ…!と光が差したようなそんな気分になります!
今度夕陽を見に出掛けようかしらっ!
その時は貴方もどう?貴方のおかげでこんなに晴れやかな気分になれたんだもの!お礼をさせて頂戴。]


[おはようございます。蕾がついたようで、おめでとうございます。
それにしても、何だか今日は一段と気分が高いみたいで。文面からでも楽しい気持ちが伝わってきて読んでいて私まで楽しい気持ちが浸透するようでした。
楽しいメールをありがとうございます。
貴女と夕陽を見に行くのはとても楽しそうだ。
その時は是非ご一緒させて下さい。あ、そうですね。その時は一緒にホテルに泊まりますか。素敵なホテル予約しておきますね。
世界で一輪だけの貴女の花は明日はどんな色を見せてくれるのでしょうか。ご報告、楽しみにしておりますね。では。



『おはよう。ちょっと聞いて頂戴。
今日起きたら、上司から電話がかかってきたのよ?
会社抜け出してから何日経ったと思ってんだっつの。
[お前が居ないと会社が回らない。だから頼む。戻ってきてくれ。]だってさ。
私の事を一切認めも褒めてもくれなかったくせに、会社の人手が足りなくなると新人に教えるのも手間だから私に戻ってこい、って言ってんの。ふざけんなっての。』
「驚きました。今日はメールじゃないんですね。」
『メールじゃ収まり切らないから電話してるの。そんなのもわかんないの?』
「それは大変失礼致しました。
幾らでもお話はお聞きします。モデルを頼んだ私の役目でもありますので。
ところで、今日は花は咲きましたでしょうか?」
『あ?うん咲いたよ。赤。』
「赤……。なるほど。」
『なに』
「なんでもございません。お気になさらずに。」
『それで、これ残り蕾二つなんだけど。今のところ色合い最悪なんだけどどうしてくれるの。』
「すみません。最初にも言いましたが、この植物は世界にたった一つの、貴女様だけのお花になります。こちらは人によって咲く花、咲く色が様々ですので現時点でのこの姿が貴女だけの花になっております。」
『はぁ…最悪。』
「今からまた素敵な花に変化する事もありますので、気を落とさずに最後まで育ててあげてください。
では、失礼致します。」


ぷつっと電話を切る。
人の怒りと話すとどうしてこうも疲れるのだろう。
原因はわかっている。彼女は元々自分の怒りや苛立ちに真っ直ぐな方だ。
それが幸いして赤色の花が咲いたんだ。
これは、とても素敵な花が咲く。


ーープルルル

電話が鳴った。着信を見ると彼女からだった。
まだ怒っているのだろうか。その場合も考えて一呼吸置いてから受信ボタンを押す。
「はい。」
『…………』
「…え、っと。どうしましたか?」
何も音が聞こえない。よく耳を澄ましてみると、鼻をすする声と嗚咽のような声が聞こえた。
「大丈夫ですか!?気持ち悪いですか?!」
『ひっく…うぅ……』
徐々に声が近づいてくる。それと同時に鼻をすする音も大きくなって若干不快感がある。
「え、っと…とりあえず大丈夫そうですね。」
『なんで……』
「え」
『なんで一回で電話に出てくれないんですか…!!!』
「は、い、?それは申し訳ございませんでした…。」
『わた、わたし……また要らない子ってされたのかと思って……見放されたかとおもっ、て……うぅぅ……』
こ、これは、まさか……
「すぐに電話に出れず、本当に申し訳ございませんでした。
あの、こんな状況で大変に聞きにくいのですが、今日は蕾は咲きましたか……?」
『んぇ……?咲いたよ……?』
「何色か教えて頂いても…?」
『んん……青。』
「………やっぱり。」
『やっぱりってなに!??やっぱりって!!!
やっぱり私の事を要らない子だと思ってたってことだあぁぁ!!うわぁぁあぁぁん!』
「ち、違いますって…!!!貴女は私にとって、とても大事な人ですよ。誰の手にも渡したくないくらい。」
『へ……?』
「本当ですよ?初めにも言いましたよね。可愛らしいって。その時から目をつけていたんです。誰にも渡したくないと。だから、要らない子なんかじゃありません。勿論、見放す事だってしませんのでご安心を。」
『ほんと……?』
「ほんとです。」
『わたしのこと、見放さない……?』
「はい。ずっと一緒に居てほしいです。」
『…へへ。ありがとう。名前も知らないシルクハットの人。』
「名前は教えない方がミステリアスで素敵でしょう…?」
『なにそれ。』
電話越しに彼女の笑い声が聞こえる。
良かった。
「それに私も、貴女のお名前を貴女から聞いていませんし。お互い様です。」
『それもそうね。ありがとう。落ち着いたわ。』
「それは良かった。ところで、あと蕾はどれくらいですか?」
『この植物のことしか頭にないのね。まぁ、私はモデルだからしょうがないけれど。蕾はあと一つよ。この調子には明日には素敵な花が咲くんじゃないかしら。
私ね、最初は色のバランスが合ってなくてまた枯らしてしまうくらいなら棄ててしまおうと思っていたんだけど、ずっと育てているとどんな子でも愛着が湧いてくるのよね。
だから。最後まで大切に育てるわね。
この子達を私にくれてありがとう。』
「いえいえ。気に入って頂けたのなら光栄です。
最後、どんな花を咲かすのか。私も楽しみにしております。では。」



さて、そろそろ行くか。
黒を基調とした燕尾服を見に纏い、シルクハットを深く被る。
彼女の自宅は……。
地図と照らし合わせながら、彼女の家を目指す。

「ここか…。」
足を止め、目を向けた其処は少し古い二階建てのアパートだった。
マンションに住んでいるものだとてっきり思っていたけれど、高姿勢な彼女の事だ。外ではきっちりと身なりを整え、自分を繕っていたんだろう。
「彼女の部屋は404号室…」
なんて不吉な数字なんだと、ふっ…と笑いが漏れてしまう。だけど彼女にはもしかしたらぴったりかもしれない。高姿勢な彼女はこの前消え去ったのだから。

知り合いに頼んで作ってもらった彼女の部屋の合鍵で、扉を開ける。
すると彼女は玄関で倒れていた。
『う、うぅ……たすけ、て……だれか…』
手元には携帯が転がっている。その画面には119と記されていた。
そんな事をしても無駄なのに。
靴を脱ぎ彼女の元へ駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
『あっ……』
やっとの思いで顔をあげ私の顔を見る。顔、と言ってもシルクハットなのだが。
知ってる人が来たからか彼女は少し安心した表情をし、私の足首を掴む。
『たす、けて、。くるしい、の。もう、からだ、がおも、くて、、うごけ、ない、の。』
そう言ってポロポロと涙が溢れる彼女。身体が思い通りに動けないと人は無力さに涙が出るのだろう。
「それは大変ですね。あ、花は咲きましたか?」
『は、、こんな、時に、な、にを』
目を丸くした彼女にもう一度訊ねる。
「花は咲きましたか?」
『さ、いた』
「何色ですか?」
『く、、ろ』
ふむ…と指を頬に当てて考えた。
『ね、ねぇ、、そんなことより、たすけて、よ、、ほんと、にもう、むりな、の、、』
「わかりました。すぐに楽になるのでその手、離して下さい。」
そう言うと彼女の手は力無く崩れ落ちた。

「ザクロですか。」
私は鉢植えに近づき、花を毟り取った。
托葉も小葉も頂小葉も全てがぱらぱらと落ちた。
『な、にして』
彼女のか細い声が聞こえる。
そんな事を気にせず私は花弁を見つめる。
雄蕊も雌蕊も花びらもどれも深く染まっている。
なんて美味しそうなんだ。
「今までモデルをやってくださってありがとうございました。お蔭でこんなに濃くて素敵な花が実ることが出来ました。」
『…は』
か細い声がまた聞こえる。
「実はこの植物、主人の感情で色を染めるのです。
だから水も日光も必要無いのです。必要なのは貴女だけ。もっと詳しく言えば貴女の感情だけが必要だったんです。
貴女は感情に正直だ。だからとっても綺麗で美味しい花を咲かせてくれると思ったんです。
折角なので教えてあげますね。
貴女が実らせた花弁の果実たちを。
まず最初咲かせた花の色は橙色。
これは、喜怒哀楽で言うところの喜びと楽しいを指します。
これはとっても甘いのです。貴女のは蜂蜜の匂いがしますね。
この花が咲いた日、貴女はとっても楽しい気持ちになった筈です。その気持ちが花の栄養となってどんどんと花に栄養を吸われていく。
そして次に、赤でしたね。これは想像しやすいのではないでしょうか。怒りを表す色です。
この日の貴女はとても怒ってました。ですが、この花にとっては美味しいご飯がたらふく食べられるような状態だった訳です。
そして三つ目。青ですね。とても澄んだ綺麗な青です。
青は哀しみや寂しさ。あの時の貴女は沢山私に吐露してくださいましたね。貴女の本心を。
貴女に触れられた気がして嬉しかったんです。本当ですよ?貴女は要らない子なんかじゃない。ずっと一緒に居てほしい。あの時言った言葉も本当です。
だから色んな表情を私に見せてください。最期まで。
ずっとお側に居りますよ。
そして最後。貴女はまだちゃんと見れていないかもしれないのでそちらへ持っていきますね。」
ぼろぼろの顔をした彼女の前に手で優しく包んだ花弁を見せる。
「綺麗な黒です。
黒はこの花をとても愛した証拠なんです。滅多に見られません。
なので、貴女に種を渡すことが出来て本当に良かった。貴女に育ててもらえて本当に良かった。
地べたは冷たいでしょう…私の前にいらして下さい。」
そう言い、彼女を抱き抱え、前に座らせる。自分で立つ事も支える事もままならない彼女の背中には私がいる。
温かみを少しでも感じてくれると嬉しいと思った。
彼女の微かな呼吸音が聞こえる。
「この花弁実は一枚一枚味があるんです。食べれるのは花と呼ばれる部分だけなのですが、色によって、育てた者によって同じ色でも味が違うんですよ?」
『あな、たは。色んなひ、との、花をたべた、の、?』
ゆっくりと私の方に首を動かす。
「嫉妬ですか?」
そう言うと、彼女は前に向き直って、弱々しい手で私の腕をつねった。
「いてて…。そうですね。貴女には嘘をつきたくないので。
同僚の付き添いで何人かの花弁を食べさせて頂ける機会がありました。
ですが、全部食べるのは貴女が初です。他の誰にも貴女の一部を食べさせたくないので。
私こう見えて独占欲強いんですよ?」
剽軽な笑顔で言う。
彼女は俯きながら、『わた、しはまだ。たべていい、なんていってない。』と言った。
「あはは、確かにそうですね。
でも私は食べたい。駄目でしょうか。」
彼女はずっと俯いているので、彼女の頭部のつむじをじっと見つめる。綺麗な形をしていた。そこも好きだなぁなんて思っていた。その時。
『…貴方になら、いい、よ。』
「本当ですか…!?」
『ただし、おいしく食べてくれなきゃ、いや。』
「勿論です。美味しく頂きます。」


「では、まずは橙色から。」
花弁を一片口に入れる。すると舌の熱で蕩けるようにじわぁ…となくなってしまった。
見た目通り蜂蜜のような味で、彼女の甘さが詰まっていたような味だった。
きっと他の人は彼女の甘さを、可愛らしさを知らないんだろうなと思ってにやけが止められなかった。口元を押さえ、彼女にばれないようにしたが、動作に違和感を感じた彼女が『どう、したの?』と訊いてきた。
「いいえ。なんでもありませんよ。」
バレないようにいつも通りに返した。
『そう。』
彼女は私の腕の中に収まりながら待っていた。
彼女の可愛さを知るのは私だけで良い。本当にそう思った。


「では次は、赤色から。」
花弁を口に入れると口内全てが燃えてしまうかと思うような熱が口内を襲った。思わず口を手で押さえた。
「う"っ……これは……中々にスパイシーな味ですね…。」
彼女はこんなに怒りを溜め込んでたのかと思うと我慢するところはとても可愛いけれど、早い段階で発散させてやりたかった気持ちが芽生えた。そして、そうさせた奴等に苛立ちを覚えた。


「では気を取り直して青色を。」
匂いからして爽やかな匂いがする。ブルーハワイのような。
本当に綺麗で澄んでいる海の色をしている。
「頂きます。」
口内がとてもスッキリした。その筈なのに哀しさが込み上げてくる。彼女の我慢してきた涙が映像として頭に流れてくる。
こんな事象も起こるのかという発見もあるが、それよりも彼女を無意識に抱き締めていた。
頑張ったんだね。耐えてきたんだね。偉いね。と。
少しでも届いてほしいと願いながら抱き締めた。
彼女は抱き締めた腕を手でぎゅっと握ってくれた。


そして最後。黒。
「最後の花を食べる前に言わなければいけません。
この花は育てた者の感情を吸い取って成長し、進化する花です。
今の貴方に、怒り、喜び、哀しみの感情はもう既に欠如しています。
そして黒は、育てた者の魂と言われています。
なので貴方は今この花のおかげで辛うじて生きている。とても辛い身体ではあるけれど生きていることには変わりありません。
ですがこれを食べると魂が無くなり体だけがもぬけの殻となります。
それでも本当に食べて良いですか?」
『…………』
「この身体はもう残念ながら元には戻りません。
このまま生きても貴女はずっと苦しいままです。」
『…………あなたは』
「はい」
『あなたは、たべたい、のでしょう?』
「はい。」
『そ、れは、だれでもいい、の?』
「いいえ。貴女のが良いです。
他の人に渡したくない。」
『…じゃあ、たべて。』
「いいん、ですか…?」
『気が変わらないうちに、は、やく』
「わかりました。では。頂きます。」


黒の花弁は、口に含んだ瞬間、彼女の玄関じゃない別の場所に飛ばされたような気がした。
包まれているような。彼女の声が反響する。
「ありがとう」
と。
幾つか声が聞こえる。
「私をみてくれてありがとう。」「愛してくれてありがとう」




        「わたしもだいすき」

⠀⠀


ハッとして意識を戻すと彼女はぐったりと私の胸に体を預けていた。


「寝てるんですか…?」
揺らしても返事がない。

「魂、無くなっちゃいましたか…?」
返事がない。

「…一華。」

「まだ私の名前、教えてないですよ…。貴女に呼んでもらいたかったのに。私だけ知ってるじゃないですか…。」
手元にある資料をぐしゃりと握る。
そこにはここへの地図と、育て者の名前と住所、電話番号までも記されていた。

「改めて自己紹介をしましょう。
私の名前は、ヒース。ヨーロッパの生まれなんです。
育ちは日本ですよ。だから日本語の方が得意なんです。」


「一華。好きです。愛しています。
私の中でずっと生き続けてくださいね。」

お久し振りです。memoです。
即興で書いたら止まらなくなってしまいました。

もし良ければ全て、花言葉に関連しているのでどの子がどの花のことなのか調べてみてください。

初めに決めてた事は出だしの分と、花に味があるということだけ。そこからこうなるとは自分でもびっくりしてます。少しでも気に入って頂けたら嬉しいです。

ヒースは一華にとっての悪でいこうと思ったのですが、悪になりきれませんでしたね。

書いていたらこんな時間。
朝から早いのでもう寝ます。起きれるよう頑張ります。ではみなさんもおやすみなさい。


素敵なお写真は
YUKARI 様からお借りしました。
ありがとうございました。

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