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耳鼻科で働いていたときの話~本物の社会的弱者~

#エッセイ #体験談 #弱者を喰い者にする者達 #昭和の悪しき遺産 #障害児は家の恥

もう10年以上前になるが、一時期耳鼻科医院で診療助手兼雑用のバイトをしていた事がある。診療助手といっても、医療関係の資格を一切持っていなくても出来る範囲内でも可能な仕事に限られていた。

ある日、60代ほどのふたりの姉弟の患者と、彼らの付き添いという5~6人ほどの中年の男女が診察にやって来た。

話を聞くところによると、姉弟は先天性の聾唖者で、完全に聴力がない。彼女、彼らの父親は1代で莫大な財を成した、元会社社長だった。だが会社社長というその父親は、聾唖者である娘と息子を疎み、一族の恥になるとして、ふたりを保育園にも幼稚園にも、聾学校(現在の特別支援学校)にも、小中高の間一度も【学校】に通わせなかった。

それだけではなく、聴覚障害児にとって必須となる手話さえ教えなかった。父親は、手話というものすら恥と思っていたらしい。

ーー時を経て、両親は亡くなったが、父親も母親も成人後見人すら姉弟に付けずに亡くなった。手話さえ習得させてもらえなかったどころか、読み書きさえ教えられなかった姉弟は筆談すら出来ず、ふたりだけでしか通じない独自の手話もどきしか使うことしか出来なかったが、ふたりだけの暮らしでは、それでコミュニケーションを取るには充分であり、父親がふたりのために建てた一軒家と、莫大な遺産とで、老後まで安泰のはずだった。

ーーだが、ここで大きな問題が起こる。どこからか莫大な遺産を相続した聾唖者の姉弟の存在を知った新興宗教の信者が姉弟を格好のカモと目をつけ、朝から晩までふたりの家に入れ替わり立ち替わり押し寄せ、お布施といってはその遺産を巻き上げるようになったのである。

世間体を気にした父親のネグレクトのツケが、回って来たのである。

幼児期ーーというより、ほとんど新生児の頃から家の中に監禁されているに等しく育った姉弟は、彼らが何をいっているのかも、自分達が金を巻き上げられていることさえわからない。

やがて、その噂は近所に広まった。

幸いにも姉弟はどこかの町内会に属していたらしく、ふたりが新興宗教団体に金を巻き上げられていることはすぐさま明るみになった。

見るに見かねた町内会の面々が、ふたりがこれまで巻き上げられた金を取り戻そうと相談を重ね、募金のような形で多額の費用を集め、新興宗教団体との金銭トラブルに強い弁護士を雇った。そして弁護士のアドバイスにより、まずは姉弟が完全な聾唖者であることを証明するため、聴力検査を行って下さいと言わて医院を訪れたと、そういうワケだった。

だが、聴力検査はまったく出来ずに終わった。

皆さんも、小学校時代に身体測定で聴力検査を受けたことがあるだろう。ヘッドホンをつけ、高音と低音それぞれ、ピー、という音が聞こえたらボタンを押し、聞こえなくなったらボタンを離す、あの検査だ。

しかし筆談さえ出来ない姉弟には、支援者達がいくら身振り手振りで説明しても、その検査のやり方さえ伝えられず、検査は失敗に終わった。

このような小さな医院では検査が出来ないとして、院長先生は大学病院への紹介状を書き、そこでの脳波検査を薦めた。その大学病院での脳波検査なら、姉弟が完全な聾唖者であることを立証出来るとのお墨付きで。

それきり、その姉弟と支援者達は再来院することはなかったため、その後のことは何もわからない。

約10年前に姉弟が60代半ばぐらいだったことを考えると、姉弟は私の両親より1まわり半上。かなりおおざっぱに計算すると、姉弟は私の両親、姉弟の両親は私の祖父母くらいか。

これほど最近まで、何らかの身体障害者が 「家の恥」扱いされていたわけである。

それは時代錯誤のように思えるが、らい(ハンセン病)予防法が廃止されたのも、優生保護法が廃止されたのも、実はつい最近のことなのだ。

これらの件を例にすると、私は障害者より健常者の人間の方が、よほど恐ろしく感じる。

【異質な者故に隔離せよ】        【異質な者故にDNAを残せぬよう去勢し、避妊手術させよ】

ーーこれがらい(ハンセン病)予防法と優生保護法の共通点である。

何らかの伝染性感染症患者、精神疾患者より、そういった者を人々を忌み嫌う健康な人間、健常者の方がよほど恐ろしいのではないか?

そう感じる障害者は、間違いなく私だけではないはずだ。

そんな人間がコロナに感染し、何らかの誹謗中傷を受けたとき、彼らはこれまでの考えと、我が身をどう思うのだろうか。








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