ミャンマーが私の幸せのヒントをくれた話

会社員時代最後の夏休みにミャンマーへ行った。
金色に輝くシュエタゴンパゴタを見たかったから。


会社員だった頃は長期休みはいつも海外逃亡していた。
なぜ日本はこんなに息が詰まるのか。
よくわからないけど、環境の違う海外に行くとなんとなくいつも開放的な気持ちになれた。

当時、旅の目的地に世界遺産を組み込むのがマイブームで、
「キンキラキンの高い仏塔、萌える!」状態だった。

情報があまり無いことも旅行者魂を掻き立てた。
他の国よりも薄い情報誌を頼りに、
あれもこれもと目当てのパゴダを旅のしおりに詰め込んだ。


ミャンマーは時間がゆっくりだった。
この地球上では皆等しく時を刻んでいるはずなのに、
なぜか同じ1時間がゆっくりで味わい深かった。
ミャンマータイムとでも言おうか。


ヤンゴン早朝5時。
暑いから早めにシュエタゴンパゴダに行こうと旦那に提案。

朝早い時間にもかかわらず、参拝者で賑わっていた。


仕事に行く前にパゴダにお参りすることは
ミャンマー人の習慣だそう。

大切なものを大事にしている姿は神々しくもあり、
いいなぁと思った。

パガンにも遠出してたっぷりミャンマータイムを味わった。


ホテルにもらった地図にあるはずの道がない。

「絵的にたぶん、あの建物だよね?」

「とりあえず行ってみよう」


目的の建物に向かって道なき砂地を電動バイクで走る。

時々、足を取られて進まない。

思い通りに行かないことがこんなに楽しい。


もはや旅のしおりにリストアップしたパゴダを巡ることなど
どうでもよくなっていた。


お昼から家族で食事する人々。
店員とダラダラしゃべっている青年。
みんな今を楽しんでるし、瞬間を味わっている。


ミャンマータイムを感じたい。
カラダに覚えこませたい。吸収したい。

帰りの飛行機から見えた茶色く濁った水で溢れた川と緑の大地。
この大地に豊かな時間を過ごす人がいると思うと、羨ましく、
どうかこのままであってほしいと願った。

ふと視線をずらすと
同じように茶色と緑の大地を見ながら物思いに耽る旦那が居た。

「なに考えてたの?」

「どうしたらこの国が発展できるか考えてた」

発展ねぇ…。
むしろ、ミャンマーの人々には
「これからのスタンダードはミャンマータイムだ!」と
仕事に忙殺されてる世界にミャンマータイムの素晴らしさを知らしめてほしいくらいだ。


発展はこの国の人々の豊かさにつながるのだろうか?


ミャンマータイムに染まった休み明けの日。

人の動きの速さに驚いた。


不気味だったのは行き交う人に生気がないこと。


新宿駅東南口の行列は
ズサッ…ズサッ…と足を引きずる音が束になって聞こえる。
一糸乱れず、ズサッ…ズサッ…という音だけが聞こえる。

ため息さえ聞こえない。


あぁ、みんな魂をどっかに逃避させて人間の形をした塊にならないと生きていけないのか。

自分も生気のないみんなのうちの1人なんだと気づいた途端、息苦しくなった。


出来れば外で働きたくない。でもそんなのカッコ悪い。自分で自分の価値を下げるような事はしたくない。

働いても、仕事を辞めても、どっちにしろイマイチ。
一応、会社に所属していればキャリアとお金は手に入る。
だったら働いた方がマシかな。


息苦しい日々から逃げ出したくても仕事は待ってくれなくて、

抱えてたプロジェクトが佳境に入り、どんどん忙しくなった。


ここで強烈な違和感に遭遇する。


残業は当たり前で、定時上がりだったのが
22時退勤、23時退勤は当たり前になっていき、
旦那とすれ違い生活になった。


旦那は19時に家にいるのに
私はまだまだ会社…。


なんのための結婚なんだろうか。


私はまだ良い方で、
プロジェクト開始前から23時退勤が当たり前の人がいた。

その人たちは奥さんだけじゃなくて、小さい子供を持つ人が多かった。

ミャンマー人より日本人はきっとお金を持っているだろうし、インフラも整った環境にいる。
豊かである。

でも、家族より他人と一緒にいる時間の方が長いなんて、
彼らより豊かとは決して思えなかった。


自分の生活に強烈な違和感を抱えたまま、職場と家の往復を繰り返した。


ミャンマー旅行から帰って4ヶ月後、プロジェクトが終わって

久しぶりにまとまった平日休みを取れた。

ふと、昼ごはんにスープを飲みたくなって朝から材料調達に出かけ、
スープ作りに取りかかった。

昼から食べたいものを食べる贅沢。

とっちらかって、
隅にたまった部屋の埃を取り除く。


旦那が帰ってきた。

「今日は朝からじっくりコトコト、スープ作ったよー」

「うん、もう匂いが美味い」


「あー、美味いなあ。やっぱり君の作ったご飯は最高!」


幸せだ。

ご飯を自分と家族のために作って、一緒に食べる。
この生活が私の大切で、幸せ。

女性は働いて活躍しなければならないという
長い呪縛から解き放たれた瞬間だった。


「あのさ、会社辞めてもいいかな?」

「いいんじゃない、その方が君に合ってるよ」


呪縛から解放された私は即退職を決めた。


専業主婦になりたいから、
ご飯をちゃんと作りたいから、

などという、不思議な退職理由に上司がキョトンとしていたのを今でも覚えている。

会社を辞めてからは
時々短期のバイトをしたり、
念願だった1人旅も経験したり。


美味い美味いとご飯を食べてもらえる瞬間が一番嬉しいかもしれない。
私の場合、暮らしあっての仕事なんだと、ようやく気づけた。


最近、子供を授かったので、
私たち家族による、私たちのための新しいスタンダードを作ろうと胸を膨らませている。


子供が居ても世界一周。
子連れで短期留学したい。
子供が部活で忙しくなったら2人で旅行に行こう。

旅を軸とした夢を夫婦で語り合っている。



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