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咆哮戦記グリニアエ

 母は怯える僕の手に優しく温かい手を重ね、努めて明るく言った。「大丈夫よ」と。

  僕は避難民の列の中にいた。銃を下げる兵士、列の向こうに見える巨大な有翼の生物、全てが恐ろしかった。子どもにあれらが味方であるなど分かはずもなかった。
「進捗状況は?」
「あと10分で―」
列から少し離れたところで上官とその部下らしき人が話している。内容はよく分からなかったけど、何か悪い事が起きていることは分かった。
「分からん、レーダーから消えたとだけ―」
「来ているのですか?」
母が列からはみ出し上官へと詰めよるが、部下が小さく手を前に出して制止し、列へ戻るようにと促すだけでとりあわない。その時だった、はるか上空より振動が体を揺さぶり、辺りが暗くなった。皆が見上げた先にそれはいた、それは咆哮だった。

 途方もない有翼の生物。尾を撓らせ、風に乗る鷲のように旋回している。この影はあの生物の影だ。傍には一回り小さい二頭が同じように風に乗っている。それが有翼母艦グリニアエと、その娘にして姉妹、有翼護衛艦クオトとアオトとの出会いだった。

「吠えた。グリニアエが」
一人の兵士がポツリとつぶやき。そして堰を切ったように兵士達が慌ただしくなった。
「急いで!」
隣に立つ兵士達が輸送騎へ誘導する。僕達は訳も分からないまま不安と共に輸送騎へと押し込められていく。母は逸れまいと手を掴み、僕も強く握り返す。

 クオトとアオトが嘶くように吠えた。小窓からは彼女らが遥か山の方へ体を向ける様が見えた。何が起こるのは分からない。でも、彼女らがこれから何をするかはすぐに分かった。
「山が!山が動いている!」
 避難民の誰かが悲鳴のような叫びをあげ、震える指が、怯える目が、何かの存在を示した。
 木々が沈み、山肌が蠢く。恐怖が滲みだしている。無数の何かが土中より首をもたげようとしている。

 そしてグリニアエが記録に残る七回のうち、二回目の咆哮をあげた。

【つづく】

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