悪口の技巧:二つ穴要らずの呪い方
現代では、不用意な発言がメディアを通じて拡散されて、数百~数万にも及ぶ視聴者やユーザーから叩かれることがある。いわゆる炎上であり、雇用主やスポンサーに問題視されれば職を失うケースも珍しくない。
実際、ここしばらくのネット上の動向を見ても、SNSで不適切とされる投稿を行ったタレントが活動を休止したり、フリーアナウンサーが契約解除に至ったりといった事態が起きている。失言と失職がほぼ直結しているのだ。
あるいは、投稿が開示請求を受け、少なからぬ損害賠償金を支払わされることもある。これもまた本人にとっては高い授業料というべきだろう。
そうでありながらも失言や不適切発言は後を絶たない。手を変え品を変え多くの発信者が燃え盛っている。これは要するに、人間は悪口を言いたい生き物だからではないか。
平穏に過ごすためにもっとも大事なことは、そもそも人様を悪く言わないことだ。内心で思ったとしても口には出さない。ネットには書き込まない。それだけで平穏は高確率で約束される。
しかし、ときには何かを悪しざまに言いたいこともあるかも知れない。そうした場合に自制が機能しなかったとしても、せめて防御は固めておく必要がある。反転した呪いが自らに降り掛かってくるような言い方をするのは、悪手中の悪手だからだ。
そこで、炎上時代を生き延びるためのテク、悪口ハックみたいなものがあれば役立つのではないかと思った。いや、そんなもの役立たないほうがいいに決まっているのだが。
とりあえず主な言い回しテクを取り上げ、検討してみよう。
《テク① 主体性の排除》
批判にせよ悪口にせよ、やはり言い回しの技術はマスメディアに一日の長がある。もっとも多く見られるのが「主体性の排除」という方法だ。
たとえばこうした言い回しは、対象を責めようとする「発信者自身」という主体が巧妙に隠蔽されている。「言われても仕方がない」とは何なのか。「批判の声も上がりそうだ」とは上がっているのかいないのか。また、誰が批判の声を上げるのか。こうしたことが欠落した言い回しなのである。
主体を曖昧にボカすため、それを批判あるいは非難しようとする側も矛先が定まりにくい。あたかも幻術で相手の目を眩ませる術使いのように、一方的に相手を叩く手法である。
その身をエレガントに隠すのが、悪口のお作法なのだ。
《テク② 徹底した主体化》
やや意外なことに、主体化を徹底するとそれはそれで防御が高まるという面がある。
ある種の「被害者しぐさ」とも重なる手法で、相手にはめちゃくちゃストレスを与えることが可能だが、反撃は地味に難しいという特性をもつ。
ポイントは「悲しい/辛い」といった自らの心情にフォーカスするところであり、相手の発言や行動を直接攻撃してはいないので、言い返されにくいのが強みだ。その人がそう感じている、という事実は他者が否定できるものではないからである。
これを駆使すると、たとえば「生きているだけで偉い!」みたいな発言に対しても「生きていさえすれば偉いだなんて全然思ってもらえないことも山ほどあって、それが悲しい」のようなダル絡みができる。
《テク③ 主語の過大拡張》
主体性の排除は誰が言っているのかを曖昧にするテクだが、逆に誰が言われているのかを不明瞭にすることで責任から逃れる手法もある。
これはターゲットが自分の中で定まっている場合、攻撃としては迂遠になるのでストレス発散にはなりにくい。その反面、攻撃されている側も自分のことだと主張しにくいため、反撃のしようがないのが特徴だ。
不思議なことに、「タナカ部長は愚か」とか「エミコは消えちゃえ」とかだと誹謗中傷になり得るのに、その対象を広げれば広げるほど悪口とは捉えられ難くなる。レンジは拡大しているのに、だ。
おそらく対象を広げるほど、皆が「確かに人間は愚かだ(自分は除く)」のように自分を棚上げする結果、内包される毒が薄まるのだと思われる。
以上のように、言い方ひとつで反撃可能性は大きく増減する。
繰り返すが、平穏に過ごしたいなら他人を悪くなど言わないに越したことはない。
ただ、どうしても何かを吐き出したくなったときがあったならば、言い方によって自分を守れる可能性もある。
悪口のナイフは錆びていてはならない。
時には相手にも斬られたことに気付かせないのが、エレガントである。
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