「手を3回叩いてはならない」と言われたので、4回叩く
貴方は休暇を利用して、ある長閑な地方へと旅行にやってきた。木々の緑が深く、茸や川魚も美味しい場所だ。
初日の昼過ぎ、村落を散歩していた貴方は、皺だらけの老婆に出会い、こんなことを言われる。
『――村はずれの祠の前で、決して手を3回叩いてはならぬ。もしそうしてしまったならば、恐ろしい呪いが降りかかるであろう』
その後、なんやかんやあって次の日の黄昏時、貴方はたまたま村はずれまで足を運び、祠の前で3回、手を叩いてしまった。
このままでは恐ろしい呪いが降りかかってしまう! そこで貴方は即座に一計を案じた。もう1回、手を叩いたのだ。これで、3回ではなく4回手を叩いたことになるので、呪いは成就しないはずである――。
はい。といったところで今回の話が始まる。
この場合、「4回」手を叩いた「貴方」は果たしてセーフなのか否かという問題である。実際、どうなんだろう。
この設問には大きく分けて2つの解が考えられる。
まず挙げられるのは、4回だろうと5回だろうと、少なくとも3回は手を叩いているわけだから、その時点で呪いの成立条件は満たしており、呪いからは逃れられない、という答えだ。
次に、呪いの成立条件はあくまでも「3回」手を叩くことなので、4回以上叩いた時点で条件から外れる。したがってセーフなのだ、という答えが挙げられる。
このどちらなのか。
すなわちこれは「4回以上」という条件が「3回」という条件を含むものなのか、それとも両者はまったくの別概念なのか、という問題なのである。
もし「3回を超えて」手を叩くのもアウトなら、4回だろうと5回だろうとダメなのは言うまでもない。しかし、もしそうであるなら最初から「手を3回以上叩いてはならない」と規定すべきなのであり、敢えて「3回」としているからには、4回から先は排除する趣旨と解釈するのが妥当なのではないだろうか。
ここで面白いのは、「手を3回叩いたらダメ」と言われたときに、受け取り方が人によって異なる点だ。
すなわち「2回までなら叩いていい」「4回以上叩くのは構わない」と解する人がいて、因習ルールを定めるにも一筋縄ではいかないことがわかる。
「3回」と「4回以上」の関係性が難しいのは、包摂関係がわかりにくいからだ。たとえば、「人に暴力をふるってはならない」というルールがある中で人を殴ったとして、「暴力をふるう」と「殴る」は純粋にイコールではないが、暴力をふるう行為の中に殴る行為が含まれるのは、解釈として特に争いが生じるものではないだろう。
他方で、「3回」と「4回以上」だと様相が異なる。確かに3回を通り過ぎなければ4回から先へは至らない。しかし、4回、5回、6回~のほうが3回よりも広範な概念かと言われると、首を傾げたくなるのではないか。
数直線的に考えると、3回から先がすべて呪われる対象なのか、それとも1回・2回・3回・4回・5回~とある中で、3回の部分だけがスポット的に呪われる対象なのか、というイメージの違いになる。
ちなみに、3回以上なら4回でも5回でもダメだという場合、どうして呪いの条件を「3回以上」とせずに「3回」と設定したのか? という疑問に対しては、もうひとつの解があり得る。
それは、3回で呪いが1セット発動するのは確定として、6回手を叩いたら2セット、9回叩いたら3セット分の呪いが発動するというパターンである。これなら「手を3回叩くごとにそれぞれ呪いが降りかかる」ことになるわけで、「3回以上」とはまったく異なる条件として成立する。
以上を踏まえると、わたしの考えとしてはこうだ。
祠の前で4回手を叩いた貴方には、3回手を叩いた時点で1セット分の呪いが降りかかり、4回目以降はリセットされ、2セット目の呪いの成立条件としてカウントされる。
したがって、慌てて1回分だけ手を叩く回数を増やしたとしても、呪いを回避することはできない。宿に戻ったらタンスの角に小指をぶつけるかも知れないし、何気なくカメムシを踏んづけてしまうかも知れない。恐ろしいことだ。
より悪質なことを仕出かすことで、それより軽い禁止ルールには抵触しないのだ、という類の屁理屈を唱える人間にも、このように説いて聞かせるといいのではないか。
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