今に感謝。左片側顔面麻痺(ベル麻痺)を経験して②
ごあいさつ
Gender&Diversity Lab Melatiの新津茉莉花です。今日は積もった雪が光を反射して、いつもより外が明るい感じがして嬉しいです。
前回から突然顔の左側が全く動かくなるベル麻痺の経験について記事を書いていて今日はその2回目です。1回目の記事に書いたように、私が、ベル麻痺を通して伝えたいことは、「今ある日常やあたりまえのことこそが、尊いことでそれにこそ感謝だね」ということです。
(1回目の記事はこちら↓)
1回目記事
前回は、コートジボワールの自宅で朝目が覚めた瞬間に「今、帰らないとだめだ!インドネシアに今行かないとだめだ!」と不思議な、非常に強い直感を感じ→すぐにスーツケースにありったけのものを詰め、空港へ向けて出発した、というところで終わりました。
続きを書いて行きたいと思います。
続き:空港へ向かう
空港へ行く途中、タクシーに待っていてもらい、パソコンを取りに事務所に立寄った。早朝6時くらいなため、誰もいない。自分のデスクで必要なものをカバンに詰めて事務所を出ようとしたとき、1人の同僚が出社してきた。違う部署のP4レベル(管理職、課長くらい)の男性。挨拶をする。
彼:「もうよくなったんだ!よかったね。」
私:「はい、お陰様ですっかりよくなりました。今日から夏季休暇で夫の住むインドネシアに行ってきます」
彼:「よい休暇を!」
彼に手を振って、急いでタクシーに戻った。
これがこの事務所に来る最後の日になるとはこの時は知らず、本当に軽い「行ってきます!」という感じの日常の挨拶だった。
ちょうどストライキか何かの日で、道がすいていて、空港には予想していた時間より早く到着した。タクシーの運転手さんにお礼を言った。
飛行機が遅延
航空会社はエチオピア航空とシンガポール航空
<エチオピア航空>
コートジボワール(アビジャン)→エチオピア(アディスアベバ)
エチオピア(アディスアベバ)→シンガポール(チャンギ)
<シンガポール航空>
→シンガポール(チャンギ)→インドネシア(ジャカルタ)
アディスアベバ行きの便の到着が遅れているとのこと。
飛行機の到着を待つ間、上司に連絡をして、「退院できてよかった。家族に会ってゆっくりしてきてね。」と言ってもらった。パソコンでたまった仕事のメールを返しまくった。
フライト情報のアップデートがまったくないまま搭乗予定時刻から4時間半が過ぎたころ、ようやく飛行機が到着。そこからまたけっこう待って、やっと搭乗することができた。
アディスアベバにて
アディスアベバに着いた。
次はアディスアベバ→チャンギ便。どうやらこの便も遅れていて4時間半は遅れるそう。
空港スタッフとのやりとり。
私:「私、チャンギから乗り継ぐことになっているんですが、アディス→チャンギ便が遅れているので、チャンギ発の便乗れないと思うんですよね。振替とかできますか?」
空港スタッフ:「このままだとあなたがチャンギで搭乗予定の便はあなたが着いた頃、すでに出発しているはず。翌日の便に振替だと思う。」
私:「空港会社さんの都合での遅延による振替なので、チャンギでホテルの手配はしてもらえますか?」
空港スタッフ:「ここじゃあシンガポールのことはわからないから、現地で聞いて。」
私:「わかりました。」
想定内。こういう対応は海外だとよくあることなので、想定内。怒りもしない。まあなとかなるよ、と思って、今できることをする。
遅延者用のミール(食事)を配っているという情報を得て、もらう列に並ぶ。空港が混んでいて座る場所を見つけるのが難しかったが、何とか椅子を見つけて、一人でミールを食べる。
この時点で、家を出発してから16時間経過していた。まだアフリカ大陸から出られない。ああ、遠きアジア。
ムショーに体が疲れたことを感じた。
アディス→チャンギ便:口の左側に食べ物がたまる現象。涙もでてくる。
ようやくようやくようやく、アディス→チャンギ便に乗ることができた時は、ホッとした。アディス→チャンギ便に乗っている時の記憶はあまりない。心身ともに限界。
機内サービスのミールを食べる時、口の中でなんか左の方に食べ物がたまっているなと思った。食べ物を口の中心に戻そうと思っても舌で戻せなくて、指で戻した。それが何度かあって、なんか変なのーと思って過ごした。
チャンギに着く前になって、やたら左目から涙が出てくることに気づく。きっと長時間のフライトで目が乾燥してるんだろうなと思う。
チャンギに到着
チャンギに着いて、空港に降りたった瞬間、泣きそうになった。なんか直感的にああ、助かった、と思った。
チャンギ空港は、非常に近代的で、照明も明るく、ごみはなく、お店では様々な物が売られていて、人々は秩序をもって歩いていて、アジア人が多いから私が歩いていても知らない人に「アジア人」とバカにされることはない。
安堵と嬉しさ。
空港スタッフが待っていてくれて、「ジャカルタ行きの方はこちらです」と大きな声で教えてくれた。
マレー系の方々数名と一緒に、空港スタッフに連れられてジャカルタ行の便の搭乗ゲートに案内された。
空港スタッフに連れられてチャンギ空港を早歩きで移動している時に、どうも左目からの涙のせいか、全体的に視界がぼやけていた。
シンガポール航空客室乗務員さんの対応の素晴らしさ。
幸運にも、シンガポール航空チャンギ→ジャカルタ行のすぐに出発する便に振替にしてくれたみたい。ほとんど待つことなく搭乗して、すぐに飛行機は出発した。
私が指定された席はたまたま、ビデオシステムがうまく作動しなくて、画面に何も映らない。それをCAさんに伝えると、「申し訳ありません。すぐに他の席をご用意しますね。」と笑顔で対応してくれた。ビックリ!!!!!さすが!このホスピタリティ。感動してしまった。
実は、コートジボワールの空港を出発する際、エチオピア航空スタッフの方に、座席のクラスをエコノミーからビジネスに変更してもらえないか交渉をしていた(もちろんその分の料金は払うから、と)。普段はビジネスは乗らないが、この時ばかりは、前日に退院したばかりだったから長時間のフライトで少しでも体を楽にしたかった。
しかしスタッフには、「そんなの無理だ、あっち行け」と、ひどい剣幕で怒鳴られて終わった。
こういうのは慣れているから、普段なら、言い返してどうにかするが、その時私は、ちょっと疲れていて引き下がってしまった。結局座席を変えることができなかった。(しかもその後、空港セキュリティスタッフ(かばんの中身を見る人)に賄賂を要求された。国連公用パスポートを見せたら態度を急に変えて、通してくれた。嫌だね、こういうの。)
ジャカルタに到着
ジャカルタに到着。コートジボワールからインドネシアまで来るのに、1日半?2日?かかった。本当に疲れた。
タクシーを乗り継いで、家に戻った。
夫と再会。
嬉しかった。
少し休んで、二人で近所のスタバに行った。久々のスタバ。
インドネシアに住んでいた時には毎日のように行っていたスタバが、こんなに、貴重に感じてこんなに嬉しいのか。
その後二人で、スタバと同じショッピングモールに入っている串むすびという日本食居酒屋に行った。
待ちに待った!!久々の夫とのごはん。久々の日本風の居酒屋。
それだけで嬉しすぎて泣きそう、というか、泣いた。
その日は、楽しく過ごし、就寝。
朝起きると、とんでもない事態になっていた。
(続く)
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