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あれから37年、岡田有希子さんを偲んで(佳桜忌)

衝撃のニュースからもう37年。
当時自分は大学1年で、昼ぐらいに次の授業が体育だったので、学校近くの友人の家で着替えさせてもらっていた。
その時テレビで流れてきたニュース、まさに衝撃だった。
当時「ああ可愛い子だな」と位にしか思っていなかったが、同い年だし、だんだんファンになっていった。その矢先の出来事だった。
「ああ、一人のアイドルが亡くなってしまったんだ」その時はそう思った。だけどその後後追い自殺など社会問題になったと聞き、事の大きさを実感した。
それから30年余り、自分は彼女のCDも買わずにサブスクで聴けるようになって、この季節になると全曲リピートで聴くことになる。
今年の4/8の命日は週末ということも重なって、四谷四丁目の現場に行くことにした。でも行くかどうかは散々迷った。行ってどうなるのか。直接本人に会えるわけではない。でも、あのときの事実を同様に想った人たちと共有できればと行くことに踏み切った。
毎年12時15分に黙祷が行われるらしいので、その1時間ちょっと前に現地についた。
彼女が倒れていたその場所には、その後植え込みが作られたらしい。その植え込みに花束が10個くらい置かれていた。

到着直後の花束
こんな高いところから…、怖かったに違いない

このときは、ああもう37年も経っているのだから、こんなもんなのかなと思っていたら、黙祷の時刻が近づくにつれて、花束の量が増え、写真パネルも飾られるようになった。

どんどん花束が増える

交通整理のお兄さんがいて、交差点でもあるため歩行者や何も知らずに通行する人たちの整理にあたっていた。
そして12時15分の黙祷。この時人は100人くらいいたと思う。未だにここまで人が集まるということは、やはり愛されていたんだなあと実感する。
黙祷が終わると解散。花束は一部のファンの方が、ユッコが眠る名古屋のお墓に持っていってくれるそうだ。
自分はすぐに地元に戻ろうと思ったが、隣りにいた女性ファンの方と現場隣のビルの地下のバーで、「四谷佳桜忌」

といって、彼女の曲を流して追悼するというというので、そこに行った。
店内でDJの方がいて、ほぼ全曲アナログ盤で曲を流して、ユッコの生前のビデオが映されていた。可愛い、今見ても可愛い。


そこで1時間余呑んで過ごして、新宿駅までその女性ファンの方と歩いてお別れした。次はユッコの誕生日にお墓参りに行けたらいいねと約束して。

最近有名人が立て続けに亡くなり、故人や自分の今後のことを考えるようになった。自分が亡くなったら周りはどうなるのだろうとか、自分の所有している自転車やギターはどうなるのかとか。自分が何を残せるのか。
とりあえず今を精一杯生きるだけと考えた。

#岡田有希子 #ユッコ #故人 #故人を偲ぶ #アイドル

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