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それでは二人組を作ってください

先に言っておく。缶ビール片手に書いている。
お酒に弱いほうではないけれど、保つべき理性は保てるタイプだけど、え〜理性なんて保たなくてよくな〜〜い????となってしまうタイプだ。だからこれはいつか消すかもしれない消さないかもしれない分からない。ほろ酔い女の戯言として流してほしい。

🕊

来年を目処に結婚を考えている恋人から、「ちょっと真面目な話があるんだけど」と持ちかけられた。姿勢を正す。

「実は、転職活動をしてて」
「え、」

話を聞けば、彼がずっと愛してやまない団体( 音楽グループとかお笑い芸人とかスポーツチームとか、そういう華やかな括りのものを想像してもらえばいいかと思う ) の裏方として運営チームに入るチャンスなのだという。とはいえ名の知れた団体なので、どうせ選考で落ちるだろうと思いつつ話題作りくらいの軽い気持ちで応募したら書類選考、一次選考と通過してしまい、おそらく次が最終選考なのだと。とはいえ、いざ通ってしまうと躊躇ってしまい、選考を断るかとまで悩んでいると。

彼の熱愛っぷりを知る身として、そりゃ自分が同じ立場でもそうするわなと思った。わたしだって好きなアーティストや俳優、カメラマンや陸上チームを自分のスキルで支えられるなら志望するだろうと思うから。

「なんで悩んでるの?あと、今欲しいのは傾聴や共感?それとも意見?」
「悩んでるのは収入が減ることと勤務地。聞いてほしいし率直な意見もほしい」
「了解」


すこし黙る。言葉を選んで、誤解の無きよう伝われと思いながら、すこしずつ話した。

「……率直な感想は、ふたつあって。
ひとつは、そんな二度とないチャンスなんだから何も躊躇わなくていいじゃん。やらないで後悔するよりやって後悔したほうがいいよ。選考を断るのは勿体ないと思う、ということ。
この先いまの仕事で嫌なことがあったとき、『あのとき選考蹴らなかったらどうなってたんだろう』って、選ばなかったほうの人生を嘆いちゃうと思う。それは、悲しいことじゃないかなあ。
もうひとつは、…その、あなたにとってその団体は大事な存在な訳じゃない?仕事にしたら絶対嫌な思いも辛いこともあると思うんだよ。それで、そんなに好きな尊いものを嫌いになってしまうんじゃないかなって、それだけが心配。


お金や住む場所はどうにだってなるよ。というか、どうにか一緒にするよ。そうさせてよ。そういう気持ちじゃないのは分かってるし正しい言葉が選べないけど、わたしの存在をあなたの選択の障壁になりたくない」


「…なるほどね、」

いつになく真剣な顔をして、それから彼がすこし泣きそうな顔で、わたしの言葉を咀嚼しているのがわかった。


「…今の仕事がしんどかったらこんなに悩まないと思うんだ。でも今の仕事に大きな悩みはないし、ライフワークバランスも性に合ってる。タフじゃない自覚がある身としては、この生活は崩したくない。それに、あなたとの生活も僕は考えたい」

まっすぐ彼がわたしを見る。そして、続きを織る。

「25歳の独身の頃だったらこんなに悩まず転職してたと思う。でも障壁に思ってる訳では決してないけど、あなたがいるから悩んでる。

良くも悪くも1番はあなただから。
どうなろうと、絶対にあなたのことは不幸にしないから。それだけは約束する」

そんなことを話してくれるものだから、泣きそうになった。


双方にとってお互いが1番だと胸を張って言える人がいなくなったのはいつだろう。友達はそれなりにいたけれど、彼ら彼女らのなかで自分が1番だとはいつのまにか思えなくなった。たとえば「二人組を作ってください」と言われたたして、パッと迷わずお互いのほうへ駆け出せる相手なんて、いただろうか。

自分だけが好きなのではないか、自分以上に心を傾けている存在が他にいるのではないか。男女問わず、誰に対してもそんなふうに思いながら生きてきた。そういうものだと思っていた。

けれど、生活を見つめたときに、あらゆる選択肢を除けてもわたしという存在を残してくれる人がいることが嬉しかった。同時に、なんの迷いもなくすんなりと「この人が選ぶ道を一緒に正解にしたい」と思えたことが嬉しかった。

ずっと、確固たる「1番」を選び合う存在が欲しかった。二人組を作ってくださいと言われたら迷わず駆け寄れる人が欲しかった。
かつてそんな話をしたら、「それが結婚するってことなんじゃないかな」と彼が言っていた。ほんとうにね。そうなれるのかしら、わたしたち。


正直、今の生活は好きだ。
職場が好きだし仕事が好き。職場から今の自宅は近いし、一人で暮らす家は好きなものしか詰まっていない。一人暮らしは気楽だ。好きなものを食べ、好きなときに寝て暮らせる。お金のかかる趣味がないので欲しくなったものはたいてい決断さえすればエイヤッと強気でクレジットカードが出せるし、ぽんとワンクリックで大きな買い物だってする。きっといつかこの日々が恋しくなるときが来る。

それでも、たとえ職場が遠くなり睡眠時間が減るとしても、自由な時間が減るとしても、家賃が上がって貯金が貯まらなくなるとしても、それより彼との生活を優先したいと思った。この人となら迷わず不幸になれると思った。

幸せにする、と言われるより、不幸にしない、と約束されることのほうがずっと嬉しかった。不幸になってもいいから一緒に生きてこうよと思えたことが、それ以上に嬉しかった。

「突然驚かせてしまってすみません。真剣に前向きに考えてくださってありがとうございました!
最大限悩んで自分で判断したいと思います。」

「自分事になるとネガティブになってしまうと思うので、せめて1番近い外野くらいポジティブでいさせてください!どっちでも大歓迎です。」

彼がどちらの道を選ぶにせよ、このやりとりだけは覚えていたいと、そう思う。
これからの生活で二人組を作ってくださいと言われても、わたしは迷わずにきっと駆け寄っていける。





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