【おまけ】友松円諦

こんばんは。じょーどの赤坂です。

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谷口摩耶『祖父からの授かりもの』(朝日新聞社・2008年)

この本は友松円諦先生の孫娘である著者が、祖父友松円諦の生涯とその時代を書いたもの。最近奇跡的に600円で買えました。思わず感動。それにしてもアマゾン中古は高すぎますね、気軽に読めないのが辛い。大正大学の図書館にも入ってない。


友松円諦先生は浄土宗僧侶ですが、ちょっと異色な人物だと思います。NHKラジオ放送「法句経講義」や真理運動、神田寺の建立など、昭和仏教界の主人公みたいな人です。

法然上人鑽仰会が「法然に帰れ」だとすると、真理運動は「釈迦に帰れ」で、ある意味、真逆な関係。この鑽仰会を創設した真野正順と、真理運動を興した友松円諦は旧友でありながら、袂を分かってしまいます。このあたりは又、きちんとまとめたいです。

とはいえ、友松先生は子供が生まれてすぐに留学したり、一年の半分以上を外で講演等したり、あと歴史ある住持していた寺院を「神田寺」にしちゃうし、浄土宗を一回抜けちゃうし、今の時代からすると本当むちゃくちゃしてますね(笑)


この本を読んでも、家族や親類、また身近な回りの方の支援や苦労があったからこそ、激動の時代にこの偉業が出来たのだと思います。あと研究を支援してくれたパトロンの存在も大きいです。

ただ、何よりも、

遠い昔、円諦が名古屋の生家から深川の寺へ養子に出され、その後、帰りたくても母親からは許されず、むしろ「僧侶が嫌なら、自分が好きになれる僧侶になり、好きになれる寺を作りなさい」と言われたことを思い出し、〔神田寺の建立を〕実行に移すことにしたのです。(102頁)〔 〕は補足。

との実母からの言葉が、友松先生の生涯にわたって突き動かした原動力だと思います。書斎の壁には実母の写真が掛けられていたそうです。


今一度わたしたちは「自分が好きになれる僧侶」になれているか自問自答しなければいけません。友松先生の人生からは学ぶべきことが多いです。先生の本で積んでいるものもあるので、またそっちで色々書ければと思います。

ちなみに私は先生の『我等の希念する浄土教』が大好きです。若き日の真理運動を始めるずっと前の本です。先生からすると壁に埋めたい本です。
先生には悪いですが、デジタルコレクションで読めます。是非。

ではまた。共生合掌。

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