【エッセイ】自分に降参した話
思春期から去年までの約10年間、いつも黒くやるせない気持ちを纏っていた。それは都会に行けば白に塗りつぶせると思ったし、恋人ができれば愛で完成されると思っていた。
実際は、都会に住んでも恋人ができても何ひとつ変わらず黒い纏いが重りのように足を留まらせた。
やりたい仕事もした。
人生で一番好きな人と交際をした。
住みたいところに暮らした。
それなのに、満たされるよりも心が自分と離れていく怖さが増すばかりだった。
何もかもを捨てて、田舎に戻り恋人とも別れて生きているのかもよくわからないまま、内観を続けた。
外も人もこわくて、色んなことを試しても変わらずに、
「何をやっても変わらないなら全部意味がない」
と思った。
泣いて、泣いて、
それでも諦めたくなかった私は、部屋にある本を貪るように読んだ。
その本には
「愛とは変えないということです」
と書かれていた。
私はずっと今ここにいる自分を否定し続けていたのだと気づいた。
それは愛ではなくただのプレッシャーだった。
だからもう、自分に降参している。
今以上の自分なんていないのだと思う。
それを理解してからは、纏っていた黒いものが薄く透明になっていった。
仕事やパートナー、その他もろもろの付属品を自分の価値として扱っていたことが、私にとって一番苦しいことだったのだと思う。
セルフラブは、ひとりで人生を生きろということではない。
自分が自分を受け入れてケアをする。
好きなものを集めて生活に取り入れていく。
様々なコミュニケーションをとり、たくさんの依存先をつくる。
そして何よりも、
自分が持てる以上の能力を持っているふりをしないこと。つまり、自分じゃない自分を演じないことだと思う。
出来ないことがあるから、人を頼ることができる。素直に弱さを見せてもいい。ひとりでは生きられないことは喜びでもある。
自分と同様に、家族も友達もここで出会う人も、今いるあなたをただ認識したい。
最後までありがとうございます。
またお会いしましょう💐
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