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ニルバーナ村牧場の食卓

 牧場の名前がニルバーナ村牧場になった。一緒に暮らす歩さんが決めてくれた。
 この、大家とベビーシッターと小作人の3世帯が同居する江戸時代的で奇妙な暮らしの中で、食事は当番制になっている。当番の日は歩さんも朝、昼、晩と作ってくれて、中国に渡っていた経験から本場の料理の味を再現してくれる。中国版お好み焼きのような料理や、本来の作り方にこだわった満州に伝わる水餃子や、牧場が忙しい中15分ぐらいで作る余り物をアレンジした料理も野菜そのものの味を引き立たせた本当に美味しいものの味がする。



 歩さんのパートナーのななせさんは、いおちゃんとれいちゃんが夜中に起きてしまうので、もう3年近くまともに眠れていない。だから体調を崩しやすく、しかもこの時期は花粉症にも悩まされて辛い状況が続いている。けれど、その中でも夜なべして仕込みながら作ってくれる料理は丁寧でじっくりと味が染み込んだ深い味わいだ。




 ベビーシッターで人形作家の桃ちゃんは、子供たちを見ながらどこか懐かしいと感じてしまうような、胃袋を掴まれるとはこのことか、と思ってしまうような優しく暖かな料理を作ってくれる。桃ちゃんの娘の陽菜ちゃんは花を摘んで食卓を彩ってくれたり、食料や食器の居場所を作って整理整頓してくれて、その陽菜ちゃんと一緒に作ってくれたコロッケパパンは(いおちゃんがそう呼ぶからパンのことをこの牧場ではパパンと呼ぶ)パパンも手作りで、しかも肉を包丁で挽肉にするところから作っていて味や暖かさの中にそれが生まれるまでのストーリーも感じられてとても幸せな気持ちになる。

 これからも、生きていくということは何かを食べなくてはいけなくて、でもそれはただ摂取していくということとは違うと思う。それだけでは何かが足りない。
 寒い日は、身体が温まるようにと生姜や根菜を多くしたり、疲れが溜まっている日には消化に良いものを。今まで全く違う人生を歩んできてたまたま出会って、同じ食卓を囲むことになって、体質も味覚も好みも違うけれど、それぞれがそれぞれの為に出来る範囲で相手のことを想いやっていく。そうして少しづつ、やらなければいけないことに埋もれてしまう日常に少しでも空白が生まれて、この牧場に暮らす全ての生き物が健やかにやりたいことが出来るようにと、今日も食卓を囲んでいる。


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