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山について

 山から甘い香りが漂って、姿は見えないけれど花が咲いているのだと思った。柑橘系の匂いに似た澄んだ香りだ。
 初め山は怖い存在だった。獣、倒木、土砂崩れ、舗装された世界とは全く違うコントロールされていない世界。その不確かなものと対峙するといつもどうして良いかわからない。立ち尽くしてしまう。
 でも、恐怖というのはいつも『知らない』から感じるもので、大抵の場合知れば少しづつ怖くは無くなる。人間もその人となりを知れば、怖く無くなる。だから、知ろうとする。その姿勢を作り続ける。
 初めは恐る恐る、山に入って土を取ったり、原木を切って椎茸の菌を打ったりしているうちに少しづつ山のことがわかってきた。踏んでも大丈夫な場所、もっと言えば、木の根がどこまで張っていてどれだけの土を掴んでいるか。朽ちている木とそうでない木、何を支えにしたら良いか。そうやって見えない部分も失敗しながら学んでいく。

 この前クヌギの木を伐採する時に、蔓が絡み付いているのを見落としていた。重心を変えられた木は倒れたい方向とは違う方向へ倒れ、蔓にぶら下がるような格好で宙に浮き半円を描きながら遠心力で隣の木に激突した。そのあと、周りの蔓を切って事なきを得たが、倒れる方向が自分のいる場所だったらと肝を冷やした。木を切る時は逃げ場を必ず作るけれど、大抵の場合足場は不安定だから、逃げる方向にある石を一つ見落とすだけでも文字通り致命的だ。今回は運が良かっただけなのだろう。疲れたり、精神的に参っている時は見落としが多くなる。集中する。集中しようとするのではなくて、そんなことも考えないぐらい集中する。


 長く放置された山だから、蔓が多くの木を飲み込もうとしている。そのまま放置すれば木は大きく育たず痩せた山になり、土砂崩れや倒木によってより危険な山になる。
 このままいけば人口も減り続けているこの辺りの山は次第に人が踏み入ることが出来ない山になっていくのかも知れない。それはそれで良いことのような気もするけれど、もう少し山の恩恵を受けさせて貰いたい。
 
 



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