詰みとステイルメイトは別物

バーチャル詰将棋作家の駒井めいです。
今回は詰みとステイルメイトの違いについて書いていきます。


1.詰みの誤解

あなたは将棋における「詰み」を説明できますか?
大半の将棋指しは「詰みとは〇〇です」と説明ができるでしょう。
「その認識は本当に正しいですか?」というのが本記事の趣旨です。

実際に局面を見てもらいましょう。

後手が△2八銀と指した局面

後手が△2八銀と指して、先手の手番になった局面です。
これは「先手玉が詰んでいる」と皆さん答えると思います。

では、次の局面はどうでしょうか。

後手が△3八銀と指した局面

後手が△3八銀と指して、先手の手番になった局面です。
これは先手玉が詰んでいるでしょうか?
王手が掛かっているか否かの違いはありますが、何を指そうとしても反則になってしまいます。

結論から言うと、二つ目の局面は「詰み」ではないのですが、これを「詰み」と誤解してしまう人が一定数います。

2.詰みの説明

何故こういう誤解が生まれてしまうかには、いくつか理由があります。
正直「誤解している人が悪い」とは言い切れない状況があるのです。

2.1 デジタル大辞泉での説明

まずは国語辞典でどう説明されているか見てみます。

【 詰み(つみ)】
将棋で、詰むこと。王将がどこにも逃げられなくなること。

デジタル大辞泉(小学館)

驚くべきことに国語辞典が間違っています。
次の局面を見てください。

後手が△2八歩と指した局面

後手が△2八歩と指して、先手の手番になった局面です。
当然▲2二金と指して後手玉が詰み。
・・・なのですが、デジタル大辞泉の説明だと、後手が△2八歩と指した局面で先手玉が詰んでいることになってしまいます。

2.2 日本将棋連盟HPでの説明

では、日本将棋連盟のHPでどう説明されているか見てみます。

将棋は、先手と後手が交互に指し、最終的に相手の玉将を取ったほうが勝ちとなります。ただ、実際に玉を取るまでは指しません。相手が何を指しても次に玉を取られる状態を「詰み」といいます。「詰み」になった時点で将棋は終わります。
・・・(中略)・・・
なお、次に玉を取ろうとする手の事を「王手」といいます。「詰み」は防ぎようのない「王手」とも言えます。

日本将棋連盟HP:将棋の基礎知識 本将棋 4.決着のつけかた-王手と詰み

詰みには二つの条件が必要なことが読み取れます。

① 相手が何を指しても次に玉を取られる。
② 相手に王手が掛かっている。

読み取れるのですが、この文章は非常に誤解を与えやすい構成になっています。

相手が何を指しても次に玉を取られる状態を「詰み」といいます。

と書かれた後に、少し進んで

「詰み」は防ぎようのない「王手」とも言えます。

という記述が登場し、王手が掛かっている前提の話だったことが、後になって判明する構成になっています。

将棋のルールを説明しているサイトはいくつかありますが、

① 相手が何を指しても次に玉を取られる。

という条件のみを「詰み」だと説明しているものもあります。
これも「詰み」を誤解させる原因の一端を担っています。

これら複数の理由によって、最初に説明した図を「詰み」だと誤解する人が出てくるのです。

(再掲)後手が△3八銀と指した局面

3.詰みの定義

日本将棋連盟編集の将棋ガイドブックでは、以下のように「詰み」が定義されています。

一方の側が玉以外の駒の利きを敵玉の存在するマス目に合わせるような指し手、つまり玉に取りをかけることを“王手”といい、かけた側から見れば“王手をかける”という。王手をかけられた側が、その王手を次の一手で解除することが不可能になった状態、つまり次にどのように応接しても玉を取られてしまうことが防げない状態を“詰み”といい、玉側からみれば“詰まされた”という。

日本将棋連盟編 将棋ガイドブック 15 王手と詰み

該当部分はWikipediaの「詰み」のページにも記載されています。

Wikipediaの「詰み」のページでは、「詰み」を以下のように定義しています。
本質的には同じ内容ですが、こちらの方が整理されているので分かりやすいかもしれません。

立場を逆に考えた場合、次の3つの条件が全部そろった時が「詰まされた」状態である。
・自分の手番である。
・相手に王手されている。
・合法手がない。つまり、反則にならずに次に動かせる(打てる)駒が一つもない。

Wikipedia 詰み

要は「王手が掛かっている」かつ「合法手がない」という二つの条件が必要です。

(将棋ガイドブックの定義は間違っていないのですが、「玉取り」に関する記述のせいで「王手駒がピンされている場合は実は王手ではない?」という誤解を生む可能性があり、私は良い説明文だとは思っていません。)

4.ステイルメイト

先程から何回か登場している局面を再び見てみます。

(再掲)後手が△3八銀と指した局面

先手は「合法手がない」という条件は満たしていますが、先手玉に「王手が掛かっていない」ので「詰み」ではありません。
将棋では特に名称のある局面ではありませんが、チェスでいう「ステイルメイト(Stalemate)」に相当します。
以下、便宜上「ステイルメイト」の用語を、将棋の説明にも一時的に使っていくことにします。

チェスではステイルメイトは引き分けと定められていますが、将棋では定められていません。
将棋の性質上、実戦でステイルメイトになることは稀だからでしょう。
何か裁定を下すとしても、ステイルメイトになった側は反則手しか指せないので負けとなります。
将棋の実戦では「詰み」だろうが「ステイルメイト」だろうが、勝敗は同じなのです。
「詰み」の定義を多少誤解していても、将棋を指している限りはほとんど支障がないと言えます。

5.打歩ステイルメイト

しかし、「詰み」の定義を誤解していると支障をきたすこともあります。
それは詰将棋創作などの局面を任意に設定できる場合です。
「詰み」を誤解していると、

打歩詰は禁手。
 ↓
ステイルメイトも詰みと解釈できる。
 ↓
打歩ステイルメイトも打歩詰の一種。

という誤った結論を導いてしまうのです。
前提が間違っているにもかかわらず、これを活かした詰将棋を創ろうとしてしまうケースが時折見られます。

「打歩ステイルメイト」は禁手でも何でもないのですが、変則ルールと理解して創作するなら話は別です。
例としては下記の試みが過去に行われています。

「打歩ステイルメイトは禁手」という変則ルールを導入することで、特殊な1手詰が作れるわけです。

ただ、何度も行っていますが、将棋のルールでは「打歩ステイルメイト」は禁手ではありません。
変則ルールであると理解して詰将棋を創るのと、ルールを勘違いして詰将棋を創るのは、天と地ほどの差があります。

しかし、ルールを勘違いしている人が悪いのかというと、そうとも言い切れません。
前述の通り、「詰み」の定義が日本将棋連盟のHPに誤解を与えない正確な文章で書かれていれば、この問題はほとんど起こらないでしょう。