WFP2024年8月号 感想
バーチャル詰将棋作家の駒井めいです。
Web Fairy Paradise 2024年8月号(第194号)の感想を書いていきます。
1.はじめに
(p.2)
いやー、本当に暑いですね。
コーラがおいしい季節!
2.2手指し系駒とPWC
(pp.3-4)
「PWC」と「2手指せる駒」を併用した際に生じる問題が議論されています。
この問題について書いていたら文章が長くなったので、別の記事に書きました。
3.今月の手筋
(p.17, 48)
今月は「開け王手」。
通常の開き王手では、線駒(飛・角・香・龍・馬)の利きを味方駒が遮っている状況です。
開け王手では線駒の利きを遮っているのが味方ではなく敵駒です。
敵駒を動かして王手を掛けることは通常不可能ですが、フェアリーなら可能です。
味方駒ではなく敵駒を動かすので、その違いを活かした手順を考えてみたいですね。
4.第162回WFP作品展結果
(pp.18-38)
162-2 占魚亭作
双方が大駒を派手に動かす作品です。
これを可能にしているのが初手の桂打。
Imitatorを動かすことで、桂による王手の有効・無効が切り替えられています。
162-3 神無太郎作
攻方王を受方玉に近づけていきます。
分かりやすく一貫した手順がいいですね。
初手は飛打ではなく香打限定なのは、詰上りと関係しています。
162-4 springs作
27金は焦点捨て。
衝立の性質で「相手が駒を取った」という情報は得られますが、「何の駒で取ったか」までは情報がありません。
玉で取ると逆王手が掛かるようにすることで、何で取ったかを区別できるという仕組み。
攻方が取得する情報を増やすというわけです。
面白いのが「7手目15金x」「9手目16金x」「11手目17金x」と玉の位置を確定させる手。
金は1枚しかありませんが、反則により金を回収できて何度も使えています。
この性質はまた別の狙いとして昇華できそうです。
162-5 さつき作
最終手の指定が1マス異なるだけで、全く異なる展開になるのは驚き。
162-6 るかなん作
何と言っても「自玉を取る」受けが面白いです。
複玉+中立玉の組み合わせで奇跡的に成立しています。
自玉を取るためには自駒を取れるルールを使う必要があり、それを中立玉によって擬似的に実現しています。
ただ、中立玉を使うと自玉を取れる状況は、相手からしても自玉が取られる状況になっています。
相手が王手放置をしないと自玉を取れる局面にならないため、複玉が必要になるというわけです。
るかなんさんは「自玉を”消す”」着手で、先駆的な作品を過去に発表しています。
「相手に玉が取られると確定している」ことを終局条件とするならば、「自分で自玉を消す」のは着手として成立し得るという考え方です。
詰将棋のルールとして問題ないかどうかの議論以前に、原理的に起こり得ません。
フェアリーなら当然可能で、そこに目を付けたのが今回のWFP作品展発表作であり詰パラ発表作であるわけです。
いくらフェアリーと言ってもルールの重大な部分に手を加えているので、「途中で玉が0枚になる」という状況を許容してよいかは、慎重に扱う必要があります。
その意味でも、るかなんさんの2作はとても価値のある作品です。
ちなみに、チェス・プロブレムには「Bicaptures」という自駒も取れるフェアリールールがあります。
自玉を取れないように制限を付けたものは、「Bicaptures Rex Exclusive」と呼ばれています。
「ルールがある」と言っても、上記以外にこのフェアリールールを使った作品を見たことがありません。
私が知らないだけなのか、本当に作例が少ないのか。
「Bicaptures」あるいは「Bicaptures Rex Exclusive」を使った作品をご存じの方は、教えていただけると幸いです。
162-7 松下拓矢作
4手目59同飛生迄の局面で馬・飛のバッテリーが完成。
8手目58同飛生迄の局面に進むと、バッテリーの前後が入れ替わっています。
飛生2回から飛成の味がいいです。
162-8 上田吉一作
PWCにおいてTriton・Locustで駒取りをすると、位置交換にならないのが面白い性質です。
TritonやLocustは駒取り地点と着地地点が異なるため、この現象が起きています。
TritonはチェスプロブレムではMarine族に分類される駒です。
Marine族は駒を取らないときはRider族、駒を取るときはLocust族として振る舞います。
複雑そうに聞こえるかもしれませんが、Tritonの場合は駒を取らないときは飛車と同じ動きです。
駒を取るときが微妙に違っていて、飛車は駒取り位置に着地しますが、Tritonはそこから1マス先に着地します。
こう考えてみると案外小さな差です。
ただ、その小さな差が不思議な現象を生み出すこともあるのです。
駒取りの有無で動きが変わる性質は、将棋民にとって珍しく感じます。
チェスのポーンがまさにこの性質なので案外身近です。
162-9 さんじろう作
付駒の受けを消すために受方金を上下に配置。
162-10 さんじろう作
3筋に発生させた玉・桂・角の並びが5筋にシフト。
ネコネコでは性質上駒が縦に並びやすいのです。
縦の並びがそのまま別の筋にシフトする展開は、ネコネコとして理想的な展開ではないでしょうか。
162-11 真T作
初手12香成は11v成香の受けがあります。
この受けを消すために成香を11から移動させる必要があります。
シンプルな理屈で成香の遠回りが発生するのが面白いです。
あまりにも駒数が増えるようなら味消しですが、本作はたったの3枚。
素晴らしい作品です。
逆流禁を活かした作品として、同作者がWFP第154号(結果稿は第156号)で発表した作品があります。
(下記リンクはOnsite Fairy MateのWFP作品展鑑賞室のビューア。)
こちらも面白い作品です。
162-12 変寝夢作
Non-stop EquihopperとCamelが位置交換をする4手目48駱/35E~6手目35駱/48E~8手目48駱/35Eは、無意味なやり取りに見えて面白い手順。
5.余詰作の修正
(p.51)
金ではなく同じ利きを持つ成桂を配置するのが意外な展開。
詰手順にも成桂である意味が現れないのが見事。
「成桂を取ると持駒には桂に入る」のがポイントです。
上谷直希さんがこれまで発表されてた「最後の1ピース」作品は、下記の記事にまとめられています。
6.第23回フェアリー入門解答
(pp.52-71)
今回の課題は「Grasshopper」でした。
フェアリー駒が課題になるのは、第21回(出題:第189号、結果発表:第190号)のQueenに続いて2回目です。
Queenはチェスの標準駒で比較的馴染みがある駒なので、本当にフェアリー駒らしいものは今回が初です。
(チェスを知らない人にとっては、どちらも同程度に馴染みがない駒ですが。)
② 堺健太郎作
受方飛を24の地点に運べれば…とはすぐに見えましたが、その手段に驚き。
協力詰なので受方飛は目的地である24の地点にすぐに行けます。
23の地点に寄り道をするのは意外性があります。
初手で動かしたGrasshopperを元の位置に戻すためですが、Grasshopperを動かしても大丈夫だと気付くのに時間がかかりました。
③ 真T作
初形から受方12Gを設置。
12の地点に開き応手ができない跳躍台を設置します。
駒数も少なく入門に相応しい作品です。
④ 尾形充作
2手目39とは打歩詰の局面になります。
攻方に歩を先打ちさせるために、2手目38とと寄り道をするのがポイント。
と金を遠回りする味がいいです。
⑤ 尾形充作
何と言っても3手目81角の最遠打が見所。
この手の意味は作意に現れていないので、より一層妙手感を出しています。
Grasshopperの性質を標準駒である角に反映させているのが何とも味わい深いです。
⑥ springs作
開き応手の受けを消すために、と金・角の位置を交換。
6手目12と迄の局面は、初形から位置交換のみが起こった状況になります。
局面を微小変化させる作品は結構好みです。
⑦ げん作
角打から角成の収束は普通の詰将棋でもよく見られるだけに、5手目14角のちょっとしたフェアリーらしさが良いアクセントになっています。
作意でGrasshopperが大活躍するわけではないですが、確かな存在感を放っています。
⑧ 尾形充作
Grasshopperで詰ますために角の利きに対処する必要があります。
それもGrasshopperで行うのが実に効率的な手順。
⑨ 占魚亭作
Grasshopperの限定打が2発。
攻方31Gを配置したために、2発目のGrasshopperも限定打になるという仕組み。
前の限定打に影響されて、次の限定打が発生する構造は興味深いです。
⑩ 神在月生作
初手43G~3手目33Gは、受方22Gを44の地点に動かす開き応手の受けがあります。
この受けを消すために44の地点を埋めるわけですが、そのためにGrasshopperの限定打2発が現れます。
限定打2発で一つの目的を達成するという構造になっていて、見事な連携プレーです。
⑪ 真T作
Grasshopperと銀が一回転。
初形から銀を成らせただけの局面が現れます。
銀が成れる場所にわざわざ遠回りで行くのが不思議に見えます。
理由はGrasshopperの移動経路が王手義務の下で一方通行だからです。
銀はあくまでGrasshopperに追従しているだけなのです。
ポイントはGrasshopperと跳躍台の間に空きマスがあるかどうか。
空きマスがない、つまりGrasshopperと跳躍台が隣接していれば、Grasshopperは1回動いた後に、次の手で同じマスに帰って来れます。
Grasshopperと跳躍台の間が1マス以上空いている場合、Grasshopperは1回動いた後に、次の手で同じマスに帰って来れません。
Grasshopperは跳躍台までの距離は何マスでもいいのに、跳躍台を飛び越した後は隣のマスに着地するという非対称な性質を持っています。
金や歩なども利きに非対称性を含む駒ですが、Grasshopperにこのような非対称性があることは分かりにくいので、より一層「遠回り一回転」の狙いが映えています。
⑫ たくぼん作
Grasshopperと金がほぼ一回転。
52から32の地点に行くのに道は一本。
活躍したGrasshopperを最後に取らせる手順がとても美しいです。
⑭ げん作
受方が抵抗するためにGrasshopperを合駒するわけですが、この合駒は攻方がGrasshopperを捨てたために発生しています。
初形で受方の持駒にGrasshopperがないので、手順にわざとらしさがありません。
これはとても巧い作りです。
⑮ 神無七郎作
初手21桂成は2手目同銀と受けられます。
この受けを消すために、初形の攻方31とをGrasshopperに打ち替えます。
その方針で解いていくと、なんと受方銀の一回転が浮かび上がってくる驚愕の展開。
完全に意表を突かれました。
7.安北超入門
(pp.72-82)
安南が有名過ぎてやや影が薄いですが、安北も面白いルールです。
ただ、受方が歩合をして玉の利きを歩に変化させる詰手順が容易に発生するので、飛・龍・香を使って創作するときは要注意です。
安南よりも創作難易度は少し高いかもしれません。
8.協力詰・協力自玉詰 解付き #27
(pp.83-88)
私が担当しているコーナーです。
フェアリー雑談
創作課題を出しています。
創作側の選択肢として初形に成銀・成桂・成香を配置できるにもかかわらず、基本的に消極的な理由で使われることがほとんどでしょう。
「じゃあ積極的な利用方法を考えてみよう」という割と安直な動機で出しています。
こういう邪道っぽい課題も、フェアリーらしくていいじゃないですか。
27-1 上谷直希作
香打の遠近対比。
高級な狙いが簡単に作ったかのように実現しているのは、作者が協力詰の性質をよく理解しているからに他なりません。
派手さの中に上品さがあります。
27-2 上谷直希作
銀のアンピンをめぐって協力詰らしい手順が現れます。
27-3 上谷直希作
前作の27-2を踏まえると、本作はより一層楽しめます。
角と桂は前に利きがない駒で、創作時にこの性質を活かそうと合駒を盤上に残す場合、合駒の種類を限定するのに更なる工夫が必要です。
27-2では行き所のない駒禁、27-3では王手放置禁を利用しています。
27-4 上谷直希作
洗練された手順・配置によって、回収手筋の面白さがストレートに伝わってくる作品に仕上がっています。
作者コメントからも作者の強いこだわりや姿勢が感じられます。
9.フェアリー版くるくる作品展10
1回目は第77号(結果発表:第78号)で開催されています。
どんな作品展かというと、1回目の作品募集時(第76号)にこんなことが書かれています。
詰将棋ではしばしば「趣向作」「趣向詰」という言葉が使われますが、「定義が分からん…」と昔から思っています。
一応下記リンクの「趣向詰の分類」で詳しく説明されています(が未だに私の理解度は怪しいです)。
10.オリンピックに因んだ協力詰
(p.91, 100)
フェアリー駒として中将棋の銅将が使われています。
「金」「銀」「銅」と揃えて、遊び心溢れる作品です。
こういう遊び心はフェアリーだと特に大事だなと思います。
11.The Imitator on the Board 結果発表
(pp.92-96)
springsさんによるImitator作品の個展。
1
受方をステイルメイトにしたいので、歩打から歩捨てを繰り返すのは無意味なやり取りに見えます。
なんとこの繰り返しによってImitatorが上に登っていきます。
最終手の94歩でImitatorの動きが止められ、それによって玉が前に動くのも止まります。
2
攻方をステイルメイトにするために、攻方王を1筋まで運びたい状況。
Imitatorの位置は変えたくないので、受方飛でImitatorを元の位置に戻します。
その結果、攻方王と受方飛がすれ違う不思議な手順が現れるわけです。
3
攻方をステイルメイトにするのに、全成禁を利用して二枚の歩を2段目まで運びます。
その過程でImitatorと受方金が鋸の刃のように動くのが面白いところ。
ちなみに、Imitatorを利用して駒に規則的な動きをさせた作品として、自作(共作)も挙げておきます。
Imitator作品自体は占魚亭さんが精力的に発表していますが、趣向詰についてはかなり作品が少ないです。
これを機にImitatorの趣向詰が盛り上がるかもしれません。
Imitatorを初めて知った人は、過去に開催された「第1回Imitator入門作品展」を見てみるとよいと思います(出題:第169号、結果発表:第171号)。
話はだいぶ脱線しますが、Imitatorは一応「フェアリー駒」ということになっていますが、安南などの「フェアリールール」に匹敵する強い影響力を持っています。
この特異性はチェス・プロブレムの世界で議論されています(元々チェス・プロブレムで開発されたので)。
Imitator博士になりたい人は、下記のリンクを見てみてください。