めいのぼやき37 勝敗

バーチャル詰将棋作家の駒井めいです。
今回は指し将棋と詰将棋の勝敗について話していきます。
指し将棋をやっている方からすると、少々不快に感じるかもしれません。
「こういう人もいるんだな」と大目に見てやってください。

私は長い間将棋を指していました。
物心ついた頃には将棋のルールを覚えていました。
勝てば嬉しいし、負ければ悔しい。
そのような世界にずっと浸り続けていました。
しかし、年々「負けられない」という意識が強くなっていきました。
それは私の精神を蝕んでいきました。
勝負を通じて将棋の楽しさを味わう余裕は、いつしか私の中から消えていました。
遂には耐えられなくなって辞めてしまいました。
もう何年も人間と将棋を指していません。
ごく稀にコンピュータ相手に指すくらいです。
誤解のないようにはっきり言っておきますが、私は将棋を指すこと自体は好きです。
しかし、将棋で勝敗がつくという点が、精神が擦り切れてしまった私にはもう耐え切れないのです。

一方で、詰将棋は私にとって心地良い環境です。
詰将棋を解くことは、基本的に自分が解けたかどうかでしかありません。
解かずに鑑賞すると割り切ってしまえば、純粋な芸術鑑賞の側面だけが残ります。
良い作品に巡り会えた日には幸せな気持ちで一杯になります。
詰将棋創作については、一応競争的な環境にはあります。
専門誌で作品を発表すれば多少の優劣がつきます。
詰パラの詰将棋学校で発表すれば評点が付きますし、看寿賞など賞がいくつか存在します。
素晴らしい作品を正当に評価することは、とても大事なことだと思っています。
それでも作品の良し悪しの判断は、結局は個人の主観でしかありません。
自分の作品を良いと思ってくださる方が少しでもいるなら、十分に気持ちが満たされます。
詰将棋創作の世界には競争的な環境は存在しますが、はっきりと勝敗がつくわけではありません。
美的感覚は人それぞれで曖昧だからこそ、私は詰将棋という世界が好きなのです。
そうは言っても、一人でも多くの方に「解いてよかった」と思ってもらえるよう、作家として日々精進していきます。

将棋を指すことは辞めてしまいました。
将棋の盤駒に触れることは詰将棋以外では一切ありません。
しかし、詰将棋を通じて将棋を楽しめている現状は、私にとってとても幸せな巡り合わせだと感じています。