又吉さんの本

又吉直樹著「人間」を読み終えた。よかった。近いうちもう一度初めから読み返したい。

又吉さんの書く文章を、又吉さん自身を好きになったきっかけは「第2図書係補佐」というエッセイ集を読んだことに始まる。この作品は本好きの又吉さんが尾崎放哉、太宰治、江戸川乱歩などの作品紹介を通して自身を語る形式のエッセイで、本自体の紹介は末尾のほんの3行ほどで、ほとんどが又吉さんの「その本に絡むようなテーマではあるが、作品とはほとんど関係ない自身の話」だったり、「その本にまつわる自身の体験話」だったりを書いている。何気なく立ち寄った本屋でパラパラと立ち読みし、元々純文学が好きだった私は、好きな作家が似ている点で又吉さんに対して興味が沸いて購入した。

めちゃくちゃ面白かった。又吉さんはもちろん、周りの人や道で一度きり出会った人などそれぞれのエピソードがみんな面白い。いわゆる芸人の面白話とかでなく、自分も体験しうる日常と地続きの中にあるおかしさや歪み、その絶妙な面白さ。バランス感覚や視点のセンスが抜群だと思った。そしてエッセイを読み終えたあと「この人は自分と似た性質を持っているけど、私よりもずっと自身の状況を冷静に俯瞰で見ている。過去の思い出とかも全部捨てずに生きるそのしんどささえも大事に抱えながら、引きずりながらも前に進んでいくたくましい人」だと思った。そして人間がとてもすきなんだろうなと思った。

世の中や人を信じるということは、自分が思う以上に悪い結果となることもある一方、自分が思う以上にそこが温かい場所であったり、支えられたりしたという経験もしている。どちらも真実だということを本当は自分も知っていたのだった。又吉さんの世界を知ることで気づけば私は救われていた。そこから又吉さんが書いた本を見つけては買ってを繰り返していくうち、いつのまにか出ている本は全てもう持っていた。これがハマるということなんだろう。

又吉さんは一見、暗くて世界を憂いていそうにみえるが、そんなことはなくて、自身でも普段からよく笑うし、人からは気づかれにくいけどすごく楽しんでいるんです。と言っていた。「生きているうちにやってみたいことがまだまだいっぱいある」と言ってる通り、人生を楽しんでいて。楽しんでいるというのはけして暗い気持ちがないとか、そういったものをすでに克服しているという事ではなく「人生はしんどいのが当たり前と思っている」との言葉からも上手くいかないこと、それも受容し楽しんでいるという、強さと優しさを内包したとても素敵な人だ。


又吉さんは好きになると「その人になりたい」と思うらしい。

なんで作品を作るんかなって考えたら、たぶんそれって死なないためなんだろうなって思うらしい。

人間失格はもう100回以上読んでいて、大事なとこに線を引いていたら、いまやほとんどに線が引かれている状態らしい。

むかし友達と歩いていたら道で絡まれて、持っていたソフトクリームにたばこを突き刺され殴られたが、そんな下品なことをする奴に殴られても全然痛くなかった。ただ、そいつの履いていたジーパンのブランドは今でも着れないらしい。

そうしたひとつひとつが信頼できる。作品と作家は切り離してみるべきなのかもしれないけれど、音楽でも文学でも、人間らしく、優しい人がつくる作品が好きな私はその信頼が作品の響き方にも影響してしまう。

又吉さんの作品を「火花」しか知らない人はせめてもう一冊、「劇場」か「人間」を手に取って最後まで読んでみてほしい。私は個人的にはその2作品のほうが好き。「火花」も面白いけど。そしてエッセイが本当に面白いので読んでみてほしい。

エッセイに小説の元ネタとなるような話も収録されている。なかでも「東京百景」という本の中に収録されている「池尻大橋の小さな家」はいつ読んでも泣いてしまう。(いまも読み返して泣いた)「池尻大橋の小さな家」は「劇場」の沙希のモデルになっているとファンの間では認識されている、又吉さん自身がいまでも忘れられない恋人とのかつての思い出話である。

「劇場」は本当に苦しい作品で、後半はもうこれ以上私の傷をえぐらないで…と思うくらい自身のどうしようもなく苦しかった過去の恋愛を見せられているような気分になる作品、またはまるで自分がそんな恋愛をしてきたかのような追体験ができる作品だと思う。追体験したくない人もいるだろうなと思うほどの熱量のある作品。本当に苦しくて、読むほうの体力も要るけど、いい作品です。


読み終えたばかりの「人間」の感想を書こうと思ってましたが、どうも長くなってしまったので、それはまたいつか。



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