栗蒸し羊羹と優しい記憶 #旅する日本語 喉鼓

 「忘れ物ない?特急券と和菓子屋さんのポイントカード!」

 東京から特急踊り子号に乗れば、静岡県まであっという間。伊豆にあるお気に入りのホテルに、母と毎夏一泊していた時期がある。

 ホテル近くの和菓子屋さんの栗蒸し羊羹が絶品で、毎年買って帰った。朗らかな店主に「ポイントカード、有効期限ありません。またお待ちしてます」と毎回言われた。1年に1回ゆっくりスタンプを貯めたカード、合計何枚になっただろうか。

 「今年は伊豆、いつ予約する?」母と相談する時には、もうあの栗蒸し羊羹を想像して、喉鼓を鳴らした。 

 ホテルの閉館で毎年恒例の旅行は終わりになった。私は20代で、就職後間もない時期。夏のボーナスで母を旅行に招待でき、ちょっと誇らしい自己満足もあった。その分のお金を母が積み立てていて、私の結婚の時に渡してくれたのも、今は懐かしい。

 和菓子屋のおじさんの笑顔と、栗蒸し羊羹の甘さとともに残る、優しい記憶。