第7日 日曜日 世界で今活躍する女性草間彌生


日曜日は火曜日から金曜日までの分野、さらにそれを超えた分野で
今2020年に世界で活躍する日本の女性を取り上げます。

一人目は草間彌生さんです。
現在その作品が世界中で最も売れている日本人芸術家の一人だと言えると思います。


草間彌生さんは1929年3月22日生まれ。長野県松本市のご出身です。
今91歳。全くそのようなお歳に見えないのはやはり洋服がポップでカラフルなイメージがあるからかもしれません。

1929年は10月にアメリカの株式が暴落し、これが世界恐慌への引き金となる
まさに世界的な戦争がまた始まる、そういう年だったようです。
草間彌生さんがお生まれになった3月には今の首相官邸が作られているそうです。
首相官邸も今91歳ということですよね。

さて草間彌生さんは松本駅の近くの種苗業を営む裕福な家にお生まれになり、幼いころから草花やスケッチに親しんでいたそうです。
その一方で幻覚や幻聴に悩まされており、後に統合失調症という診断を受けます。

繰り返し襲ってくるこのつらい幻覚や幻聴から逃れるために、幻覚や幻聴が起こってきたら、それを絵を描くということで、草間さんはそれをコントロールすることを身につけられました。

草間さんの水玉(ドット)モチーフは、耳なし芳一が幽霊から身を守るために全身を経で埋め尽くした様に、彼女が恐怖する幻覚や幻聴から身を守るために、作品全体を水玉(ドット)で埋め尽くす儀式でもある、と考えられています。


 こうして生きるために草間さんは絵を描き続け、やがてその絵は才能として開花することになりました。

1945年16歳で戦争で疎開してきた画家などが立ち上げた「第一回全信州美術展覧会」で入選。松本高等女学校卒業後、京都市立美術工芸学校の4年生最終過程に編入して日本画を学びます。

絵画技術の習得と言う意味では貴重な時間となりましたが、旧弊な日本画壇には失望します。松本の実家に帰られて、寝食も忘れるほど絵を描く日々が続きます。

 1952年地元の松本市公民館で2度の個展を開き、ここで精神科医の西村四方博士と当時著名な美術評論家滝口修造氏と知り合うことになります。この2人は草間さんのよき理解者となりました。

そしてこの2人のつてもあり1954年東京で4回の個展を開きます。この個展から瀧口氏がニューヨークの第18回国際水彩画ビエンナーレへ草間さんを紹介し、渡米の糸口となります。

1957年渡米します。活動の中心をニューヨークに置いて、ドナルド・ジャッドやジョゼフ・コーネルなどのアメリカの美術家らと親しくなります。

アメリカでは絵画のみならず男根状のオブジェを既製品にはりつけた立体作品やインスタレーションを始め、ハプニングと称される過激なパフォーマンスも実行するようになります。1966年にはヴェネツィア・ビエンナーレにもゲリラ参加し、1960年代には「前衛の女王」と呼ばれました。
また平和・反戦運動にも携わっています。

1968年自作自演の映画『草間の自己消滅』が第4回ベルギー国際短編映画祭に入賞しその後、第2回アン・アーバー映画祭(英語版)で銀賞受賞。また、第2回メリーランド映画祭でも受賞します。

1973年、親友でパートナーのジョゼフ・コーネル氏が死去し、草間さんは体調を崩し日本へ帰国、入院します。そのため70年代から80年代は芸術家の活動はあまり行っておられません。


ただし小説家としての活動は行っておられ、1978年、処女小説『マンハッタン自殺未遂常習犯』を発表、1983年小説『クリストファー男娼窟』で第10回野性時代新人文学賞を受賞されています。小説は2000年まで書いておられます。

 1990年代に入り、93年にヴェネツィア・ビエンナーレに日本代表として参加されます。その後世界的にまた評価されるようになられました。

1996年(平成8年)国際美術評論家連盟から2年連続でベストギャラリー賞を受賞します。また2000年代になって2000年第50回芸術選奨文部大臣賞、外務大臣表彰を受け、翌年2001年朝日賞を受賞、2002年(平成14年)紺綬褒章を受賞されます。
更に2003年(平成15年)リヨン・ビエンナーレに参加。同年、フランス芸術文化勲章オフィシエ、長野県知事表彰を受けておられます。
2006年(平成18年)旭日小綬章。ライフタイムアチーブメント賞。高松宮殿下記念世界文化賞、2009年(平成21年)10月、文化功労者に選出されます。
2014年(平成26年)国籍・居住地・性別・年齢・ジャンルを問わず、『さまざまな社会活動・文化活動において、新しい時代や新たな分野を切り開き、私たちに勇気や元気を与えて、かつ共感を持って迎えられた個人または団体』に贈られる安吾賞を受賞。2016年(平成28年)女性画家では4人目となる文化勲章を受章されています。

2009年に正方形の絵画群である「わが永遠の魂」シリーズの作成を始めます。また同年以降商業分野での活動が盛んになり、2009年auのiidaブランドの端末をプロデュース、2012年にはルイ・ヴィトンとの共同コレクション(マーク・ジェイコブスによるディレクション)を発表されています。

2017年には 東京都新宿区に「草間彌生美術館」が開設されました。

めぐめぐの思う草間彌生さんの素晴らしい点は以下の通りです。


1 自分のつらい体験から逃げずに、それを受け止めて形にしていくということで辛い体験を良い体験にされたこと。その過程は非常に苦しいものがあったと思いますが、草間さんは幻覚・幻聴が来た時に「あっ来たな、これでまた絵が描ける!」というポジティブな極地までにそれを引き上げたという点が本当に素晴らしい点だったと思います。

2人間関係を特に大切にされていること。精神科医の西村四方博士と当時著名な美術評論家滝口修造氏を始めアメリカでのドナルド・ジャッド氏やジョゼフ・コーネル氏との親交があったこそ、草間さんは思い切って自分の才能を信じ、世に出して行くことが出来たのだと思います。

3親友の死に会い、日本に帰り、約20年間冬の時代を過ごされますが、その中でも文を書くということによってまた生きる力、そして芸術を創造する力を少しずつ蓄えていかれたということ。この時代があったからこそ2000年代以降現在に至るの大活躍の時代があるのだと思います。


東京に草間美術館があるということは初めて知りました。次回帰国の際は是非音連れてみたいと思います。


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