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第6週日曜日世界で活躍する女性 村治 佳織


第6週目の6人目の世界で活躍する女性はギタリストの村治佳織

(むらじ かおり)さんです。

村治さんは1978年4月14日 東京都台東区のお生まれです。


 3歳頃からお父さんの村治昇氏にギターの手ほどきを受け、日々厳しい特訓を受ける。その後、10歳からはクラシックギタリストの福田進一氏に師事されます。

11歳の1989年、日本ジュニア・ギター教育協会主催の日本ジュニア・ギター・コンクールにて最優秀賞を受賞されます。

1991年、女子聖学院中学校に入学され、学生ギター・コンクールにおいて、全部門通じての最優秀賞を受賞されます。

そして翌年の1992年、ブローウェル国際ギター・コンクール(東京)と東京国際ギター・コンクールで優勝を果たされます。

高校1年生の1993年、津田ホールにてデビューリサイタルを開催され同年、デビューCD「エスプレッシーヴォ」をリリースされます

翌年の1994年、日本フィルハーモニー交響楽団と共演、協奏曲デビューを果たす。第5回出光音楽賞(1994年度)を最年少で受賞。

さらに1995年、イタリア国立放送交響楽団の日本ツアーにソリストとして同行。

そして

1996年、村松賞受賞。同年5月、イタリア国立放送交響楽団の定期演奏会に招待されてトリノにおいて共演し、ヨーロッパでのデビューを飾られました。


1997年、女子聖学院中学校・高等学校を卒業後に、フランス・パリのエコールノルマル音楽院へ留学されます。アルベルト・ポンセ氏に師事されます。

1999年、テレビ番組の収録を通じて、クラシック・ギターの大家ホアキン・ロドリーゴ氏と亡くなる半年前に対面、彼の前でその作品を演奏する機会を得られます。

同年、エコール・ノルマル卒業と同時に帰国。本格的なソロ活動を開始し、NHK交響楽団をはじめとする国内の主要オーケストラとも共演を重ねられます。

その後の世界でのご活躍は以下の通りです。


2000年、ドイツのフォーグラー・カルテットと室内楽の日本ツアーを行う。同年、韓国のソウル・アート・センターにて初の韓国リサイタルを開催。
2001年、スペインのバレンシアにてロドリーゴ室内管弦楽団と初共演。同年、初のDVD『Contrastes』をリリース。
2002年、ロドリーゴ生誕100年を記念し、同楽団と日本ツアーを行う。
2003年、フォーグラー・カルテットとの二度目の日本ツアー、韓国、ソウル・アート・センターでのリサイタル、そしてイタリア国立放送交響楽団とのトリノ、フィレンツェでの共演とそれに続く日本ツアーを行う。同年11月、英デッカ・レコードと、日本人初のインターナショナル長期専属契約を結ぶ。
2004年、ホセ・マリア・ガジャルドとのデュオ・リサイタル・ツアーを行う。DECCA移籍後第一弾アルバム「トランスフォーメーション」を発売、その記念ツアーを日本全国で展開する。ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮の読売日本交響楽団とロレンツォ・パロモの「アンダルシアのノクターン」の日本初演を果たす。
2005年、LGアート・センター他2か所を回る韓国ツアーを行う。上海音楽庁で上海交響楽団と共演し、中国デビュー公演を果たす。スペインにて、バレンシア・オーケストラとアランフェス協奏曲を演奏。「トランスフォーメーション」をヨーロッパ、韓国、香港をはじめ世界発売。同年10月、右手後骨間神経麻痺(橈骨神経麻痺)により演奏活動を休止、治療・静養に入る。
2006年1月、復帰してすぐにフランス、ナント音楽祭に参加、レコーディングも再開する。同年4月、アメリカ西海岸での初リサイタル・ツアーを行い、アメリカデビューを果たす。
2007年4月、大阪国際フェスティバルで、ロドリーゴ作曲による2本のギターの為の「マドリガル協奏曲」を、アンヘル・ロメロと共に演奏。
2008年、第9回ホテルオークラ音楽賞を受賞。同年4月、ベトナム国立交響楽団の定期演奏会(ハノイ・オペラハウス)に出演。7月、ケヴァントハウス・バッハ・オーケストラと日本、韓国ツアーを行う。8月、スペイン・サラゴサ万博のジャパン・デーにて、渡辺貞夫と共演。10月、トゥールーズ室内合奏団と、現地にて共演した後、日本ツアーを行う。
2009年、稲本響(ピアノ、作曲)、藤原道山(尺八)、三響会(邦楽囃子)、英哲風雲の会(和太鼓)とともに珠響(たまゆら)を結成し、2月にサントリーホールにて第一回公演を行う。10月、ドイツ人テノールのヤン・コボウとシューベルト「美しき水車屋の娘」を中心としたリサイタル・ツアーを開催。11月、韓国・ソウル・アート・センターにて、アンサンブルDITTOのリーダーであるヴィオラ奏者、リチャード・ヨンジェ・オニールをゲストに迎え、リサイタルを開催。



2011年11月、再び右手後骨間神経麻痺(橈骨神経麻痺)の治療により演奏活動を一時休止され4か月休養されています。

また2013年7月22日、舌腫瘍に罹患していることを公表し、治療のために長期休養に入ることを発表されました。

その休養中2014年7月24日、自身のオフィシャルサイトにて以前より交際していた一般男性と結婚した旨を公表しておられます。

2014年9月、吉永小百合主演の映画「ふしぎな岬の物語」のイベントに出演し演奏活動を再開されました。

2019年、12月23日発売の初エッセイ本「いつにまにか、ギターと」のなかで、2018年に離婚したことを綴り、明らかにしておられます。



村治さんはテレビやラジオ番組のレギュラー出演のほか、テレビCMへの出演やイメージキャラクターとしての起用など、本人のメディアへの登場も多くまた雑誌でのエッセイ連載や、新聞への書評の寄稿などの執筆活動も行っておられます。

 また英国の名門クラシックレーベルであるデッカ・レコード(Decca Records)と、日本人としては初めてとなるインターナショナル長期専属契約を結んでおられます。
デッカ移籍後初のアルバム「トランスフォーメーション」は、「レコード芸術」9月号にて特選に選出され、第19回日本ゴールドディスク大賞クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー<洋楽部門>を受賞されました。

日本ではアランフエス協奏曲以外の曲がほとんど演奏されていないことを憂い、ロドリーゴのほかの曲を紹介するため積極的に演奏するなど、クラシック・ギターの知名度を押し上げ、クラシック音楽界に活況をもたらしたことなど演奏家としての業績が大変認められています。


またクラシックではないロック系専門誌のギター・マガジン誌やYOUNG GUITAR誌のインタビューを受けることもあり、特にYOUNG GUITAR誌では90年代中期にクラシック・ギターに関する連載コーナーを持っていた。近年の作品ではロックやポップスの曲にもトライしておられます。


近年、自身で「二足の草鞋をはいている」と言うほどナレーションに力を入れており、CD「音楽を夢見た少年〜ロドリーゴ」日本語版のナレーションや、ラジオ番組「MITSUBISHI JISHO Classy Café」のナビゲータを務めていておられます。


めぐめぐがすごいと思う村治佳織さんのこと


1小さいころからギターに取り組まれずっと一筋で頑張っておられること。

特に世界に出てからは一つ一つその活動領域を広げられていかれたことは

素晴らしいと思います。

2そして日本のクラシックギターの知名度を上げるために様々な活動をして、クラシックギターの魅力をずっと伝えておらること。

3更にギターに限らず朗読などを通して益々活動されていること。


病気などに負けずずっと素晴らしい演奏を続けられている村治さん。

益々の素敵な演奏が楽しみです。




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