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夢に向かうスタートライン。     先生との出会いが私を変えた。   私、リコ。ムショ帰り。

☆ありがとうのシャワー

先生は言った。
「リコさんは、誰かから『ありがとう』と言われた経験が、圧倒的に少ないと思う」。
私は、心の中で、
「『ありがとう』なんて甘ったるい言葉、そんなに使うモノじゃないんじゃない。先生は、先生だから『ありがとう』を言われ慣れしているだけだよ」と、思った。

私の名前は、リコ。
ちょっと前まで、和歌山の例の場所にいた。
和歌山とか例の場所とかでピンとくる人、意外とヤバい人かもね。
国の税金で衣食住が提供されるけど、昼間はトイレの許可も取らなければならない場所で黙って黙々と働かなければならない。
小学校に入ったばかりの子どもでもあるまいし、朝は早く起きて、夜はまだまだ早い時間に眠らなければならない。
でも、仕方ないよ。
きっとそれだけのことを私は、やったんだから。

そこから出て、嫌な寄り道して、先生の家に来た。
先生って、学校とかの先生じゃない。
私を真人間に変えようとしてくれている、なんか、すごい人。
お父さんが会社経営してて、協力雇用主をしていたらしい。
家の敷地に工場があって、寮が有って、そこには背中に龍や弁天様を背負ったお兄さんが何人も住んでいたらしい。
怖くなかったのかな。

「平気よ。罪を犯す人は怖い人ではなくて、弱い人だから。私、強いし」。
そう言って笑っていた。

先生は人に関わるのが好きなのかな。
面倒見の良い人なんだ。
今の私に関わったって、なんの見返りもないのに、すごい人。
他に行くところも、仕事もないし、このすごい人の家に置いてもらえるのは助かる。
例の場所での時間割のように、ちょっとかったるいけど、先生の言うことを聞いていれば、きっと次の場所に行けるような気がした。
それが、私が真人間になれるかどうかとは別として。

いきなり来て早々、一日中電車に乗ってろって、言う課題が出された。電車が飽きたら、バスでもいいって。
「先生、頭大丈夫?」って、正直思った。
目的もなく、電車やバスに一日中乗っていたって、乗車賃がかかるだけで、そこになんの意味があるんだろう。時々、すごい人の言うことが理解できない。

指定場所は、シルバーシート。誰もいなかったら、座っていても、いい。
でも、お年寄りや身体の不自由な人とかとかが乗って来たら、私の席をすぐ譲る。
それって、シルバーシートって立場上、当たり前じゃないの?。
それくらい私でも理解できている。でも、混んでいるときとか、ピンピンしているおじさんとか、しゃべり止まないおばちゃんたちとか、音楽が漏れるくらいのイヤホンした学生とか絶対に動かない場所。

電車に乗ってすぐ隣の駅から、足の悪いお年寄りと付き添いの娘さん(たぶん)が乗車してきた。私は先生に言われた通り、お年寄りをまず座らせた。…詰めればもう一人楽々で座れる。私の隣で大股開いて座っていたお兄ちゃんにガンを飛ばした。この手の奴は実は察しがいい。一席分、空いた。
娘さん(たぶん)にどうぞと言った。その人は「私は、いいです」と頭を下げた。しょうがないなあ。私とお兄ちゃんが空けた空間、どうすんのよ。
先生に言われた通り、大きな声で「一緒に、座ってあげてください」と言った。
その人とお年寄りは、目の前に立っている私に、何度も何度も「ありがとう」って言ってくれた。もちろん、横のお兄ちゃんにも。
恥ずかしいなあ。特別のことしたわけじゃないのに。隣の車両に逃げたい気分だった。でも、先生が、同じシルバーシートにいることって言ったから、逃げられない。
その人たちが、降りるまで、ずっと恥ずかしかった。その二人は、降りる時も「ありがとう」を言ってくれたし、降りてもホームに残って、私に手を振ってくれた。もう、恥ずかしいからやめてよ…でも、ちょっとうれしかった。
ミッション・イチ、完了。
一つすれば、バスや違う電車に乗り換えていい。ちょっとしたゲームみたいになっている。

次の駅で反対側に止まっている電車のシルバーシートにまた腰かけた。人があんまり乗ってこないので、ちょっとウトウトした。ガタン。大きな荷物を持ったおじいさんが乗ってきた。こういう場合は、席を換わるだけじゃなく、荷物もなんとかしないと。網棚に乗せてもいいけど、なんか貴重品で落っこちるとヤバいし。幸い、まだ空いていたので、おじいさんの横に置いてあげて、誰かが来てもすぐに席を空けられるように前に立った。
「お姉さん、ありがとうね」。おじいさんはニコニコしながら言った。
なんなの、この路線に乗る人は「ありがとう」が、好物なの?。
「友達の家に寄ったんですよ。そしたらお土産って、こんな大荷物持たせられてしまってね。駅まで来たものの、どうやって電車の中で持とうかと心配していたんだよ。お姉さんみたいな親切な人に会えただけで、今日はとてもいい日だよ。ありがとう」。
もう、一体なんなの!「ありがとう」ってそんなに簡単に言っていいわけ?。
でも、悪い気はしなかった。ちょっと先生の言いつけを破ったけど、おじいさんの家族が改札で待っているって言うから、一緒に電車から降りて、荷物を持った。若い私でも、かなり腰に来たから、こんな重いお土産ってなんなの~。
改札で家族さんにも、「ありがとう」を言われた。
恥ずかしいので、「バスが間に合わないんで」と逃げた。

バスにも少しだけど、シルバーシートがある。電車よりは、シルバー色が少ない。妊婦さんや具合が悪い人も…心臓にペースメーカとか入れている人とかも座っていいようにイラストが描かれていた。和歌山に居る間に、なんか世の中優しくなったんだなと思った。
ベビーカーに赤ちゃんと3歳ぐらいの男の子を連れたお母さんが乗って来た。男の子絶賛不機嫌中。私がこのくらいの頃、バスの中でこんなことしようものなら、いつもすぐに殴られた。それから、私は、親って言うやつと出かけるのがたまらなく嫌になった。

バスの中のイラストとか優しくなった半面、人はぎすぎすしている感じがした。「こんなに混んでいるのに、ベビーカー乗せて」。後ろからひそひそ声が聞こえる。あんたらだって、子育てしていた時、同じようなことはしなかったのかい。
次のバス停でシルバーシートが一つ空いた。お母さんに座りなさいと言った。お母さんは、男の子を座らせたいようだった。でも、この絶賛不機嫌中を座らせるのは、無理だ。お母さんだって、バスから降りたらまたベビーカー押して、この子の手を握って歩かなければならない。「一区間だけでもいいから、お母さんが座ってください」とまた大声で言った。赤ちゃんはスヤスヤ寝ていた。お母さんは、小さな声で「ありがとう」と言った。
私は、男の子に声をかけた。百面相をした。ちょっとだけ笑ってくれた。「何歳?」って聞くと、「おばちゃん、何歳?」と返してきた。「おねえちゃん!」と言い返した。そこは、譲れない。そりゃあ、まだお母さんを独占したいのに、お兄ちゃんになっちゃったんだもん、わがまま言いたくなるよな。

ちょっとその子が黙った。拳を握りしめて、真っ赤な顔をして、「あげたろう!」。
…あ・げ・た・ろ・う?
はい?。
「この子、まだ、ありがとうって言えなくって...」。お母さんが言ってくれた。
いえいえ、あげたろうは、私の方だよ。
え、私が、ありがとう病になってる?。

心の中で「ありがとう」と思うのはとても簡単だ。でも、だれかにそれを言うのは、私にはとても難しい。でも3歳だって言える言葉を、どうして言葉にしない人がいるんだろう。
そう、私が生きてきた中に、「ありがとう」なんて言葉はなかった。私も思っても言わなかった。
なんか当たり前って思ってた。そんなの言ったら、なんかさ、なんかが壊れてしまう気がした。そんなの言ったら、また殴られるかと思ってた。

電車とバスのシルバーシートミッションは、何日か続いた。

夕飯がめちゃおいしかった。
先生、意外と料理上手じゃん。って、下ごしらえは、私も手伝ったんだけど、働かざる者は食うべからずが、ここにいる掟だから。

「先生、おいしかった。ありがとう」。

「リコちゃん、あなた今なんて言った!」。
先生が、台所からすっ飛んできた。
「…おいしかったです」
「その後よ、後」
「え、なにも言ってないです」
「言ったわよ」。
先生が、ちょっと泣いていた。

愛犬メグは保護犬です。メグの里親になってから劣悪な環境下にいる保護犬・保護猫の存在を知りました。そして、その子達を助けようと寝食を忘れてお世話しておられる方々の存在も知りました。私は少しでも小さな命とそれを守ろうとしておられる方々のお力になれるような活動をしたいと思っております。