盗撮魔

盗撮魔

未成年の僕は、両親に励まされながら駅口をでた。
「優、事故みたいなものだよ。お相手さんも咄嗟の事で勘違いしたと詫びてきたのだから、忘れなさい」
優は盗撮容疑をかけられたのだ。

微塵も我が子を疑っていない両親の思いとは裏腹に、優の盗撮行為は繰り返されていた。
そして、そういう人間になっていった種をまいたのは、紛れもなくこの二人なのだ。
あれは、三才過ぎた頃の事だった。家族が今の家ではなく狭い二間のアパートで暮らしていた時、夜中におしっこで目が覚めた僕は、隣に寝ていたはずの母がいない事に不安を感じ立ち上がった。
襖一枚で区切られた部屋から聞いたことのない奇妙な声がすることに気付き、そっと襖の隙間に顔をちかづけると、父が母に覆いかぶさり動いていた。聞こえてきた奇妙な声は母の声だった。
「おしっこ」
二人は動いているだけで相手にしてくれなかった。
「ママ、おしっこってば」
半泣きで叫んだ瞬間、生ぬるい湯のように流れたおしっこは畳を汚した。
母は気づいたようだったが二人とも動きまくり、母が大声をだしたかと思うと二人の動きは止まった。
汗ばんだ額についた髪を掻き分けながら母は着替えもってきてくれ、いつものように僕の布団の隣に寝た。
それ以来、夜中目が覚めた時は必ず襖の隙間から、両親を覗く生活が始まった。
何をしているのか分からない覗きは、何をしているのかが分かる頃止まった。
どこか両親が汚らわしく感じ、見る目が変わりだしてくると、僕の身体に異変が起き出していった。
薄暗い霧のようなものが、僕の体に出入りしだし、滞在している時間がどんどん長くなっていった。そのうち霧の中に小さな穴ができるようになり、僕は言葉にはできない不安をかかえるようになった。そのうちその小さな穴は渦をまくようになり、このままでは渦が広がりだし、死んでしまわないかと怯えた。

そんな毎日の優に運命を変える出き事が起こった。
それは下校途中の電車内で取り出したスマホが、動画撮影になっていたことから始まった。
優はなんとなく撮影を止める気になれず、そのまま電車内にスマホを向けたのだ。人もまばらだったせいか誰もなにも言ってこず、優は楽しかった。
全く見知らぬ人を画面越しに覗いているのは、秘密を握っていくようで止められなかった。
停車してもスマホは撮影のままにし歩き出した。
人はどんどん増えだし、ちょうどエレベーターに差し掛かった時、女子高生が目に入った。
スマホを握る手に汗がにじみ出し、心臓の音が自分の耳に聞こえ、見たいという欲望だけが優を前に進ませた。苦しめられてきた薄暗い霧も穴も渦も、記憶から消えていた。優は静かに女子高生の後についた。
腕をおろし、女子高生との距離をつめ、スマホの角度を変えた。スカートの中が確実に見えるように祈りながら自然を装った。エレベーターから足が離れ、優は小さなガッツポーズがでた。忘れて去られていた達成感があった。
「早く見たい」
優は駆け出そうとした。
「おい、きみ」
優はギクリとし、後ろを振り返った。
「はい」
「ちょっと事務所にきてくれないか、この場所では話せない内容だから」
「なんの話ですか」
優は顔を歪ませながら聞いたが、駅員は優をさっさと事務所に歩かせた。中に入ると見たこともない女性がいた。
「なんのことかわかるだろ」
駅員は机から紙を取り出し、優に名前を書かす準備をしていた。
「わかりません」
駅員は一瞬ジロリと優をみながら
「じゃあ、きみのスマホをかしてもらえるかなあ、どこの高校だい」
と尋ねてきた。優は声が出なかった。
「こちらの女性が、君に盗撮されたと言っておられるんだ」
優は焦りながら抵抗した。
「僕、しりません。」
「困ったなあ、、きみは、まだ未成年なんだし」
駅員はなるべく穏便にすましてやりたそうだった。
「本当に盗撮なんてしてません。たまたま、電車で時間をみようとしてスマホの取り出したら、動画撮影になっていて、そのままポケットにいれていただけです」
女性は黙っていた。優は女性をみつめ
「あの、すみません。証拠あるんですか。もし、今ここで再生して、あなたが写ってなかったから警察を呼んでいいですか。逆に訴えますよ。僕は来年大学受験だってあるんです。」
駅員は女性に目をやった。すると女性は立ち上がり
「私の勘違いだったのかもしれません。」
と、優と駅員に深く頭を下げ事務所を出ていった。駅員は机に紙をしまいながら
「悪かったな。私も仕事柄、確認対応はしなければならないものだから、申し訳なかったよ」
と、軽く頭を下げ、優を事務所から帰した。
捕まらなかったことに、幸運を感じながら、家路に向かった。
優は部屋へはいるなり、大きな深呼吸をした。そして初めての盗撮動画を再生した。
「写ってる」
偉業を成した気分だった。
人々が優が盗撮してることに何も気付かず歩いてる事に、笑いがこみ上げた。そして盗撮動画が、エレベーターのあたりにきて、優はゴクリと唾を呑み込んだ。
女子高生のスカートの中はしっかりと写っていて、何十回と再生し、優は射精した。
優は生き返ったようだった。
「僕は勝ったんだ」
散々悩み苦しんできた薄暗い霧を、自分の力で木っ端微塵に破壊したと思った。

それからというもの、別人のように躍動的に生きていた。盗撮さえ繰り返していたら何も怖いものはなかった。身体を蝕んできた薄暗い霧も姿を見せることはなかった。
盗撮はすっかり常習化し盗撮地図一面がマーカーでうめつくされた。
優は、ふと、一番最初に盗撮した出発点の駅を見つめ懐かしさを感じた。
「よし、いってみるか」
あの頃とは違い手慣れた自分がそこにいて、落ち着いていた。あのエレベーターが目にはいってきたのと同時に、忘れていた薄暗い霧が見えた。優は一瞬、不安がよぎったが強行した。
「何も起こらない、やっぱり僕は勝ったんだ」
そう呟き安堵し、外へ出ようとした時だった。
「ちょっと君、事務所のほうまで」
駅員だった。
「なんですか」
駅員は少し優しい表情を見せ
「お父さんか、お母さんきてくれるといいんだがな」
と言った。
事務所へ入ると女性が座っていた。
「いやね~、こちらの女性がきみに盗撮されたというんだよ」
駅員が言った。
「やってません」
優は落ち着いていた。
少しして、両親が到着し、駅員が内容を説明していた。すると、さっきまで下をむいていた女性が急に立ち上がり
「あの、私、、勘違いしたかもありません。」
「は?」
駅員は驚いた。
「あなたは、大学生になられたかたですよね、私が見たのはサラリーマン風の白いシャツの男性でした」
両親はホッとした表情で
「いいですよ、勘違いは誰にでもあることですから」
と、女性に言った。
駅員は、申し訳なさそうに、何度も何度も両親に頭を下げた。
優な奇妙な気持ちで女性を見送った。
未成年の僕は、両親に励まされながら駅口を出た。

その夜、優はあの女性をどこかで見たようなきがして、ベッドに寝ながら盗撮動画を再生した。
「ん?」
優は飛び起きた。
盗撮の中に、優にスマホを向けている女性がいる。
優は息を止め、もう一度再生した。
「この女、あのときの、、、」
優は身震いした。
女の手はスマホを持ち、優を盗撮していたのだった。

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