【短編小説】花の名前
あたしの名前は『茉莉花』。
お母さんの好きな花の名前から取られたんだ。
でも、名前の由来はそれだけじゃない。
お母さんの好きな花は、いつの間にかお父さんの好きな花にもなってたんだって。
でも、あたしはこの花があんまり好きじゃない。
この花が好きだった両親は、もうあたしの傍にはいないから。今は、あの青い空の向こう。
この花を見ただけで、両親を思い出して寂しくなって、ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ、両親を恨んだりもする。なんでひとりぼっちにしたんだって……わざとじゃないのにね。
そんなわけで、あの花は近いようで遠い存在だった。
でも、あるときその考えが一変する一言が幼馴染の口から飛び出てきたんだ。
*
ある冬の日の日曜日。あたしは、買い物のために市場に出かけた。
そうしたら、花屋で見つけたんだ。あいつを。
「あら仁人ちゃん。好きな花でもあるの?」
仁人ちゃんってのが、あたしの幼馴染。相田仁人。
仁人にも両親はいない。今は、懐かれた元野生猿のアブーと一緒に暮らしてる。
花屋のおばちゃんはというと、まだあたしたちの両親が健在だった頃からあたしたちのこと知ってて、よく世話を焼いてくれるんだ。だから、仁人のことも19になった今でもちゃん付けで呼ぶ。
で、あたしはふと気になった。
仁人って、好きな花とかあるのかな?
母の日にカーネーション買ってたのは見たことあるし、お墓にお供えする菊とかキンセンカとかならしょっちゅう買ってる。
でも、仁人が家に花を飾ってるのは見たことない。お金出して花を買うのは全部、誰かのためだから。
だから、かなり気になる。仁人の好きな花。
人混みの中、気配を消しながらも全力で耳を傾けると、仁人は口をゆっくり開いた。
「いや、俺の好きな花は今はない。また少ししたらお供え用のやつ、買いに来るよ」
なんだ。ないのか……ん?
「今は」って言った?じゃあ、もっと暖かくなったら仁人の好きな花は咲くってこと?
そしたら、おばちゃんも同じことを考えたのか、仁人に訊いた。
「あら。じゃあ暖かい時期が旬なの?用意しとくから教えてよ。チューリップ?ガーベラ?それとも鈴蘭かしら。それか……」
「どれも違うよ、おばちゃん」
仁人は苦笑する。結局なんなのよもう!
「俺の好きな花は──ジャスミン」
……え?聞き間違い?今、なんて言った?
あたしが目を丸くしていると、おばちゃんがいつものように明るく笑い出す。
「あはははは!そうだったね。あんたには一番大事な花があるんだもんねぇ」
「茶化さないでよ……でも、ほんとに用意してくれるのか?」
「任せなさい!あの子の親のために毎年用意してんのよ。次はあんたの分もとっとくからね」
……初めて知った。
仁人があの花が好きなことも、おばちゃんが毎年両親のためにあの花を用意してくれてることも。
香りの強い花だから、おばちゃんはお墓には持っていかないで家で偲んでくれてたのかも。
仁人もあたしの両親が好きな花だったのを知ってるから、気を使って口にしなかったのかな。
そう思うと、あれだけ避けてたあの花が急に恋しくなった。
あたしの名前、あたしの花。
あの花は大事な思い出だったから、もう失いたくなかった。だから避けた。でも。
まだいたんだ。あたしのすぐ傍に。あの花が好きな、大事な人たち。
「あっ、奥さんお会計?それじゃまたね、仁人ちゃん。またお供え用は準備しとくね」
「うん。ありがとう。……ジャスミンも、待ってる」
仁人の言葉に、おばちゃんはウィンクを返して他のお客さんのお会計を始める。仁人はというと、こちら側へ向かおうとしたら、ようやくあたしに気付いたみたい。
「よっ。買い物?」
今までの会話が全部聞かれてたなんて気づいてないのかな。野菜の飛び出てるあたしの買い物バッグをちらっと見て、いつものように微笑む。
「……そう!買い物!」
「……なんだ?やけに機嫌いいな」
ちょっとだけ不思議そうな顔をする仁人。
機嫌いいに決まってるじゃない。あんなこと聞いちゃったら。
盗み聞きしたことは絶対内緒。だけどひとつだけ、もう二度と内緒にしないことはできたんだ。
「うん!いいことあったんだ」
「そっか」
嘘は言ってない。でも、もっと詳しいことを言うとするなら。
あたしは、自分の名前が、自分の花が──ジャスミンの花が、好き。
優しく微笑む仁人に笑顔を見せて、その顔のまま空を見上げる。
遠くに行っちゃったはずの想いが戻ってきた気がした。
このお話は半二次創作『うまい具合にディズニーリメイクシリーズ』の第5弾『アラジン』よりキャラ設定をそっくりそのまま使用しました。
もう夏に向かってまっしぐらな時期なのに冬のお話なのには目を瞑ってください……汗
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