【短編小説】俺とあいつは幼馴染
俺とあいつは、言葉も話せない頃から一緒だった幼馴染。
だけど、今は生きてる世界が違いすぎる。
たかが幼馴染、だからなんだって話だ。
*
俺の両親とあいつの両親。4人は高校の同級生だった。
元々父親同士が親友と呼べる間柄で、お互いが後の伴侶と付き合い出すとダブルデートなんてものもするくらい仲が良かったらしく、それは今でも変わらない。
息子たち、要するに俺とあいつが同級生になると分かったときは4人でめちゃくちゃ喜んだんだと。
んで、俺とあいつは幼稚園、小学校、中学校、さらには高校まで一緒になった。
自他共に認める幼馴染という間柄だったが、俺たちはだんだん距離が遠のいていた。
喧嘩をしたとかそういうんじゃない。仲は悪くなってないんだけど。
部活も違ったし、そもそも2人だけで遊んだことなんて昔からなかったんだ。
お互いの両親を含めた6人で遊園地に行ったり、俺の家でクリスマスパーティしたりとかはあったけど、2人だけってのはほんとになかった。
たぶん、俺たちが言わずとも両親が会わせてくれたり、通学中とかに普通に会ってたからってのが原因だろうな。
でも、決定的に俺とあいつの距離が離れるきっかけは、高校3年生のときに起こった。
あいつは、男の俺でも顔立ちの整ったイケメンだと思う。それは周りも認めてた。
で、あいつは面白半分で芸能事務所に書類を送ったんだ。
芸能の世界に元々興味はあったそうだけど、絶対無理だって心の底では思ってたらしい。
だけど、この世に絶対なんて言葉は存在しない。
あいつは見事に書類選考を通過し、面接も合格して今じゃ大人気のイケメン若手芸能人だ。
俺はというと、あいつとはかけ離れた場所でバイトしながら専門学生やってる。
ノリと勢いで決めた学校だったから、最近はなんのためにこの学校にいるのかも分からなくなってきてる。
たかが幼馴染、俺とあいつは違うんだ。最近は、こんなことばっかり思ってる。
*
そんなある日。母さんからこんな連絡がきた。
「ちょっと用があるんだけど、今日早めに帰れないかな?」
散歩好きな俺は、毎日ルートを変えて学校から家まで遠回りして帰るのが日課。
だけど、用事があるなら仕方ない。
地元のありとあらゆる道を知っている俺は、家までの最短ルートで帰った。
……そうしたら。
家で待ってたのは、母さんじゃなかった。
「翔太、久しぶり」
俺を待ってたのは、もうずっとテレビの中でしか見てなかった幼馴染──寺丘陽平。
「……ん、久しぶり」
久々すぎて、どう話せばいいのか分からない。ついぶっきらぼうな返事になってしまう。
「母さんは?母さんから連絡もらったんだけど」
「今日は4人で買い物行ってるよ。お土産買ってきてくれるってさ」
そっちから直接連絡くれればいいのに……そう思ってたら、ふと気づいた。
そういえば俺たち、連絡先交換してなかったっけ……。
「で、今日はどうしたわけ?仕事は?」
リュックを下ろして、陽平の向かいの椅子に座る。
「ちょっとスケジュールに空きが出たから帰ってきちゃった。へへ」
ちょっと子供っぽい言葉遣いをするところは、芸能人になっても相変わらずなようだ。
「あ、そうそう。今日の一番のお目当てを渡さなきゃ」
「は?」
俺が訊き返すのも気にせず、陽平は自分のリュックをゴソゴソし始める。
陽平が取り出した紙袋に入っていたのは──
「……焼きそばパン?」
「そう!メイクさんに美味しいとこ教えてもらったんだ」
紙袋からパンを取り出して、まじまじと見てしまう。
こんがり焼かれたパンに挟まったソース焼きそばと、ちょこんと乗った紅生姜。
正直、今すぐにでもかぶりつきたいくらい美味そう。
「で、なんで?これ、俺に?」
「うん、翔太に。前くれたカレーパンのお返し」
「カレーパン?」
さっきから陽平に質問ばっかりしてるけど、本当に疑問が尽きない。俺、陽平にカレーパンなんてあげたことあったか?
「忘れちゃった?俺、仕事で成人式は出られたけど同窓会は出られなかったでしょ?で、そのとき地元のみんなが俺にって差し入れしてくれたやつ」
「ああ、それのときか……」
確かに、俺はあのとき地元の老舗パン屋・そらいろベーカリーのカレーパンを差し入れた。
でも、お返しなんかされるほどのものだったんだろうか……?
「他のみんなはね、ジュースとかお菓子とか万人受けするやつだったんだ。それもすごく嬉しかったんだけど……でも、翔太は俺がカレーパン……それも、そらいろベーカリーのカレーパンが好きって知ってて送ってくれたんでしょ?」
「……!」
そんなこと、気にも留めなかった。でも、事実だ。
陽平は、子供の頃からそらいろベーカリーのカレーパンが好きだった。でも、市販のカレーパンはあんまり気に入ってなかったんだ。
ん?ってことは、そのお返しの焼きそばパンって……
「で、俺の好きな焼きそばパンをお返し……ってことか」
「当たりー!だって翔太、給食で食パンと焼きそばが一緒に出ると絶対挟んでたもん」
「バレてたか……ま、でも……サンキュ」
少し口角を上げて礼を伝えると、テレビでは見ないようなあいつの笑顔が返ってくる。
そうしたら、ふとあることを思い出した。
俺が、専門学校──ファッション系の専門学校を選んだ理由。
あいつが雑誌で着てた服が、カッコよかったから。
でももし、俺がデザインした服をあいつが着たら?
あいつの似合うファッションくらい、あいつを目の前にしなくたって分かる。
俺が、一言もそんなこと言われたことないのに、あいつがそらいろベーカリーのカレーパンが好きだってことを知ってたように。あいつが、一言もそんなこと言ったことないのに、焼きそばパンが好きだってことを知ってたように。
たかが幼馴染、って今の今まで思ってた。
でも、幼馴染にしか分からないことって意外とあるのかもしれない。
「なあ陽平……今日、会えてよかった。ありがと」
今日会えたから、高校のときに抱いた夢を思い出せた。
いつか、あいつが俺のデザインした服を着ること。
「うん!俺も、帰ってきてよかった」
昔と変わらない表情を見せると、陽平はまたリュックをあさる。
「実はさ、美味しそうだったから俺の分も買ってきちゃったんだ。一緒に食べようよ!お茶入れるね」
「ちょっと待て、ここ俺の家なんだけど」
「うわ、翔太んちいつの間に買うお茶のメーカー変えたの!?ずーっと『爽やか茶』だったのに!?」
「何勝手に冷蔵庫開けてんだよ!?」
ギャーギャー騒ぐ姿は、めちゃくちゃガキっぽい。
でも、良く言えば昔と変わらない姿だ。
あいつと俺は生きる世界が違う。でも、この田舎の小さな町に──どっちかの家に帰れば、同じ世界を生きることができる。
たかが幼馴染、されど幼馴染。
案外、ナメたらいけない関係なのかもしれない。
「同性の幼馴染との距離感」を書きたかっただけなのにいつの間にかBLみを感じる出来栄えに……汗。これまで男女の幼馴染の話ばかり考えてたのでたまには、と思ったらこうなってました。
名前が『翔太』の方が芸能人っぽいなって思ったのは書き終わった後でしたが、あえてそのままにしてみました。
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