【短編小説】酒飲みが嫌いなお義母さん
十六になってまもない春、私はご近所の葉月家に嫁いだ。
お相手は、ふたつ歳上のシュウスケさん。ちょっと頼りないところもあるけど、穏やかで優しい人。
シュウスケさんは四人兄弟の末っ子で、上はみんなお姉さん。
一家待望の男の子に、生まれたときはとっても喜ばれたんですって。
でも、シュウスケさんが生まれたことを一番喜んでくれたお義父さん──キヨタカさんは、愛息子がほんのひとつにも満たないときに出兵して戦死した。
だから、シュウスケさんはお義父さんのこと全然覚えてないっていつか教えてくれた。
そんなシュウスケさんやお姉さんたちを女手ひとつで立派に育て上げたお義母さん──かよさんのことを、私は本当に本当に尊敬してる。
たったひとりのお嫁である私のことを、心から歓迎してくれたお義母さん。
厳しくも優しく接してくれたお義母さん。
そんなお義母さんなんだけど、本気で嫌ってるものがひとつだけある。
それは、酒飲み。
お酒に酔った人が自分に近づくだけで、すぐにさっとどこか行ってしまうのよ。
あと、よく親戚の方がお酒に酔った状態で家に来るんだけど、お義母さんが相手にしてるところなんて見たこともない。
だいたいいつも裏の方で
「酒飲みは嫌だねぇ」
なんて言ってる。
そのせいか、シュウスケさんも家ではあんまりお酒飲まない。
お義姉さんの旦那さんたちもお酒結構お好きな方なんだけど、家に来るとお義母さんに気を使ってか全然飲まない。
あまりに酒飲みを嫌うから、私一度訊いてみたの。
なんでそんなに酒飲みがお嫌いなんですかって。
でも、返事は曖昧だった。
「みそのちゃんも、いつか分かるのかもねぇ……」
なんて言ってたけど、全然分かるかんじではなかった。
それから月日が経ち、お義母さんも介護が必要になって、私がお世話をするようになった。
その後、私の息子が高校に上がった年の暮れに、お義母さんはお義父さんの元へ旅立った。
その二年後、私は酒飲みのくだりの全てを知ることになる──。
*
「……お父さんが、ここにいればなぁ」
「……え?」
お義母さんの死から二年。三回忌を前にして、親族みんなが集まった。
みんなでお食事をして、お酒を飲むシュウスケさんやお義兄さんたち。
そんな彼らを見てお義姉さんがぼそっと言った独り言を、私は偶然聞き取ってしまい思わず聞き返した。
「あ、ごめんね。ふっと思い出したことがあってね……私もぼんやりとしか覚えてないんだけど、うちのお父さん結構な酒飲みだったのよ。きっと、お母さんも付き合ってたりしてたんじゃないかな……。もしふたりがここにいれば、シュウスケや私らとも飲めたのかもね……」
その瞬間、私は全てを察した。
「……じゃあ、お義母さんが酒飲みを嫌ってたのって」
「うん……そういうこと、だろうね。みそのちゃんには世話かけたね」
「いえ……いえ……っ」
そう言いながらも、私は涙が止まらなかった。
お義母さんが酒飲みを嫌ってたのって──そういうことだったんですね。
お義母さん、私、やっと分かりました。
これからは、お仏壇にお酒、供えますね。
*
私は、酒飲みが嫌い。
酒を飲む人も嫌いだし、ましてや自分も酒を飲むなんて──
「かよ」
「!」
振り返った先には、私たちを置き去りにした人────…………ずっと、ずっとずっと、会いたかった人の顔。
「久しぶりだなぁ。お前も飲むか?ここの酒は美味いんだぞ」
「…………だから、酒飲みは嫌いなのよ」
あなたに聞こえないように、ぼそっと言う。
私はね、この人と飲む酒が好きだっただけなのよ、みそのちゃん。
このお話は実際に酒飲みだった夫の戦死後酒飲みは嫌いと言うようになった曽祖母の実話を基に書き上げました。
文中のキヨタカとかよは曽祖父母が、シュウスケとみそのは祖父母がモデルとなっています。ちなみにちらっと出てきたみそのさんの息子は私の父親です(作中の表現通り父が高校生のときに曽祖母は亡くなったので私や母も彼女に会ったことはありません)。
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